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「ヴァレッド様! この苗とかどうですか? シシトウだそうです。夏に収穫できるようですし、育てやすいらしいですよ」

「それでは売る事ができても腹には溜まらないだろう? それよりこの芋の苗なんかいいんじゃないか? 収穫時期は遅くなるが、飢えも凌げるし、長期保存も可能だ」

「まぁ! 流石ヴァレッド様ですわ! じゃぁ、このお芋の苗も頂きましょう!」

「はい、毎度あり!」

 花祭りも終わりかけた城下町の苗屋でヴァレッドとティアナは沢山の苗を前にうんうんと唸っていた。いや、正確には唸っているのはティアナだけで、ヴァレッドはそんな彼女に付き合って時折意見を言うだけなのだが、それでも時折口元に笑みを乗せて話している様子からして、彼もまんざらではないのだろう。二人の服装は、以前花祭りに赴いたときのお忍び衣装だ。なので、道行く人も、そこで苗を見ている男性がこの土地の領主だと気がつかない。それは目の前の店の主人も同じだった。

「お嬢ちゃん達、仲良いねー。恋人同士で苗を買いに来る奴なんてーのはなかなかいねぇぞ」

 恰幅の良い店の主人が苗の伝票を書きながら、そう上機嫌で言った。この店では買った苗を指定の場所まで届けてくれるらしく、ティアナは受け取った伝票に教会の住所を書き込みながら、ふふふ、と上機嫌で微笑んだ。

「私たち恋人同士に見えますか? 嬉しい! でも、私達恋人同士ではありませんの」

「ほぉ、そうなのかい。あまり似ていないが兄妹とかなのかい? それとも新婚さんかな?」

「いいえ。どちらも違いますわ。あ、でも、再来週には結婚しますの」

「あ、ティアナッ!」

「へ? お嬢ちゃん達、恋人じゃないのにかい?」

 店主が不思議そうな目線を二人に向けている中、ヴァレッドは一人頭を抱えた。話の雲行きが怪しくなってきたことを察したのだろう。そんなヴァレッドを尻目にティアナは頬を桃色に染めながら、素敵な笑みを浮かべた。

「私がヴァレッド様の恋人なんて、おこがましいですわ。ヴァレッド様にはとても素敵な恋人がもういますもの」

「恋人!? そこの男は恋人がいるのに嬢ちゃんと結婚するのか?」

「はい!」

「違う!」

 ティアナが元気よく返事したところでヴァレッドが声を張り上げた。これ以上話を広げれば、また彼女の口から『衆道』や『男色』なんて言葉が出かねない。そう思ってヴァレッドはそう否定したのだろうが、それが余計に店主の不信感を煽った。睨みつけてるわけではないが、店主は眉を寄せて怪訝な顔をヴァレッドに向けている。

「お嬢ちゃん、本当にこんな奴と結婚していいのか? 嬢ちゃん以外に恋人がいるような奴だぞ。言っちゃあ悪いが、男としては最低だ」

「なっ!」

「私、ヴァレッド様と結婚出来ることになってとっても幸せですわ! それに、私ヴァレッド様の恋愛を応援すると決めていますの。ヴァレッド様が幸せなら、私もとっても幸せですわ」

「嬢ちゃん……そこまであの男のことが好きなのか?」

「はい」

「嬢ちゃんの他に恋人が居てもか?」

「はい」

「じょぉおちゃあぁん!!!!」

「ひゃぁっ!」

 店主がむせび泣きながらティアナをぎゅうぎゅうと抱きしめる。優しく頭を撫でられて、ティアナも嬉しそうに、うふふ、と声を漏らした。それをじっと睨みつけるのは話に置いて行かれたヴァレッドだ。ここで自分が口を出すと状況が悪化することは確実なのでヴァレッドは深呼吸をして、怒りをぐっと飲み込んだ。

「よくできた女だよ、おじょーちゃんはっ! そこの男にはもったいない!」

「おい、一応客だぞ」

「うるさい! 女を大事にしない男なんざ客じゃねぇ! 嬢ちゃん、あんな男はやめて、うちの(せがれ)にしとかないか? 嬢ちゃんならうちの倅も気に入ると思うんだよ! 丁度、年の頃も近くてなぁ……」

「店主、いい加減うちの妻を離してくれっ!」

「おひょっ!」

 ぐっと腕を引かれて、ティアナは店主の腕から今度はヴァレッドの腕に移る。片腕で逃がさぬように捕らわれて、ティアナは目を白黒させた。

「ヴァレッド様?」

「良いから君は黙っていてくれ。店主、今彼女が言ったことは、全部彼女の勘違いだ。俺に恋人はいない。だから彼女に変な男をあてがおうとしないでくれないか?」

「うちの息子を『変な男』呼ばわりか」

 ティアナを取られた店主が顎を突き出しヴァレッドを睨みつける。そんな視線をもろともせずにヴァレッドはティアナから伝票をぶんどり店主に付きだした。

「結婚を斡旋する前に仕事をしろと言いたいだけだ。貴方の息子を貶したわけじゃない」

「……ほぉ」

 そのまま睨みあった二人に割り込むようにティアナがヴァレッドの袖を引く。きょとんと顔を傾げて至近距離でヴァレッドを見上げるティアナに、彼はぐっと言葉を詰まらせた。

「ヴァレッド様?」

「……もう注文はすませたな。帰るぞ」

「はい! あ、でも、もうちょっと街を見てまわりたいのですが」

「夕方までならな」

「やっぱりヴァレッド様はお優しいですわ!」

 上機嫌で飛び跳ねたティアナはヴァレッドの腕を取りにこりと微笑んだ。その様子を見て、店主も仕方ないと溜息をつく。

「泣かされたらいつでもうちに来て良いからな、えっと、ティアナちゃん!」

「はい! ありがとうございます!」

「『はい』じゃないだろうが。君はいつか俺の前から消えるつもりなのか? 根性のない他の女達のように君も荷物を纏めて出て行くと?」

「いいえ、そんなつもりはありませんけれど……」

「なら、そこは『まにあってます』とでも言っておけ」

「あ、はい! 店主さん、私、間に合っているそうです」

 そんなやりとりを聞いていた店主はぶっ、と思わず吹き出した。ケラケラおかしそうに腹を抱えて笑っている。ヴァレッドがそんな店主を苦い顔で睨みつけると、彼は「わるい、わるい」と笑いながら謝った。

「心配いらなさそうで安心したよ、ティアナちゃん。兄ちゃんに大事にして貰えよ。苗の方もきちんと届けとくからな!」

「よろしくお願いいたします!」

 店主は恰幅の良い腹をさすりながら改めて伝票を眺めて、そして少しおかしな顔をした。


「ティアナちゃん、ここの教会って確か無人じゃなかったか?」

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