隠しキャラはヒロインに靡かない
全ルートを攻略することは不可能と呼ばれた乙女ゲーム『魔法寮の御伽噺』
時は中世、魔法が溢れる世界で平民でありながら膨大な魔力を持つヒロインが貴族ばかりが通う学校に編入し、恋に落ちていくというあらすじだけはありふれた乙女ゲームです。
発売当時から隠しキャラのグラフィックが公開されているという異端なこのゲームは、逆ハーエンドをクリアできず隠しキャラのルートを始められないと数多のプレイヤーを泣かせてきました。私もまたその一人です。
そもそも、属性ごとに寮も教室も授業も別れているというのにどうして一度に全ての攻略キャラを落とせましょう!私は隠しキャラ目当てで購入したというのに!!隠しキャラまで辿り着けないってどういうことですか!?やらせる気がないなら最初からグラフィックなんて公開すんなよ!黒髪赤目なんて私のドストライクだったのに!期待させやがって!!
あ……ごほん。失礼しました。遅れ馳せながら、私、ブランジェ公爵家長女ソフィアと申します。乙女ゲーム、などという単語を出した時点でお気付きだとは思いますが、私は前世の記憶を殿下との対面の時に思い出しました。
お考えの通りでありますが私は殿下ルートに入った場合の悪役令嬢であるのです。しかしながら、私の話はどうでも良いのです。そんなことよりも、私の妹の話を聞いてください!
私の妹、レイフィートは一級魔術師アルセルドの攻略時に登場する悪役令嬢です。皆が魔法を使える中でなにゆえ魔術師が存在するのか。ざっくり言えば魔力量の問題ですね。一般的には家事に使う程度の魔力しか持たないため、大して役立たないのです。
まあ、それはさておきゲーム内では闇属性の制服である黒いローブを深く被り、顔が一切登場しなかった我が妹。アルセルドよりも魔術師らしいとネットでは『異端の魔女』などと呼ばれておりました。
そう、異端なのです。乙女ゲームでありながら、彼女はいじめをしてくるわけでもなく、あまり登場しない上に、ひたすら正論をぶつけてくるのです。しかもアルセルドの前で彼女について悪く言えば好感度が駄々下がりというおまけ付き。どんなに頑張ってもアルセルドは友情エンド止まり。
逆ハー以前の問題です。攻略対象を絞っても攻略できないってどういうことですか!異端の魔女がまともなことばかり言うから夢も希望もないですよ!ゲームなんだから夢くらい見させて欲しいです!!
前世では異端の魔女は私の隠しキャラまでの道を阻む巨大な壁でした。そう壁だったのです。決して越えることのできない強大な壁だったのですけれど……
「姉上、どうかなさいましたか?」
お父様似の切れ長の目を細め、不思議そうに私を見る妹。彼女が小さく首を傾げれば、長く真っ直ぐな黒髪が微かに揺れます。
家の中ですから制服を着る必要はないわけで、画面越しでは見ることができなかった妹の容姿。女性にしては高めの身長。剣を振るのに邪魔にならないよう後ろで束ねられた綺麗な黒髪。鋭さを持つルビーのように赤い切れ長の目。
黒を基調とした動きやすい服に、彼女の使い馴れた剣を腰に下げればあら不思議。隠しキャラの姿が……って、お前かい!どうして隠しキャラが女の子なの!!最後が百合エンド!?誰得よ!?製作会社めっ!やっぱり攻略させる気がなかったな!!
「……え、姉上!」
「あ、だ、大丈夫よ。心配かけてごめんなさいね、レイ」
私が微笑めば、私の大切な大切な妹レイは呆れたように肩を竦め、私の頭を軽く撫でます。何でしょう、この子供扱いは!私が姉ですのに!!いつもそうです。お兄様だってレイに私のことをよろしくって、可笑しいでしょう!私が姉ですのに!
これでも公爵家の長女として恥じない立派な淑女です。でなければ殿下の婚約者などやっていけません。自慢話のようでお恥ずかしいのですが、これでもわりと次期王妃として認められているのです。貴族としてはレイよりもきちんとしているはず……なのにどうして私が子供扱いですの!?納得いきません!
