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現在、ピッコマ様にて『公爵さまは女がお嫌い!』のWEBTOONが始まっております!
皆様どうぞよろしくお願いします!
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その夜、自室でティアナはそっと息をついていた。窓から見える満月は、先程から現れた雲により半分ほどが覆い隠されていた。それはまるでティアナの心の内を表しているようだった。
「ヴァレッド様、大丈夫かしら……」
そう言って視線を下げると背後に影が差す。振り返ると、カロルがいた。
「平気ですよ、一人で行ったわけではないのですし」
「そう、ですわよね」
「まぁ、心配なのはわかりますけどね」
「カロルが心配しているのは、レオポール様のことかしら?」
そう聞いた瞬間に、ぐっとカロルの言葉が詰まった。いつもなら留守番をするレオポールだが、今回は事が事だけにヴァレッドと一緒に出ていた。
「……どうしてそうなるのですか?」
唸るようにカロルが言う。その頬はわずかに赤らんでいる。
「この前、二人でデートに行っていたじゃない」
「確かに行っていましたが、でも別にデートだけですよ? 恋人になったというわけでは……」
「恋人にはならないのですか?」
そこまで聞いてカロルの頬がさらに赤くなった。気のせいかもしれないが、頭から湯気のようなものが出ているような気もする。カロルはしきりに視線を彷徨わせながら「あの、その……」と言葉を漏らした。
「カロルはレオポール様の事をなんとも思っていないの?」
「なんとも思っていない……わけではないのですが。なんというか、同僚という気持ちのほうが強くて。いや、そういう風に見られないというわけではないんですが。彼の方からもゆっくりと考えてほしいと言われていますし、お言葉に甘えようかと……」
その言葉にティアナは口元を押さえ、声を高くした。
「ということは、レオポール様から愛の告白はされたわけですか!?」
その瞬間、カロルの顔に『しまった』という表情が浮かぶ。
ティアナはまるで恋愛小説を読んでいる時のような高揚感で、彼女に詰め寄った。
「レオポール様は、なんておっしゃられたんです? 私、すごく興味があるわ!」
「いや、別に。そんなロマンチックなことは。ただ『考えてほしい』とだけ……」
「考えて欲しい? それだけ?」
「いや、ですから。その、『私としては恋人になって欲しいですが、貴女にも考える時間が必要ですよね』と……」
「まぁ、まぁ、まぁ! 素敵ね!」
ティアナは頬に手を当てた状態で、飛び上がった。その足元はいまにも小躍りをしてしまいそうである。
「それで、カロルはどうするつもりなの?」
「だから、まだなにも考えられないですし。待っていただけるのなら待っていただこうかと。それに私自身もまだ半信半疑ですし」
「でも、デートは楽しかったのよね?」
「楽しかったですよ? 殿方といっても、いつも話している相手なので無駄に気を使わないですみましたし。それに私が前に食べに行きたいと言っていたショコラのお店にも連れて行ってもらえましたし……」
「まぁ! さすが、レオポール様だわ!」
「でも、私が連れて行ってほしいと言ったところに連れて行ってくれただけですよ?」
そう言いつつも、まんざらでもないのだろう。彼女の表情はなんてことないを装いながらも、どこか緩んでいる。
ティアナは先程までの憂いを忘れて、はしゃいでしまう。
「でも、良かったですわ」
「いや、だから。私はまだレオポール様とどうこうなると決めたわけでは――」
「そうじゃなくて。もちろん、そうなったら嬉しいとは思うのだけれど。それ以上に、カロルが甘えられる相手ができて良かった、って」
「甘えられるって。私はレオポール様に甘えてなんか」
「え? だって、私はそのショコラのお店知らないもの」
ティアナは朗らかな顔をカロルに向けた。
「カロルは気を使う人だから、自分がなにかをしたいとか、なにかをほしいとか、あまり言わないじゃない? 私にも数えるほどしか言ってくれたことがないですし。だから、カロルの中でそういうことを言える相手って、やっぱりカロルが甘えられる相手だと思うの」
カロルはティアナの言葉に少しだけ驚いたと困ったように眉尻を下げた。
「……ティアナ様って、そういうところ、すごくよく見てますわよね」
「あら。もしかして褒めてくれたの?」
「もしかしなくても褒めてますよ」
カロルはそう言うと、穏やかな表情になる。
その時だった――
階下でなにかが割れる音がする。そして、扉の向こうでヒルデの叫び声がした。
『ティアナ様! カロルさん! 逃げてください!』
その言葉に二人は目を見開き、互いに顔を見合わせた。
そして、なにが起きたのかカロルが扉を開けようとした瞬間、扉がこちらに吹っ飛んでくる。それと同時にカロルも吹き飛ばされ、ティアナの方に転がってきた。
「カロル!」
ティアナは慌ててカロルに駆け寄る。しかし、助け起こした彼女は目を開けなかった。きっと頭を打ったことにより、気を失っているのだろう。
「おっと。扉の前に人がいたか」
その声は、ティアナが今まで聞いたドの声よりも低くて、恐ろしかった。腹の底から響くような深い声に顔をあげると、目の前には大きな男が立っている。カロルを助け起こしているティアナから見れば、それは山のように見えた。
