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現在、ピッコマ様にて『公爵さまは女がお嫌い!』のWEBTOONが始まっております!
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ヴァレッドはティアナを馬車から寝室に運び入れて、一息ついた。普段からあまり夜更かしをしない彼女は、抱き上げようが、運ぼうが、布団に寝かせようが、まったく起きなかった。どうやら、昨日は相当無理をさせてしまったらしい。安らかな顔で眠る彼女に笑みを向けた後、ヴァレッドは寝室を出る。
部屋の前で待っていたのはレオポールだった。
「今回はティアナ様に助けられましたね。いいえ、今回も、というべきでしょうか?」
そう言って彼はヴァレッドの隣に立つ。向かう場所は執務室だ。
ここからまた作戦会議である。本当は少し眠りたかったが、エリックの誕生祭までもうあまり日がないのだ。
「ナヒドの話、お前はどう思った?」
「言ってることは本当ではないかと。少なくとも嘘を言っているようには見えませんでした」
「そうだな」
「ただ、そうなると、あの脅迫状の件は誰が何の目的で出したのか、という話になりますね」
「おそらく俺たちに腕輪を探させるためだろうな。今回のことから考えるに、相手はあの仕立て屋に腕輪が隠してあるだろうことはわかっていたのだろう。しかし、今までは手を出せないでいた。ひっくり返して探すには店舗の規模が大きく、腕輪が小さいからな。砂漠の砂からダイヤモンドを見つける作業……とまでは行かないが、時間が限られている中でそんな家探しをするのはリスクが大きい。俺たちの作戦を逆手に取れたのはあいつらにとって幸運だったのだろう。本当は俺たちが入手した後で襲って取り上げる気だったに違いない」
「国王様の偽物の腕輪を見ただけで私達の作戦を看破し、あまつさえ逆手に取るなんて、よほど頭が回る人間がいるんですね」
「そうだな。あとは……、俺と国王の間に軋轢を生むことが目的だったんだろうな」
「ヴァレッド様と国王様の仲がいいのは有名ですからね。しかし、それならばヴァレッド様の『秘密』とやらも、ハッタリだったんでしょうか?」
「そうだと、助かるんだがな」
ジスにはヴァレッド自身のことを調べさせている。何もないことが一番だが、そういう簡単な話でもないだろうことはわかっていた。
「……なにか心当たりがあるので?」
「心当たりはない。ただ――」
「おっと、お二人さん、お揃いで」
前方から声がして顔をあげると、廊下をこちらに向かって歩いてくるジスの姿がみえた。身体を左右に揺らしながら歩いている様は、泥酔者のようだ。
「ただいま、戻りましたよ」
「ジスさん、おかえりなさい。ちょうど貴方の話をしていたんですよ」
レオポールの言葉に、ジスは歯を見せて笑う。そして「いやぁ、『おかえり』って言われるのは感慨深いものがありますねぇ」と頬を掻いた。
「それで、なにかみつかったのか?」
「どうですかねぇ」
「どうですかねぇ?」
「旦那。ちょっとだけ悪い話と、すごく悪い話。どちらから聞きたいですか?」
ジスの目の奥が光る。的中してしまった悪い予感に、ヴァレッドは下唇を噛み締めた。
..◆◇◆
ティアナが起きたのはその日の昼すぎだった。どうやら、あのあとずっとねこけてしまったらしい。ティアナは眠気眼をこすりながら寝台から足を下ろす。隣のシーツが乱れていないところからみるに、おそらくヴァレッドはまだ寝ていないのだろう。
(ヴァレッド様、大丈夫かしら)
昨日から寝ていないということは、あの夜会から一睡もしていないということだ。ティアナよりヴァレッドのほうが体力があるとはいえ、これが辛くないはずがない。
「心配ですわね」
