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現在、ピッコマ様にて『公爵さまは女がお嫌い!』のWEBTOONが始まっております!
皆様どうぞよろしくお願いします!
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馬に乗せられたガラムに連れてこられたのは、とある崖の上だった。ティアナの手首はロープで縛られており、まるで家畜のようにそこから紐が伸びていた。その先は当然ガラムの手に収まっている。
「貴方はベワイズの方だったんですね」
ティアナの言葉に、ガラムは唇を引き上げる。YESとは答えなかったが、それが彼の答えだった。
「あなた達は何が目的なんですか?」
「俺たちは奪われたものを取り返そうとしているだけだよ」
「取り返す? それはチェゼド教の話ですか?」
「ちげえよ、現実の歴史だ。嬢ちゃんが俺たちについてどのくらい知ってるかは知らねえがな。その昔、この国の大部分はペイル人が治めていたんだよ。といっても、二千年以上も前の話だがな。俺たちは、侵略してきたお前たちの先祖に住む場所を奪われ、砂漠に追いやられた。そしてそこからも追い出され、今度は散り散りになった」
「それ―!」
「チェゼド教の経典にあるような話だろう? これは俺の予想だが人類はずっと同じことを繰り返していたんじゃないかな。二千年よりも前からずっと。その話を後世に残すため、一族を一致団結させるために、一人の人間がチェゼド教を作ったんじゃねぇのかな。……ちなみにここはな、昔ペイル人を処刑していた場所だ。腕を縛られ、目隠しをされたペイル人が個々から何千何万と落とされたんだ」
以前ヒルデからも、同じような話を聞いたのを思い出した。
ガラムはじっと崖下を見つめている。ティアナは彼の視線をたどるようにしてそちらに目を向けて一歩後ずさった。自分が同じ道を通るかもしれないと思ったからだ。いいや。彼のことだ。こうやって脅しているということから考えて、確実に同じ運命を通らせるつもりだろう。
「何の目的でフレデリク様に近づいたんですか?」
「質問が多いな、嬢ちゃんは」
黙れと言われたように感じて、ティアナは口をつぐむ。だけど、彼にはそんなつもりはないようで素直に答えてくれた。
「理由は二つ。商家には情報が集まるからな。潜入していると役に立つ。そして、もう一つは、お前の情報を集めるためだよ」
「私の?」
「とある奴から、あの女嫌いと有名な公爵様が執心している女がいると聞いてな」
「とある、奴?」
「お前も知ってるやつだよ」
そこで思い出したのは、孤児院でカンナビスを育てていた神父だ。たしか、彼らが捕っていた牢屋が何者かに襲われ、そこにいた大半が死んだと前に聞いた。しかし、その神父の死体だけ見つからなかったとも……
「ふふふ、そうだよ。教会の神父だったやつに聞いたんだ。名前は――なんだったかな。アイツもペイル人とジスラール人のハーフでな。見た目では俺らの同胞だってわからなかったろ?」
「あれは貴方が?」
「あぁ、余計なことを喋られる前に口止めにな」
「あなた達は同胞を大切にすると聞きました」
「大切にしているさ。大切にしているからこその口止めだ。もっとも、古くて頭の硬い奴らは、そういう殺してさえも許容してないがな。俺みたいなやつはまぁ、少数派だ」
くつくつと喉の奥で笑い、ガラムは更に話を続ける。
「んで、口止めに行ったあとの話だったな。アイツはヴァレッドの弱みを知ってるから自分だけは助けてくれとほざいたんだ。だから一度連れ帰って話を聞いたんだが、そしたら、あの有名な女嫌いが執心している女がいるって話でなぁ」
「神父様は、その後どうなったのですか?」
「安心しろ。ちゃんと埋めてやったさ」
その言葉でティアナは神父の運命を知った。
「しかし、まさか本人に会えるとはなぁ。今まで念のためにお前たちには近づかなかったのに、とんだ運命だよな」
向き合ったガラムがティアナの顎を掴む。その手の力に従って顔をあげるのも彼に従っているような気がして、ティアナは彼の指から逃れるように顔を背けた。
「ティアナ!」
