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 ヴァレッドがティアナの隠し事の痕跡を見つけた翌日、彼は廊下の角で身を潜ませていた。視線の先にあるのはティアナの部屋で、ヴァレッドはその部屋の扉を食い入るように睨みつけている。

「で? なんで私まで付き合う羽目になるんですか?」

「今日の分の執務は終わらせただろう? 何か問題があるのか?」

「私のプライベートな時間がなくなりました。というか大体、あの速度で仕事終わらせることができるなら普段からそうなさってください。貴方はやればできる人なんですから」

 ヴァレッドの隣にいるレオポールは腹の底から息を吐き出して、諦めたように頭を振った。ヴァレッドはそんな様子のレオポールに一度も目をくれることなく、じっと部屋の扉が開くのを待つ。

「ストーカー行為、そんなに面白いですか?」

「ストーカーではない! 監視だと何度言えばいいんだ! ティアナが何か良からぬ事を考えているかもしれないだろう? 俺はそれを未然に防ぐ義務がある!」

「そんなこと思ってもないくせに……。それに、理由はどうあれ、貴方のやってることはストーカー行為そのものですよ。まぁ、隠し事をされると暴きたくなるっていうのは解らなくもないですが」

「…………」

 ストーカー行為だと断じられたヴァレッドは眉を寄せて苦々しい表情になるが、目線はティアナの部屋に固定されたまま、ぴくりとも動かない。

 そんなヴァレッドにレオポールは呆れたような、それでいた諦めたような視線を向けて、また大きなため息を一つ付いた。

「ヴァレッド様、以前からお聞きしたかったのですが、今良いですか?」

「何だ?」

「貴方はティアナ様のことがお好きなんですか?」

「…………」

「…………」

「……は?」

「いや、だから、貴方はティアナ様のことが……」

「……レオ、頭がおかしくなったのか?」

「ソレ、貴方には絶対言われたくない言葉ですよね」

 ティアナの部屋から初めて視線を逸らしたヴァレッドの瞳は驚愕に見開かれている。

「少々変わってはいるが、ティアナも女だぞ。俺がどれぐらい女が嫌いかなんて、お前が一番よく知っているはずだろう?」

「私も少し前まではあり得ないって思っていたんですがね。最近の貴方を見ていると、もしかしたら、と思い始めまして……」

「……お前から見て、最近の俺はどんな感じなんだ?」

「こう、『好きな子が気になって仕方ない思春期真っ最中の子供』って感じで……」

「なっ、なんでそうなるんだ! お前の目は節穴か!? その歳でもう耄碌したか!」

「あ、ティアナ様」

「…………」

 羞恥からか、怒りからか、顔を真っ赤にさせたヴァレッドは、レオポールのその一言で張り上げそうになった怒声をぐっと飲み込んだ。そして、一瞬だけ恨めしげにレオポールを睨んだ後、すぐにティアナの部屋に視線を向ける。するとそこには大きな箱を抱えたティアナがよろよろと部屋から出てくるところだった。その後ろから慌てたようにカロルが付いて出る。会話の内容までは聞こえないが、どうやら、その箱をティアナが自ら持つと言って聞かないのだろう。カロルは何度も箱を取り上げようとしているが、ティアナは首を横に振って断っていた。そして、なにやら楽しそうに声を上げる。

 ティアナが持っているのは恐らく刺繍糸とハンカチが詰まったあの箱だろう。入っている物の一つ一つの重さはたいしたものではないが、あれだけの量が詰まっているのだ。女手にはとても重たい代物だろう。それを証明するようにティアナの体はふらふらと左右に揺れていた。

「あんな大きな箱、危ないな……」

「そう思うんでしたら、こんな風に隠れてないで助けに行ってきたら良いじゃないですか。隠し事についても、本人に直接聞けば……」

「馬鹿かお前は! 女が自らの秘密を素直に話すわけがないだろう!」


「ヴァレッド様!」


 ヴァレッドが思わず張り上げた声に、箱を持ったティアナが跳ねた声を出した。箱の横から顔を覗かせて、満面の笑みを浮かべている。隠密に行動しようとしていたヴァレッドは悔しげな表情で廊下の角から出てきた。

