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 荒く整えられた道をその馬車は突き進む。流れる緑の木々を眺めながら、ティアナは赤いビロードの座面に身体を埋めた。ブロンドと言うには少しくすんだ木蘭色の髪の毛は、毛先の部分で軽く波打っていて、馬車の振動で可愛らしく肩の上で跳ねる。光が当たるとピンク色に輝く赤茶色の瞳は、長い睫と大きな眼鏡に覆われていた。

 そんな彼女は頬をうっすらと赤く染めて嬉しげに言葉を紡ぐ。

「もうすぐ、ヴァレッド様に会えるのね。ふふ、楽しみだわ」

「この国でそんな事を言うのはティアナ様だけですわ。“あの”ヴァレッド・ドミニエル公爵に輿入れだというのに、そんなに嬉しそうなのも」

「だって、私みたいな“訳あり”を貰ってくれるって仰ってるんでしょう? 絶対良い人じゃない!」

「ティアナ様が訳ありになってしまったのは貴女様の所為ではないですし、ドミニエル公に至っては誰でも良いから嫁いでこいと書状にあったでしょう? ティアナ様のその前向きさは私も見習いたいですが、今回ばかりは涙に暮れても良いと思いますわ」

 ティアナの代わりと言わんばかりに袖で涙を拭うのは、屋敷から一緒についてきてくれた侍女のカロルだ。栗色の髪の毛を綺麗に纏めている彼女は、ティアナの一つ上の十九歳である。

 姉のように慕うカロルを相手に、ティアナはまるで子供のように頬を膨らませた。

「涙に暮れるなんて! 私は頑張って良い妻になりますわ! こんな私を貰ってくれるんですもの。ヴァレッド様には誠心誠意尽くす所存です!」

「そもそも、ちゃんとした夫婦になれるかどうかも怪しいところですわ。相手はあの『女嫌いのドミニエル公』ですよ? 男色家の噂もある人に嫁ぐなんて、私がティアナ様だったら卒倒しています!」

「大丈夫ですわ! 私、こう見えても衆道には理解がありますの! ヴァレッド様の恋を全力で応援しますわ!」

 鼻息荒くそうのたまう己の主人を、カロルは諦めたように首を振りながら窘める。

「お願いですからティアナ様、そのようなことをドミニエル公の前で仰らないでくださいね」

「あら? 何故?」

「貴女はもう一度“離縁”したいのですか?」


 そう、ティアナは前に一度、結婚をしていた。結婚と言ってもたった数日の話で、一緒に住んでいた事実もない結婚だ。相手は生まれた時から決まっていた許嫁で、穏和でおっとりとしたいかにも草食系の男だった。


 そして、その男をティアナは実の妹に寝取られたのである。


 ティアナの妹のローゼは『社交界の薔薇』と呼ばれるような美しい女性だった。輝くハニーブロンドの髪の毛はまるでこの世の物とは思えないほどの艶を有していたし、ほっそりとした身体に似合わぬ豊満な胸は男の夢だろう。大きなサファイア色の瞳は長い睫に彩られていて、色白の肌には小さくて可愛らしい唇が映えた。

 そんな絶世の美女であるローゼにはいつも浮いた噂が絶えなかった。今日はどこぞの次男坊と寝たとか、昨日はあちらの一人息子と朝帰りだとか。そして、その噂通りの私生活をローゼは過ごしていた。可愛らしい末娘を甘やかした親もいけないのだろうが、遊ばれるとわかっていて近づいてくる男達も男達だ。そんな周りの後押しを受け、ローゼは立派な、“いろんな意味”で立派な女性になった。

 そして彼女には、更にめんどうな悪癖があった。

 人の物を欲しがる癖があったのだ。姉であるティアナの物は、藁半紙一枚でさえも彼女の物を欲しがった。ティアナが持っているドレスだって、元々はティアナの物だが、その殆どが一度ローゼに取られた後の出戻り品である。人が持っていると良く見えて欲しがる癖に、自分の物になるととたんに興味をなくすのだ。

 そんな彼女の噂は社交界でも有名で、絶世の美女にも係わらず今まで嫁の貰い手がなかったのだ。一応、ローゼにも生まれた時から決められた許嫁がいた。しかし、それも彼女の噂によってダメになってしまっていたのである。

 そんな時に手を挙げたのがヴァレッド・ドミニエル公だった。女嫌いの男色家と噂の彼との縁談を、ローゼは勿論快く思わなかった。しかし、その縁談を彼女たちの両親は無理矢理進めようとしたのである。年頃になっても嫁の貰い手が見つからない娘の状態に焦ったのだろう。もしくは誰にも嫁がないよりは、変な男かも知れないが公爵家に嫁いだ方が幸せだと思ったのか。その真意はわからない。しかし、そんな両親の強行に、ローゼもまた強行な手段をとった。

 それが、姉であるティアナの許嫁を寝取るという大技だったのだ。

 子供が出来たかもしれないから嫁げないと、そう言い出したのはティアナと許嫁男の婚姻が済んだ翌日で、そして、ヴァレッド・ドミニエル公の領地に向かう一週間前の事だった。

 そしてあろう事か、ティアナの許嫁はローゼに首っ丈になってしまい、まだ結婚して間もない身でありながら、離婚を打診してきたのである。


 なのでティアナは“訳あり”なのだ。


「離縁を言い渡された時はどうしようかと思いましたけれど、ヴァレッド様が貰ってくださると言ってくださって良かったですわ!」

 この国で離縁をされた女性を基本的には誰も貰いたがらない。男性はまっさらな女性を好むのだ。全く嫁ぎ宛がない訳ではないが、離縁された女性の殆どは神の妻になり、修道女になるのが一般的だった。

 別にティアナは修道女になりたくなかったわけではない。質素倹約はどちらかと言えば得意の部類だし、神に祈りながら過ごすというのも悪くないと思う。しかし、昔から花嫁というものに、ティアナは漠然とした憧れがあった。なので、“訳あり”になってしまったティアナを貰ってくれるというヴァレッドに彼女はとても感謝していたのだ。


「ティアナ様、見えてきましたよ。あれがヴァレッド様のお城です」


 そのカロルの言葉にティアナも窓から外を眺めた。夕日に照らされるその城は煌びやかと言うよりは、堅牢という雰囲気がぴったりと合う城だった。黒い屋根に、灰色の石造りの壁。均等に並ぶ窓は、その城の大きさからいって少ない。真ん中にあるタマネギ型のドームは併設された教会だろうか、その屋根も隣の建物と同じで真っ黒である。何となく罰当たりめいた色を覆うように、その城を背丈の三倍はありそうな壁がぐるりと囲っていた。

 馬車が門に近づく。すると、その門はゆっくりと開き、ティアナを招き入れた。

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