ティアナが身支度を整えようと寝室につながる自室に向かうと。もうカロルが待っていてくれた。朝起きることが遅れたことに「ごめんなさい」と笑うと、カロルも少しはにかんで「実は私も今日は起きるの遅れたんですよ」と微笑んだ。そうして、ティアナの身支度を手伝ってくれる。
ティアナは髪を梳いてもらいながらカロルに声だけを向けた。
「ヴァレッド様は、やはりお眠りになっていないのですか?」
「そうみたいですわね。朝食も抜いてお話し合いをされてますわよ。レオポール様も寝てないようで。こういうときは男性との体力の違いを実感しますわね」
カロルはそう鏡の向こうであくびを噛み殺した。
そのまま身支度を終えると、ティアナは部屋を出た。今日の予定はなにもない。この後どう動けばいいのかもわからないので、外出をするわけにもいかない。かと言って、ヴァレッドが徹夜で何かしら仕事をしているのに、のんびり本を読むというのも心苦しかった。
「なにか差し入れでも持っていきましょうか……」
邪魔になってしまうかとも思ったのだが、それでもなにかしないよりはいいかもしれない。カロルの話だと朝食も抜いているようだし、この調子では昼食も満足に食べない可能性もある。ティアナは食堂で使用人に簡単につまめる軽食を作ってもらい、ヴァレッドがいるだろう執務室を訪ねた。
ノックを二回。すると扉が開いて、レオポールが顔をのぞかせた。
「ティアナ様! どうかされたのですか?」
「あの、朝食を召し上がってないとお聞きしましたので、軽食をお持ちしたのですが……」
「ティアナ?」
ティアナの声を聞きつけたのか、ヴァレッドがレオポールの奥からやってくる。
そして、彼女の手にあるバスケットを見て、彼はすべてを察したようだった。
「つまめるものでも持ってきてくれたのか?」
「えぇ。あの、……お邪魔だったでしょうか?」
「いいや。ありがとう」
ヴァレッドはバスケットを受け取った。その顔はどこからどう見ても疲れている。昨晩よりも明らかに疲労が見て取れるし、着ているシャツもよれていた。
「昨晩はよく眠れたか?」
「はい! ヴァレッド様がベッドまで運んでくれたと先ほどカロルから聞きました。ありがとうございます」
「いや。大したことはしていない」
やはり言葉に覇気がない。その声は疲れているというよりももっと悲愴が滲んでいた。
どうしたのだろうと、ティアナは首をひねる。
「ヴァレッド様はお眠りになってないのですよね? あの、差し出がましいようですが、少しは眠られたほうが……」
「あぁ、大丈夫だ。そろそろ眠ろうと思っていた」
「本当ですか? よかった!」
ティアナはほっこりと頬を緩ませる。
「やはり睡眠は取らなくてはならないものですからね! あ、もしよろしければ、またお膝をお貸ししましょうか? 私、お母様直伝の子守唄もあるんです」
ティアナが張り切りながらそう言うと、ヴァレッドの口元に僅かな笑みが浮かんだ。
そして、ヴァレッドの大きな手がティアナの頭に伸ばされる。ティアナはヴァレッドの行動に頭を撫でられるのだと思い首をすくめるが、彼の手は頭に触れてこなかった。顔をあげると彼は悲しそうな顔で、こちらを見下ろしている。
ティアナの頭に載せられるはずだった手は、彼女の頭の上で握られていた。それはまるで触れるのを我慢しているように、ティアナには見えた。
「ヴァレッド様?」
ヴァレッドは腕を引っ込める。そして、やはり力なく笑った。
「膝枕も子守唄も大丈夫だ。一人で眠れる」
「そう、ですか?」
「軽食もありがとう」
ヴァレッドのその声はいつもどおり優しいのにどこかよそよそしさを感じる。
「昨晩のこともあるし、今日はゆっくりしてくれ」
「あ、はい」
ティアナが頷くと、目の前の扉がパタンと閉まる。別に拒絶されたわけではないのに、ティアナはヴァレッドとの間に距離ができてしまったように感じた。




