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「ここに何があるんだ?」

 ティアナに連れて来られたのは、城の裏手の大きな生け垣だった。怪訝な顔をするヴァレッドにティアナはにっこりと微笑んで、生け垣の下の方を指さした。

「ここを通るんですの」

「ここ?」

 見れば生け垣はソコだけ抉れたようになっていた。女、子供が一人通れるか通れないかぐらいの小さな穴である。一瞬、そこを通って外にでも出るのかと思ったが、この城は高い壁でぐるりと覆ってある。生け垣は抜けられても、その先の石壁は到底越えられないだろう。

 そう思った矢先、ティアナは慣れた様子で生け垣を潜り、その先の石壁を押した。すると、何かが外れる音と共に、その石壁が一部だけ崩れたのだ。これには見ていた二人も心底驚いた様子で、レオポールに至っては胃を押さえながら青い顔になっていた。

「ティアナ、これはお前が!?」

「いいえ、最近知り合ったお友達に教えて貰いましたの。その方も知ったのは最近だそうで、自然に崩れていたのを見つけただけだそうですわ」

「レオッ!」

「すみません、確認が足りませんでした。今すぐ兵士に城の周辺を確認させます」

 青い顔のまま一目散に走り去ったレオポールの後ろ姿を眺めながら、ヴァレッドは大きく溜息を付いた。そして、何がいけないのかよく解っていないティアナと、頭を抱えるカロルに鋭い視線を向ける。

「……ティアナ」

「すみません。お叱りは私が」

「カロルは黙っていろ」

 ティアナを守るように割り込んだカロルを押しのけて、ヴァレッドはティアナに詰め寄った。そして、口を開けて何かを言いかけた後、思い直したように一度口を噤み、ティアナの低い目線に合わせるようにその場で片膝を付いた。そして幾分か優しくなった声色で、それでも諭すようにヴァレッドは目の前の彼女に声をかけた。

「ティアナ、ここの穴をもし賊などに使われたらどうなるか解るか?」

「え……」

「賊がこの城に入りたい放題と言うことは、城の中にある金品や城に通ってくれている者達が危険に見舞われるということになる。金品は買い直せば済む話だが、俺は城の者を無闇に危険にさらすようなことはしたくない。門番も巡回の兵士もその為にいるが、彼らがこの城で剣を抜くことは無い方が良いに決まっている」

「す、すみません……」

 ことの重大さに気づいたティアナが青い顔になり、慌てて頭を下げる。それを見取ったヴァレッドは、地面から膝を放し立ち上がった。申し訳なさそうに下げる頭を見下げて、ふっと表情を緩める。

「今回はいい、以後は気をつけてくれ。今度同じようなものを見つけたら、次は一番に俺に知らせてほしい」

「はい」

「そんなに落ち込むな。今後気をつけてくれれば良いだけの話だ。数週間後には君は此処の女主人になるのだろう? 俺に一度や二度怒られたぐらいでそんなになっていたら長く続かないぞ」

「……ヴァレッド様」

「君は暴走気味ぐらいが丁度良いな」

 それ以上何も言うことはないと、ヴァレッドはティアナの頭を少し乱暴にくしゃりとかき混ぜた。それを見ていたカロルの顔がほんのり赤く色づく。

「甘いですわね」

「ティアナも今回はその事実に思い至らなかっただけだろう。これで甘いというなら、主人と一緒にこの事を黙っていたお前にも何か罰を与えなくてはいけなくなるが?」

「私に関してはなんなりとなさってください。それに、私が甘いと言ったのは雰囲気のことですから、あしからず」

 雰囲気が甘い、そう言われたヴァレッドは一瞬の間を置いて頭を爆発させた。耳まで真っ赤にして、目は怒らせている。

「お前も、レオも、最近何なんだ! 俺は女が嫌いだと何度言えば解る! まさか、女嫌いが俺の虚言だとそう言いたいのか!? 嘘は女の専売特許だろう! 俺にはそういう趣味はない!」