「今朝ぶりですね、ヴァレッド様!」

「あぁ」

 ばつが悪そうにヴァレッドがそっぽを向くと、その視界の端でティアナがよろけた。

「きゃっ!」

「この、ばかっ!」

「ティアナ様!」

 カロルとヴァレッドが同時に飛び出すが、どちらも間に合うことなくティアナは床に突っ伏した。箱の中身が飛び散らなかった事だけが不幸中の幸いで、ティアナは鼻の頭を押さえながら、よろよろとその場に座り込んだ。顔にかけてあった眼鏡の方にも傷はないが、顔の中心でずれてしまっている。

「あんな重そうなもの一人で持つからだ。大丈夫か?」

「ありがとうございますー……」

 少し涙目になりながらティアナはヴァレッドの差し出してきた右手を取って立ち上がった。ヴァレッドがティアナのスカートに付いた埃を払ってやっていると、カロルの鋭い声が届く。

「ヴァレッド様! ティアナ様は貴方の奥方になられる方ですが、まだ婚姻はすませておられないでしょう! スカートの上からでも足下を触るのはお控えくださいっ!」

「あ、あぁ」

 その言葉で自分の行動に気が付いたのか、ヴァレッドは少し耳を赤くして、飛び退くようにティアナから距離を取った。後ろではレオポールが意味ありげに「ほぉ……」と呟く。

 ティアナは飛び退いたヴァレッドに嬉しそうにお礼を言い、また箱を持ち直そうとした。それを必死でカロルが止める。

「いけません! ティアナ様! 先ほど転んだばかりでしょう? 何のために私が居るとお思いですか?」

「でも、カロルにだってこの箱は重いでしょう? これは私の我が儘なのだから、私が持ちますわ」

「ダメです! お貸しください!」

「……私が」

「俺が持とう」

 助けに入ろうとしたレオポールの声を遮って、ヴァレッドがそう言った。ティアナの腕の中にある箱を半ば奪い取るように取ると、軽々と肩に担ぎ上げた。その男らしい姿にティアナは思わず頬を上気させて手を叩いてしまう。それがよくできた子供を褒めるような仕草だった為か、ヴァレッドは少し眉を寄せて口をとがらせた。

「なんだそれは」

「ヴァレッド様はとても力持ちなのだと思いまして! 私じゃそんな風に持てませんわ!」

「当たり前だろう。男と女ではそもそも体の作りが違う」

「女……ですか。あの、お手数をおかけしてすみません」

 急にまじめな顔になって頭を下げたティアナにヴァレッドは箱を持っていない方の手で頭を抱えた。どう言えばいいのか数秒固まって、いつもより幾分か暖かい声色をティアナの頭上に落とす。

「今のは女が非力だとか、そういうことを言いたかったわけじゃない。これは仕方がないことだろう? 君は謝らなくて良い」

「そうなのですか?」

「そうだ。あと、今度から重たい物を持つときは一言声をかけろ。暇だったら手を貸してやらないこともない」

「ありがとうございますっ!」

「ーーーーっ」

 花の笑顔にヴァレッドが面食らっていると、いつの間にか隣に来ていたレオポールが肘で彼の脇腹をつついた。早く隠し事の内容を聞け、と言う事なのだろう。ヴァレッドは咳払い一つで真剣さを取り戻した顔になり、疑いの眼差しをわざと作り上げた。

「で、君はこれをどこに持って行くつもりだ?」

「あ……」

「もしかして、俺には言えないところへ行くのか? 何を企んで……」

「ヴァレッド様! 良い機会ですから一緒に来てくださいますか? 皆にヴァレッド様を紹介したいと思っていたところでしたの!」

 ヴァレッドの片手を取ってティアナが跳ねる。ティアナが下から覗き見れば、ヴァレッドの頬は静かに赤らんだ。

「あぁ」

「なーに照れてるんですか」

「照れてないっ!」

 レオポールがにやにやと耳元でそう呟けば、ヴァレッドは彼の足を踏みにかかる。それをひらりと躱されて、ヴァレッドは恨めしそうにレオポールを睨みつけた。

「良かったですね。隠し事は杞憂だったみたいですよ」

「まぁな」

 そんなやりとりをしていると、ティアナが弾かれたようにヴァレッドの手を離して距離を取った。その様子に二人が驚きながらティアナを見ると、少し赤い顔をしたティアナがレオポールに向かって頭を下げた。

「レオポール様、嫉妬させてしまってすみません! 私、お二人の恋路を邪魔する気は……」

「だから違うって、言ってるじゃないですか!!」

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