しかし、ティアナを驚かせたのはそれだけではなかった。ティアナは彼の顔に見覚えがあったのだ。
「貴方は――」
「悪いな、嬢ちゃん」
フレデリクの隣に立っていたときとは全く逆の雰囲気を纏わせて。帽子を取ってくれた時よりも乱暴な口調で。彼はティアナの前に立つ。
「ちょっと人質になってもらうぞ」
そう言いながら、ガラムは歯を見せた。
..◆◇◆
偽造した通行証を使った馬車がたどり着いたのは、とある廃屋だった。廃屋と言っても、元は貴族の別荘だった場所なのだろう、建物自体も大きい上に、地下もあるようなすごく大きなお屋敷だった。
中にいたのは予想通り、数十人のべワイズのメンバー。
ヴァレッドはエリックから貸してもらった兵士に指示を出して、彼らを捕らえた。
時間にして、ものの一時間ほどの出来事だった。
「なんとかなりましたね」
最後の一人を捕縛し終えて、そう息をついたのはレオポールだった。彼はヴァレッドの隣に立ちながら、ほとほと疲れたとばかりに首を回している。別に彼は大捕物に参加したわけではない。しかし、ヴァレッドと一緒に馬車の中で敵が餌に引っかかるのを徹夜をしてまっていた。きっとそれが身に堪えているのだろう。
「あぁ、腕輪は確保したし。これでエリックに報告ができるな」
「報告、ですか。それはどのように報告するつもりですか?」
「どのように?」
「腕輪の件はそのまま報告するとして、貴方のことはどう報告するつもりですか、と聞いてるんですよ」
レオポールのいう『貴方のこと』というのは、ヴァレッドの出生のことだろう。自分にはドミニエル家の血がまったく入っていない、それどころか父親が誰なのかもわからない、と正直に報告するのかと、レオポールは聞いているのだ。
「正直な話、黙っていればバレないのではと思います。貴方は公爵としての仕事をちゃんとやっているわけですし、貴方はどこからどう見ても立派なドミニエル公爵です。そもそも、こうなってしまったのは貴方のせいではないのですから、堂々としていればいいんですよ」
「それでも、知っているのに黙っていることは罪になる」
「ですが――」
「それに」
ヴァレッドは被せるようにそう言って、レオポールの言葉を遮った。
「ティアナまで、罰せられることになったら、目も当てられない」
その言葉に流石のレオポールも口をつぐんだ。
「もう離せないのなら、できるだけ彼女に危険が及ばない方法を考えるしかない。今なら、『今までは知らなかった』で通る可能性がある。エリックはそれさえも咎めるというやつではないからな」
「それは、そうですが」
レオポールはまだなにか言いたそうだったが、途中で全て飲み込んだ。今はそんな時ではないと思ったのかもしれないし、今のヴァレッドには何を言っても無駄だと悟ったのかもしれない。
「とりあえずは、彼らに色々聞いてからにしましょうか。報告書を求めるにしてもこれはしなくてはならないことですし」
レオポールの言葉にヴァレッドは視線を落とす。そこにはべワイズのメンバーが並べられていた。全員腕も足も縛られており、身動き一つできないようになっている。
「ヴァレッド・ドミニエル! 後悔するぞ!」
その中のひとりの男がそう声を荒らげた。彼は仲間たちと同じように身動きが出来ない状態で頬を地面にこすりつけながら大声をあげていた。
「後悔するぞ! 自分たちがやったことに! このまま俺たちを逃しておけばよかったと、お前は後悔するはずだ!」
「なにを……」
「俺たちが何の保険もかけてないと思ってるのか? 頭を使っていないと思っているのか?」
「何の話だ?」
「女の話だ」
瞬間、ヴァレッドの脳裏に浮かんだのはティアナの姿だった。
まさか。どうして。なんで――
「女から目を離したことを、お前はきっと後悔する! 後悔するぞ、ヴァレッド・ドミニエル!」
その咆哮は夜空を切り裂くようだった。
..◆◇◆
ヴァレッドが帰ってきたときには、もう屋敷にティアナはいなかった。抵抗でもしたのだろうか、使用人の何人かは無惨な姿になって屋敷の床に転がっており、それ以外の使用人たちは屋敷の奥にある部屋に閉じ込められていた。警備のために残していた数人の警備兵たちは、皆どこからどう見ても亡くなっており、ホールに転がっていたヒルデも腹部から血を流して、虫の息だった。
無事だった使用人から話を聞くに、いきなりペイル人数人が乗り込んできて、あっという間にこの屋敷の人間を制圧したという。
抵抗をしなければ殺さないと脅され、彼は仕方なくそいつらに従ったという。
ティアナの部屋にはカロルが倒れていた。
「やられましたね……」
カロルを助け起こしながら、レオポールが低い声を出す。
完全に警備が少ない時を狙ってやられていた。しかも、人通りが少ない夜を狙っている。もしかすると、夜中に彼らを動かしたのはこのためだったのではないかと疑いたくなる所業だった。
ペイル人たちを指揮していたのは、『ガラム』と呼ばれていた男で、周りからは『ガラム様』と呼ばれていたそうだ。敬称から考えるに彼がべワイズのトップ、もしくはそれに近い人間なのだろうと推測できた。そして、ヴァレッドにはガラムという男にも覚えがあった。
「フレデリクのそばにいた、あの男か」
白い外套を目深に被った眼帯の男を、ヴァレッドは思い出す。
ティアナから彼の名前は聞いていた。
『一応ペイル人の方でしたのでご報告しておきますわ』と。
命の助かったものの治療を指示しながら、ヴァレッドは残された手紙を見る。
『ヴァレッド、取引をしよう。娘と腕輪を交換だ。一人で来い』
ヴァレッドは手紙を握り潰した。