「いいえ、貴方様の女嫌いは筋金入りだと存じています」

「だったら、そんなバカげたこ……」

「ティアナ様だけ特別なのかと」

 そう言いながらカロルはにやりと笑って見せる。

「違うに決まっているだろうがっ!!」


◆◇◆


「大体、女は何でもかんでも色事に結びつけたがる。俺は、女が嫌いだと何度言えば……」

「ほら、ぶつくさ言ってないで歩を進めてください。ティアナ様たち、もうあんな遠くにいますよ」

 城の周りを確認して、穴の簡易的な修繕を終わらせたレオポールはヴァレッド達と合流し、一緒に城の外を歩いていた。以前、馬車で街に降りた時に通った大通りを今度は徒歩で下り、花祭りの会場である街を横目に、海へ降りる街道を抜けた。徒歩で行くには結構な道のりで、四十分以上歩き続けて四人はやっと目的の場所へたどり着いた。

「ここですわ!」

「教会?」

 ティアナがそういって歩を止めた先は教会だった。教会といっても街にあるような煌びやかなものではなく、もうとっくの昔に訪れる者が途絶えたような落ちぶれた教会だった。元は白かった外壁は土色にくすんでしまっていて、窓ガラスには所々ひびが入っている。誰も管理をしていないのか、辺りには雑草が腰の高さまで伸びきっていた。

「ティアナー!」

 その声に四人が振り返る。そこには綺麗な銀髪を持つ少年が、頬に泥を付けて嬉しそうに頬を上気させていた。そして、そのままティアナの元に駆け寄ると、ティアナを抱えてくるりと一回転してみせる。

「昨日ぶりですね、ザール。元気でしたか?」

「昨日の今日でそんなにすぐ体調悪くならないよー」

「ザール! ちょっと! 毎回、毎回、やめなさいと言ってるでしょう!」

 抱きあった状態で会話を進める二人に割り込んだのはカロルだ。しかし二人を無理矢理に引き離すことはせずに、呆れた顔で注意するだけだった。そんな二人を引き離したのは教会から出てきたもう一人の人物。

「こらザール、やめなさい。ティアナ様が困っておられるでしょう」

「げ、神父様。いいじゃん、ティアナこの教会に連れてきたの俺なんだし」

 神父様と呼ばれた男性は、下がった目尻に短く切りそろえられた髪が特徴の男だった。ふくらはぎまである白いダルマティカを着て、肩からは金の刺繍が入ったストールを垂らしている。そんな彼はやれやれと肩をすくめながら、ザールの首根っこを掴むとティアナから無理矢理に引き離した。

「それとこれとは話が別でしょう? いいから離れなさい。彼女のドレスに泥が付いてしまいますよ。作業が終わったのなら水でも浴びてきなさい!」

「はーい」

 渋々と言った感じでザールはティアナを離した。そしてそのまま身を翻して教会の中に消えていく。それを見送って、神父はティアナに深々と頭を下げた。

「ティアナ様、いつもうちのザールがすみません」

「いえ、大丈夫ですわ。ザールの元気な姿を見るのは嬉しいもの。それに此処に着てくるドレスは全部汚れても洗いやすい物ばかりなのでお気になさらないでください」

「お気遣い傷み入ります。今日は、お連れの方が……、え? ドミニエル公爵様!?」

 ティアナの隣にいる箱を担いだ男性が、領主のヴァレッドだと気づいた神父はひっくり返ったような声を出しながら目をひん剥いた。何度も瞬かせて本人だと確認すると、神父は先ほどよりもより腰を深く折り曲げる。

「こんな寂れた教会へようこそおいでくださいました!」

「いや、今は公爵としてではなく私的な用で来ている。頭は下げなくてもいいから、誰か俺にこの状況を説明してくれないか?」

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