声が轟いたのはその時だった。ティアナが声のした方に顔を向けると、そこにはヴァレッドが立っていた。彼はガラムが残した手紙に従うように本当に一人で来たようだった。周りには護衛の兵士でさえもいない。
「おー、ちゃんと来たな。ヴァレッド」
その言葉に、ヴァレッドは憎悪を込めた目で彼を睨みつけた。しかし、なにも言葉は発さない。
「腕輪は持ってきたか?」
「あぁ」とヴァレッドは懐から腕輪を取り出した。こちらに向けた腕輪の中心には星の輝く宝石がはめ込まれている。
「偽物を、持ってきたわけではないな」
「……当たり前だ」
「そんなに睨みつけなくても、女は無事に返してやるよ。現役の公爵様を殺しても無駄な罪状が増えるだけで、こっちの旨味はなにもないんでね」
その声には相手をばかにするような音が含まれていた。ヴァレッドの手がギュッと握りしめられる。
「お前たちの目的は、ペイル人の復権なんだろう?」
「ん?」とガラムの片眉が上がる。
「そういうことを続けていたら、ペイル人を迫害するやつも増えるぞ。それはお前の本意ではないだろう?」
その言葉に、ガラムははっと吐き出すように笑った。
「もしかして、説得しようとしているのか? お可愛いことだな!」
「俺は真面目に言ってるんだ。ペイル人の状況はわかっている。迫害され続けた歴史も、屈辱も。現在だって地域によっては父親か母親がペイル人であった場合も差別や迫害を受けるんだろう? お前たちはそれに憤っている。だが、お前がやっている行為はそれを助長するだけだ!」
「まるで自分は関係ないというような口ぶりだなぁ」
「関係ないとは思っていない! ただ――」
「残念ながら、お前はそれを言う側じゃないんだよ。それはまったく関係のない奴らが外側から言う台詞だ」
「は?」とヴァレッドは怪訝な顔つきになった。その表情を見てガラムは更に楽しそうに唇を引き上げる。
「お前は、俺たちがどうしてお前の秘密を探ることができたのか、興味はないのか?」
「何を言って――」
「それはな。お前の出生の秘密を知る人間がいたからだよ」
男は頭からかぶっていたフードを外した。そして、顔の半分を覆っていた眼帯を解く。
瞬間、ヴァレッドの呼吸が止まった。
ティアナもガラムを見上げながら、これでもかと目を丸くした。
「お前の母親が元ジャミソン領出身だというのは聞いたことはないか? それを聞いたことがあるのなら、一度は考えなかったか? 俺の父親はもしかしたらペイル人かもしれない、な、と」
「おま……」
「さすがだよなぁ。俺も驚いたぜ。ここまで似てるなんてな。血ってすごいんだな」
彼が眼帯をつけていたのは、片目が見えないからではない。
外套を目深に被っていたのは、ペイル人であることを隠すためじゃない。
彼がヴァレッドの父親だということを隠すためだった。
「アイツが子供を産んだことは知っていたがな。まさか公爵家の子供として育てていたとは俺もつい最近まで知らなかったんだぜ? なにせお前はあまり公の場には出てこなかったから絵姿も出回ってないからなぁ」
銀髪の紙に浅黒い肌。それらはすべてペイル人の特徴であるのに顔だけはヴァレッドの面影がある。というか、ヴァレッドが年令を重ねたらきっとこのような面立ちになるのだろうという顔である。
ガラムがフレデリクのそばにいたのは、ティアナのこと以上にもしかするとヴァレッドのことを調べるためだったのかもしれない。
「感動の父と子の再会だ。パパと呼んでもいいんだぜ?」
「クソが」
条件反射のようにヴァレッドはそう吐き捨てる。しかし、その顔はどこまでも青かった。きっと事態についていけてないのだ。
動揺するヴァレッドを見ながら、ガラムはカカカと楽しそうに笑った。ガラムが今ここで自分がヴァレッドの父親だと告白するメリットはなにもない。ただ彼はヴァレッドに嫌がらせをしたかっただけなのだ。自分が嫌悪しているやつが父親だと、母親に続き父親も最低なやつだったと彼に教えたかっただけに違いない。
ガラムは勝ち誇った顔で未だ青い顔をしているヴァレッドに手を差し出した。
「ってことで、腕輪を渡せ、ヴァレッド。渡さなかったら、どうなるかぐらいはわかってるだろう?」
ヴァレッドは腕輪を握りしめたまま奥歯を噛みしめる。しかしティアナの命には変えられないと思ったのか、彼は腕輪をガラムに向かって転がした。
