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 正確に言えば、はじけ飛んだのは舞台裏だった。しかし、その爆音は耳を劈き。光は目を焼いた。一時的に機能が麻痺する程度だが、多くの人はその場に蹲ってしまう。最初から耳と目を塞いでいたヴァレッド達は平気だったが、ほとんどの人間はその場で動けなくなってしまっていた。

「ヴァレッドさん、ティアナさん、こっちです」

 突然、起こった出来事に一行があっけにとられていると、後方からジスの声がした。ジスは背中に黒髪の女性を背負い、顎で方向を示してみせる。

「舞台裏に火薬で穴を開けました。脱出するならそこからどうぞ。そして、この先が大ボスの部屋です。直に騒ぎを聞きつけて様子を見に来ると思いますよ。今の騒ぎで近くで待たせていた兵士さん達も来るでしょうし、あとは公爵様にお任せですねぇ」

 いつも通りの笑顔だが、その表情はどこか焦っているようにも見えた。しきりに背中の女性を気にしているところからいって、彼女の容体を気にしているのだろう。

 そんな彼の袖を引いて、ティアナは自分に注意を向かせた。

「ジスさん、その女性を医者に診せたいのでしょう? それならば、私達の宿に寄りませんか? うちにはとても優秀な医学の知識を持っている侍女がいるのです」

「それは……」

 ティアナの言葉にジスは迷うような声を響かせる。『優秀な医学の知識を持っている侍女』というのはもちろんカロルのことだ。その知識や手腕は本職の医者にも劣らない。

 ティアナの発案にヴァレッドはまるで彼女を制するような鋭い声を響かせた。

「ティアナ」

「ヴァレッド様、私はここからの大捕物には足手まといでしょうし、宿で待たせていただきますわ。ヴァレッド様のことは心配ですが、どうかお気を付けて」

 柔らかい雰囲気だが、その態度は頑なだ。ヴァレッドは一つだけため息をつくと、彼女の頭をゆっくりと撫でた。

「……わかった。お前の好きにしていい。ヒルデ、一緒について行け。ヤツが変な真似をしたら斬っても構わん」

「はい」

「ティアナさん……」

 ヒルデの歯切れのよい返事の後、ジスは情けない声を出した。そんな彼にティアナは真剣な表情で一つ頷いた。

「すぐに医者に診せなければ彼女は危ない状態だと思います。私のことを信用していただけるのなら、一緒に行きませんか? 私も彼女のことを救いたい気持ちは一緒です」

「ジス、変な真似はするなよ。あと、逃げるな。お前には聞きたいことがある」

 そんな夫婦の言葉を受けて、ジスは困ったように破顔した。

「はいはい。それじゃ、お言葉に甘えましょうかねぇ。今から医者を探すのは少し骨が折れると思っていたんです」

 その言葉に、ティアナは力強く頷いた。


◆◇◆


 女性を見たカロルは、酷い脱水状態と栄養失調という診断を下した。時間はかかるだろうが、しっかりとした栄養状態に持って行けば命に別状はないということらしい。

 ティアナの頼みにより、現在カロルは彼女の看病をしている。その間、ティアナとジスは二人で庭園にいた。もちろん、少し離れたところにはヒルデがいる。

 ジスは庭園の中をのんびり歩きながら、その後ろをついてくるティアナに視線だけを寄越した。

「彼女は俺の妹でねぇ、クロエって言うんだよ。妹って言っても、実の妹ではなくて義妹なんだけどね。姉の結婚相手の妹ってヤツ? もう姉も義兄も死んじゃったし、互いの両親も早くに亡くなってたから、赤の他人って言われたらそうなんだけど。それでもまぁ、たった二人の家族ってことで俺たちは結構仲良く過ごしていたんだよね」

 クロエのことを話すジスの声は柔らかい。本当に安堵しているのだろう、ティアナから見る彼の背中はいつもより力が抜けていた。

 そんな少し丸まった背中にティアナは疑問をぶつける。

「その妹さんがなぜ、あんなところに捕まっていたのですか? しかもあんな酷い状態で……」

「それは、人質ってヤツなのかな。俺の仕事が原因でさ。ここら辺で割と有名に活動していたら、悪い奴らに目付けられちゃって。妹殺されたくなかったら働けってさ」

「え? 小説を無理矢理書かされていたのですか?」

 ティアナの丸くなった瞳にジスは苦笑を零す。

「違う違う! 実は小説家っていうのはさ俺の副業なんだよね。本業はもっと別。小説家業はその副産物みたいなものなんだよ」

「副産物……ですか?」

「そう、俺の本職は……」

「“情報屋”だろう?」

 聞き慣れた声に二人が振り向けば、そこにはヴァレッドとレオポールがいた。レオポールの方はそうでもないが、ヴァレッドの服装はそれなりに汚れてしまっている。いつも着ている黒い外套に煤と血の染みがあるところからみて、現場を収めてすぐこちらに向かってきたのがわかる。

 ティアナはそんな二人に花が咲くような笑顔を向けながら駆け寄った。

「ヴァレッド様! レオポール様!」

「わぁぉ、お早いお帰りで」

 おどけたようなジスの声にヴァレッドは肩を竦める。

「誰かさんが俺の書類を偽造して、あらかじめ王都から兵を呼んできていたらしくてな。百人以上の増援だ。あっという間に片がついた」

「それはよかったですねぇ。その“誰かさん”も、あんな奴らが捕まって今頃喜んでいると思いますよ」

 にっこりと笑いながら飄々とジスがそう返す。ヴァレッドはそんな彼に一枚の紙を見せつけた。その紙には『この街の歌劇場は違法な物を取引するオークション会場として使われている』と書かれている。

