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「店主、詳しく聞かせてくれないか?」

 店主のその言葉に身を乗り出したのはヴァレッドだった。ティアナは後ろで一人首を傾げている。そんな両者を眺めて店主は腕を組み直す。

「いや、この街の付近には元々あの街道奥の教会しかなかったんだが、便利が悪いって事で街の中に教会を作り直したんだ。街の中に真新しい教会があるだろう? そこの神父様は元々あそこの神父様だよ」

「まぁ、この前結婚式をやっていた所ですか?」

「そうそう、メオンところの息子がさ、どうしても花祭りの最中に結婚式を挙げたいってもんだから、この前……」

「じゃぁ、街道奥の教会は? パトリップ孤児院というのは?」

 ティアナとの会話を遮るようにヴァレッドがそう口にする。その焦った様子に店主は目を瞬かせた。

「おうおう、兄ちゃんどうしたんだよ……」

「答えてくれ!」

 ぐっと距離を詰めてきたヴァレッドから店主は距離を取り、片眉を上げた。ヴァレッドの真剣な様子が伝わったのか、店主は少しだけ厳しい顔つきになる。

「街道奥の教会は今無人の筈だ。移転したと言っても十年以上前の話だから、変な輩が住み着いていないかどうかと聞かれたらそれはわからないが……。それと、パトリップ孤児院というのは聞いたことがない。この辺で孤児院といったら街の中の教会が管理しているセドリック孤児院だけだ」

「そうか。ありがとう」

 そう言いながら、考えるように口元に手を当てたヴァレッドに店主は変な顔をする。そして、少し厳しく口を引き締めた後に、少しトーンを抑えた声を出した。

「お二人さんがあの教会とどんなつながりがあるか知らんが、もう用事がないんならあそこには近づかねぇ方が良い。ここだけの話だが、俺はあそこの近くでカンナビスの葉を見つけた」

「カンナビス!?」

「まぁ、俺が植物に関して人より詳しいから解っただけだが、あれは間違いない。見つけたのは葉一枚だけだが、落ちて間もない様子だったし、あそこ付近に株があるんだろう。自生してるにしろ、誰かが秘密裏に育ててるにしろ、近寄らねぇ方が良い」

 カンナビス? と疑問符を頭上に浮かべるティアナを置いて二人は先ほどまでの険悪さを感じさせない様子で話を進める。

「その話、領主には?」

「見つけたのは最近だからまだだよ。だけど、言ったって信じて貰えるわけねぇかもな。葉の一枚でも持って帰ったってーなら話は別だが……」

「信じよう」

「兄ちゃんに信じてもらってもなー」

 ははは、と困ったような笑いを浮かべる店の主人にヴァレッドは困ったような笑みを口元に浮かべた。

「黙っていて悪かった。俺の名はヴァレッド・ドミニエル。一応、この土地の領主を務めさせてもらっている」

「へ?」

「店主、貴方を植物の専門家と見込んで協力してもらいたい事がある」


◆◇◆


「ヴァレッド様、『カンナビス』とは何ですか?」


 帰りの馬車の中、ティアナは難しい顔で窓の外を眺めるヴァレッドにそう声をかけた。ヴァレッドはその疑問に少しだけ眉を寄せて考えるようにしていたが、しばらくしてゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。

「『カンナビス』というのは麻の事だ」

「麻、ですか?」

「あぁ、麻と聞いただけではピンとこないかもしれないが、カンナビスは葉を乾燥させたり、液体化させた物を吸引することにより、体に有害な作用を起こす植物だ。それが教会の付近で見つかった」

「有害!? それはっ!」

 あまりの驚きにティアナは馬車の中で立ち上がった。その瞬間に、馬車がぐらりと傾きティアナはその場でたたらを踏む。それをヴァレッドが支えて椅子に座らせた。

「こんなところで立つと危ないぞ」

「あ、ありがとうございます。……そんなことより、ヴァレッド様! 先ほどの話は本当ですか? もしかして、ザール達が危ないのではないのですか?」

「…………」

 ティアナのその問いにヴァレッドはイエスともノーとも答えない。いつもより暗いその目を細めて、窓を流れる緑を眺めていた。ヴァレッドのその様子にティアナは珍しく焦ったように声を上げた。

「ヴァレッド様!」

「あの子達は俺が何とかする。約束しよう。……だからティアナ、君はもうあの教会へ行かないでくれ。少なくとも俺が許可をするまでは」

「ですがっ!」

「頼むから」

 向けられたそのアメジスト色の瞳はどこまでも真剣で、ティアナは頷くしかなかった。


◆◇◆


 それから二日。

 ティアナは自室で窓の外を眺めながら溜息をついていた。空は澄み渡るほどの青空なのにティアナの心はどこまでも曇っている。趣味と実益を兼ねた刺繍もこの二日間まったく手を着けていなかった。

「はぁ」

 本日何度目かわからない溜息をつくと、カロルが眉尻を下げながらティアナを気遣うように声をかけてきた。

「大丈夫ですか? 孤児院に行くのを禁止されたのは確かにお辛いでしょうが、ヴァレッド様も別にティアナ様に意地悪をしたいわけではないのだと思いますよ」

「わかっています。けれど、ザール達のことが心配で。ヴァレッド様が何とかしてくれると仰っていたので大丈夫だとは思うのですが……。それに、ヴァレッド様が教会のことを何か隠しているみたいで、それも気になってしまって」

「ティアナ様……」

「私はヴァレッド様に信用されていないのかもしれませんね……」

 そう言いながらしゅんと項垂れるティアナにカロルはそっと微笑んだ。

「ヴァレッド様のことになるとティアナ様はずいぶんと落ち込みやすいのですね。普段は底抜けに明るくて『落ち込む』なんて言葉とは無縁ですのに」

「そうかしら?」

「はい。少なくとも私にはそう見えますよ」

 顔を上げたティアナをのぞき込むようにカロルはそう言って、そっとティアナの頭を撫でた。

「大丈夫ですよ。ヴァレッド様はティアナ様が思っているより、貴女を信用し、大事にしてくださっています」

「ほんと?」

「はい。本人も気づいていないと思いますが……。ですから、元気を出してください。貴女がそんな調子だと、私も辛いです」

「カロル……」

 目に涙を潤ませながらティアナはカロルを見つめた。そして、カロルをぎゅっと抱きしめながら、いつもの弾むような声を出す。

「そうよね。落ち込んでばかりじゃだめよね! ありがとうカロル!」

「ティアナ様……」

「私、ヴァレッド様の良き妻になれるようにって、最初に決めて嫁いできたのでしたわ!」

「…………」

「ヴァレッド様が教会のことで何を隠されているのかは知りませんが、これはもしかして『こんなこともわからないような女に妻を任せるつもりはない』というヴァレッド様からの試練なのかもしれません!」

「あー……」

「良き妻になるため! ヴァレッド様のため! 私は教会の謎を解きますわ! そして、ザール達を守り、ヴァレッド様のお力になるんです!」

「しくじったー」

 ガッツポーズを作るティアナを抱きしめながらカロルは項垂れた。ここまで元気にさせるつもりはなかったのだが、してしまったものは仕方がない。

「カロル、力を貸してくれますか?」

「……はい。喜んで」

 そう言いながら二人は微笑みあった。

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