コロコロと転がり、靴に当たったそれを、ガラムは拾い上げる。
「よし、取引成立だ」
「きゃっ!」
「ティアナ!」
ガラムは腕輪を受け取った直後、ティアナを崖に突き出した。地に足はかろうじて付いているが、あと一押しでティアナの身体は谷底に落ちてしまうだろう。
「ガラム! 約束が違うだろう!!」
「違わないさ。この女はお前に返してやる」
どさっとロープが地面に落とされる。その先はティアナの手首に繋がっていた
「ただ、交換した途端にお前が襲ってきたら迷惑だろう? だから俺は考えた。まず、この女をここから落とす。そうすると、お前は必死でこのロープを掴んで女を助けようとするだろう? 俺はお前が慌てふためいて女を助けている隙にここから逃げる。どうだ、完璧だろう? ちなみに、誰か追ってくるやつがいたらその場で腕輪を壊すからな? そうなったら、責任を取らされるのはお前だろう? それならいまここで俺を逃しておいて後で腕輪を取り返すほうが賢明だ。お前はきっとそう判断するはずだ」
「お前――」
「このロープ、そんなに長くないからな。俺が手を離したら、すぐに助けに来ることだな。そうでなくっちゃ折角の助かる命も助からねぇぞ?」
ティアナはぐっと息を飲み込む。彼の言う通り、ロープに長さはそんなになかった。これではヴァレッドが追いつけるか追いつけないかギリギリだろう。もしかしたらわざと追いつけないように長さを調整しているのかもしれない。ガラムの性格を考えたらロープに切れ目が入っていてもおかしくはなかった。なぜなら、ガラムがしたいのはヴァレッドの足止めであってティアナの命はどうでもいいのだ。極端な話、ティアナが死んでもヴァレッドが足止めできればそれでいいのである。
「嬢ちゃん。もしかしたら最後になるのかもしれねぇんだから、なにか言い残すことはないかい?」
慈悲とばかりにそう尋ねられ、ティアナは逡巡する。そうしてゆっくりと口を開いた。
「貴方には言いたいこともいっぱいありますし、私の大切な人を傷つけたことを許すことはできませんが。一つだけ、お礼を言いますわ」
「お礼?」
「ありがとうございます。この世にヴァレッド様を生みおとしていただいて」
その言葉にガラムはキョトンとした後、大きく笑い出した。
「お前、今から自分を殺そうって男に、それはねぇだろ! お人好しを越えて、異常者だぜアンタ!」
「ティアナ……」
「――そして、ごめんなさい」
ティアナはガラムのロープを持つ持つ手が緩んだことを確認して、身体をくの字に曲げた。そのまま全力で体当たりをする。
「なっ!」
完全に油断していたのだろう。ガラムはたたらを踏む。ガラムを突き飛ばしたティアナはロープの先端と腕輪を拾い上げ、ヴァレッドのそばに駆け寄った。
「ティアナ!」
ヴァレッドはティアナを抱きとめる。彼の大きな腕に抱きかかえられ、ティアナは安堵の息を吐いた。
「すみません。ちょっと、欲張ってしまいました」
本当ならば、一人で落ちるべきだったのだろう。単純な計算だ。二人で死ぬより。一人で死ぬ方が被害が少ない。けれど、簡単に諦めたくなかったのだ。それにここで諦めたらヴァレッドだって悲しむ。今ならそれがわかる。
「腕輪を渡せ」
先程よりも少しだけ焦ったような顔でガラムが詰め寄ってくる。
二人は一歩後ずさった。二人のかかとに蹴られた石がカラカラと音を立てて落ちていく。
「まさか、このまま一緒に落ちるわけじゃないだろうな?」
「そうだと言ったら?」
「はっ! ここがどこだか知らねえのか?」
ガラムがばかにするように笑う。
そんな彼を無視して、ヴァレッドはティアナにだけ聞こえるようにこう囁いた。
「ティアナ、俺のことを信じられるか?」
その答えは決まっていた。ティアナは彼と結婚したときに神に誓ったのである。
健やかなるときも、病めるときも……
喜びのときも、悲しみのときも……
だから、彼が共にここから飛び降りようというのなら――
「もちろんですわ! どこまでもご一緒します」
すぐさま返ってきた言葉にヴァレッドは一瞬だけ驚いた後、破顔した。
「本当に君は――」
二人は互いに抱きしめあったまま崖から身を投げた。
落ちていく直前、「バカ野郎が」というガラムの悔しそうな声が聞こえた。