「これはお前が書いたものだろう? レオの部屋に侵入して机の上に置いたのもお前だ。その時に王都に出す書類を俺の筆跡を真似て偽造したんじゃないか? オークション会場を俺たちに取り締まらせて、妹を助けるために……」

 ヴァレッドの言葉にイエスともノーとも答えず、ジスはにんまりと笑っている。

「おかしいと思っていたんだ。道中、盗賊に襲われたとき。あの時、俺たちは貴族と解らないような格好をしていた。にもかかわらず、二人で抜け出た俺たちを一部の者がおってきて、矢を放ってきた。どうして俺たちが貴族だと解ったのか。もっと言うなら、なぜ殺そうとしたのか。カロルの話によると、最初の宿、お前はたまたま俺たちが泊まった宿で給仕をしていたそうだな? その時、ティアナの正体を知ったんじゃないか? そして、お前はそれをあいつらに報告した」

「金目の物を持ってそうな人間は報告することになっていたんですよ。まさか、公爵とその夫人がやってくるとは思いもしませんでしたがね」

 少しだけ目を伏せてジスはそう白状する。

「お二人には悪いとも思ったんですが、こっちも妹の命を盾に取られている身でね。逆らえませんでした」

「それならなぜ、妹さんが盾に取られているのにオークション会場を潰そうと?」

 ティアナの疑問にジスは苦笑いを浮かべた。

「貴方たちが無事にこのファインツフォルストに辿り着いたのを見て、思い直したんですよ。この人達なら今の状況をなんとかしてくれるかもしれない、ってね」

「ティアナに緑色のブローチを渡したのもお前の作戦だろう? 俺たちをあの店に誘導するのが目的だったんじゃないか?」

「えぇ。貴方たちのことを見張れと言われてましたが、あんまりおおっぴらに公爵と接触するのは良くないと思ったので、ティアナさんを使わせて貰いました。ごめんねぇ、あんな紛い物プレゼントしちゃって」

「いいえ! そんな!」

 ティアナはジスの謝罪にこれでもかと首を振った。ジスはそんなティアナに目を細めると、ぐぐーと背伸びをしてみせる。

「と、いうことで、やっぱり俺は捕まるのかな? 公爵を殺そうとしたんだ。まぁ、死刑は確定だろうねぇ。今更、この命なんて惜しくないけど。……ヴァレッドさん、一つ望みを聞いて貰えるのなら、妹に最後に会わせてもらえないかな? 俺のせいでこんな目に遭ったんだ。ちゃんと謝っておきたくてさ」

「…………」

 ジスの言葉にヴァレッドは答えない。そんな彼の態度にジスははっと息を吐き出すようにして笑った。

「……世知辛いねぇ。まぁ、妹を救ってもらっただけ良かったのかな? ティアナさん、妹に俺のことを聞かれたら『旅に出た』とでも言っておいてくださいな」

「その必要はないだろう」

 ティアナが答える前にヴァレッドがそう答える。その厳しい言葉に、さすがのジスも苦虫を噛みつぶしたような表情になった。しかし、最後のプライドなのかその口元には未だに笑みが張り付いている。

「……公爵っていうのは、今から死ぬ人間の最後の頼みも聞いてくれないものなのかねぇ」

「言いたければティアナを使わずとも自分で言えば良い。さっき話したことは全部俺の想像だ。確証があるわけじゃない。よって、お前を捕まえる権限は、俺にはない」

「ヴァレッド様!」

 その言葉に一番嬉しそうに声を上げたのはティアナだった。彼女はジスの方を見ると、安心させるためか何度も頷く。

 一方のジスはそんなヴァレッドの言葉に目を丸くしたまま固まってしまっていた。ヴァレッドはそのまま言葉を続ける。

「それにもし、君が彼らに荷担していたとして、君にも事情があり、俺たちもこうやって無事だったんだ。正直、咎める気になれない。まぁ、ティアナが許せないというなら話は別だが……」

「そんなこと、絶対に言いませんわ!」

「と、いう性格なんでな。まぁ、今回のことは水に流そう。その代わり……」

「その代わり……?」

 呆けたジスはオウムのようにヴァレッドの言葉を繰り返す。

「うちで雇われないか? ちょうど情報屋が欲しかったところなんだ。君の経歴はこれから調べる予定だが、家族を大切にするヤツに悪いやつはいないだろう。人を見る目は確かなんだ。まぁ、男限定だがな」

「はぃ!?」

 さすがにその言葉には度肝を抜かれたのか、ジスはひっくり返った声を出してしまう。

 そんな彼にレオポールは事務的に書類を差し出した。

「こちらが契約書になります。もし、了承いただけるのならサインをよろしくお願いします」

「給料も待遇もそれなりに良くしてやる。妹も良い病院に入院させてやるし、しばらくは警護も付けよう。その代わり、君には馬車馬のごとく働いて貰う。どうだ? 別に飲めないというのなら無理強いするつもりはないが……」

「なんて言うか……。ご夫婦揃ってお人好しなんですねぇ」

 へにゃりとジスが笑う。そんな彼の言葉にヴァレッドは口をへの字にさせた。

「ティアナほどではない」

「そうですか? どっちもどっちだと思いますよ。俺としちゃ、器がでかい契約相手の方が仕えやすいんで良いんですけどね」

「それじゃぁ!」

 ティアナの弾けるような声にジスは満面の笑みを向ける。

「はい。これからよろしくお願いしますわ。旦那、奥方。お望み通りに馬車馬のごとく働いてみせますよ。なんなら鳴きましょうか? ヒヒーンって」

「それは必要ない」

 そんなヴァレッドの言葉にジスは歯を見せながら笑った。

あと1、2話ぐらいかな?

最後までよろしくお願いします!

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