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 ティアナ達が城内に戻ると、玄関ホール中は香水特有の甘い香りで満たされていた。この城に来てから香水のような匂いのする物を全く付けなくなっていたティアナは、その強い香りに身体をビクつかせて思わず口元を手で覆う。隣に立つヴァレッドも同じように口元を手で覆うが、その表情はティアナとは違い、どこまでも殺気に満ちあふれていた。

「ローゼ様ですね。ティアナ様というストッパーが出かけている隙に、これ幸いと至る所に香水でも撒いたんでしょう。あの方は香水とか化粧品が大好きですから。それに、ティアナ様がこの城では香水を付けてはいけないと注意したときも不服そうでしたし……」

 城に帰る前に事情を聞いていたヴァレッドは、カロルのその言葉に青筋を立てた。ティアナはその憤りを隠せない彼の様子に、青い顔をして頭を下げる。

「すみません! 妹がこのようなことをしてしまってっ!」

「……君が謝ることではないだろう」

 少しだけ柔らかくなった表情でヴァレッドはそう言うが、眉間には隠せないほどの皺が寄っているし、口元だって変わらず押さえている。ヴァレッドのその様子に、ティアナは今この場にローゼが来ないことを祈りつつ辺りを見渡した。

 広い玄関ホールにはローゼの姿はおろか、いつも帰ればすぐに出迎えてくれるレオポールの姿も見えない。レオポールの姿が見えないことを不審に思いつつも、ティアナは妹の姿が見えないことに安堵した。出来れば実の妹が未来の夫に怒られる姿なんて見たくないのが姉としての心情である。

 しかし、そんなティアナの願いを嘲笑うかのように鈴を鳴らしたような声がホールに木霊した。

「あら、お帰りなさいませ。お姉様、ヴァレッド様」

 ティアナによく似た声だが、その声は姉の物よりも艶めかしい。ローゼは細い腰をくねらせて、優雅に階段を下りてきた。そして、花のような笑顔を振りまきながらヴァレッドに駆け寄る。

 絶世の美女が自分の名を呼びながら駆け寄ってくるのだ。しかも頬の染め方は恋をしている少女のソレである。普通の男ならば、たとえその美女と面識がなくとも、受け止めるために両手を伸ばすのが普通だろう。

 普通の男ならば……

「俺に触れるなっ! その臭い匂いが移るだろうがっ!」

 その言葉にローゼはぴしりと音を立てて固まった。その後ろでは青い顔をしたティアナがローゼの代わりに謝ろうとするが、ヴァレッドはそれを視線で制した。そして、侮蔑と殺意の籠もった鋭い視線をローゼに向け、ヴァレッドは忌々しげに鼻筋を窪ませた。

「城内に自らの匂いを付けて回るとは、君は発情期の獣かなにかなのか!? 気持ち悪い、吐き気がするっ! 今すぐ城内を掃除して回れ!」

 ぴしゃりとそう言われてローゼは思わず身を竦ませた。しかし、それで諦めないのがローゼである。眉尻を下げながら申し訳なさそうに俯いて、庇護欲をかき立てられるような悲し気な表情を浮かべる。そして、上目使いで甘ったるい声を出すのだ。

「すみません。ヴァレッド様はこの匂いがお嫌いでしたのね。この匂いがお嫌いということは、私のこともお嫌いでしょうか?」

「嫌いだ」

「へ?」

 ヴァレッドのあまりにも早い返しにローゼは素っ頓狂な声を上げてしまう。そんなローゼにヴァレッドは更に気炎を上げた。

「君みたいな女を誰が好きになると言うんだ? もし居るとするなら、そいつは気が狂っている! 大体、その化粧は何だ! 顔の造形を変えるほど塗りたくって君は重くないのか!? それになんだそのじゃらじゃらと付けまくった装飾品はっ! 何でもかんでも付ければいいという物ではないだろう! 品性がない! あと……」

 まだまだ続くヴァレッドの罵声にローゼの大きな瞳がこれでもかと揺れた。そしてくしゃりと顔をつぶした後、ローゼは泣きながらティアナに抱きついた。

「おねぇちゃんんんん! こんな奴のどこがいいのーっ!? 鬼じゃないのー!! こーわーいぃー!!」

「鬼だと……」

「こんな男、私の方から願い下げよ! おねぇちゃんが良い人って言うから期待していたのに、こんな悪魔だったなんて!」

 目に涙を滲ませながら縋るローゼの頭をティアナが軽く叩く。そして、怒ったような声をだした。

「謝りなさい、ローゼ。貴女がヴァレッド様と結婚したいと望むのは自由ですし、決めるのはヴァレッド様だから私も今まで何も言わなかったわ。けれど、貴女が好かれようとして城に香水を撒いたのはやりすぎです。あまつさえ、お叱りになったヴァレッド様に『鬼』や『悪魔』なんて暴言を吐いてっ! あなたって子はっ!」

「おねぇちゃん……」

「それにね、ローゼは勘違いをしていますわ。ヴァレッド様はとってもお優しい方なんですよ? 貴女に先ほど仰った内容だって、薄化粧の方が貴女に似合う。装飾品がなくてもローゼはきれいな子だって言ってくださっただけですわ! ヴァレッド様がローゼをとっても誉めてくださるから、私とても誇らしかったです」

 その台詞にローゼは信じられない物を見るような目でティアナを見上げた。まさか姉の楽天家ぶりがここまできているとは思わなかったのだろう。同じような視線をカロルとヴァレッドからも浴びるが、当の本人は心底嬉しそうに笑みを作っていた。

 そしてヴァレッドを見上げ、いつもの弾むような声を出す。

「ヴァレッド様、ありがとうございます。そして、妹がすみませんでした」

 最後の方は殊勝な態度でそう言われ、ヴァレッドは思わず笑ってしまった。

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