拗ねる私にレイは苦笑いを浮かべる。その表情を見るだけでまあ、仕方ないなどと思えてしまう私は安い女だと思います。だってしょうがないじゃないですか!目の前で好みの顔が優しげに笑うのですよ!何もかもどうでもよくなりますよね!!え、ならない?うーん、私だけでしょうか。
「今日のおやつはケーキだそうですよ」とレイは私をエスコートしながら客間へと向かいます。日に日に紳士的になっていきますね。お兄様より立派に紳士をやってますよ。いつか女を止めるのでしょうか。お母様が喜びそうです。
客間の扉を開けますと我が物顔で居座る男が二人。一人は私の愛しのレイを奪う男。そう例の一級魔術師アルセルド。彼は私たちが入ってきたのに気付くと立ち上がって頭を下げます。
その向かい側でのうのうとお茶を飲むのは私とレイの時間を奪う男。この国の第一皇子であるディーン殿下。くぅ!余裕そうな顔しやがって!!
「お邪魔しています、ソフィア嬢。フィーをお借りします」
「また、ですの?」
「そう言うな、ソフィア。あれはレイとセルドにご執着のようだからな」
何が!あれはレイとセルドにご執着のようだからな、よ!貴方様が仕組んだのではありませんか!!この腹黒!レイは貴方の駒ではないのですよ!
なんて、殿下に申し上げるわけにもいかないので私は「行ってまいります」と幸せそうに微笑むレイに手を振り、ついていきたい気持ちを必死に抑えて見送ります。私がついていくなんて言うとレイに凄く困った顔をさせてしまいますもの、我慢です。我慢して大人しく殿下の隣に腰を下ろしました。
アルセルドはまだ良いのです。レイが幸せそうですもの。百歩譲って許容しましょう。いえ、やっぱり百歩では足りません!千歩です!千歩譲って許容しましょう。
問題はこの男。私のいない間にレイに接触したかと思えば、巷で有名な次々と男を落とす女を見張って欲しいなどと話を持ちかけたのです。私がせっかく引き離していたというのに!
巷で有名な彼女は、どうやら私と同じく転生者らしく、それはもう手際良く攻略にかかりました。が、それよりも頭が切れるのがこの男。彼女の取り巻きが二人になった時点でレイを使って手を打ちやがったのです。
「レイは女の子だからね、例えあれが魅了を持っていても効かないだろう?」と、私が来たときにはレイに男性の格好をさせてフィートと命名しておりました。そういう問題ではないのですよ!レイが男装をしていることが問題なのです!!ああ、今にもレイがあの電波女の毒牙にかかっていると思うと居ても立っても居られません!いえ、別にレイのことを信じていないわけではないのです。ただあの電波女にレイの素顔が露になっていることが苛立たしいだけなのです。
大体、魅了魔法は魔力量が少ない相手には効かないのですからアルセルドと殿下であの電波女の相手をすれば良いのですよ。ああ、でもそのまま攻略されてしまうのは困ります。やはり悔しいことにレイが出るのが最善なんですよね。
「落ち着いたか」
「……落ち着きましたわ」
私が侍女の淹れた紅茶を一口いただけば、私の胸の内を読むように殿下がそう仰有います。何だかんだ言って付き合いが長いものですから、この腹黒には私の考えていることなど全てお見通しのようなのです。私は全くわからないのに、本当に腹立たしい!
「レイがソフィアがきちんと王妃を勤められるか心配していた」
「また私のいない間にレイと話しましたの?レイに腹黒がうつっては困ります。お控えいただけませんこと?」
「君の中の私は一体どうなっているんだ?」
殿下は苦笑いを浮かべますと部屋に控えていた侍女たちを下がらせました。毎回のように下げられていれば、侍女たちも馴れたもので特に何も言うわけでもなく部屋を出て行きます。
我が家の力を心配しているわけではありませんが、仮にも次期国王となる人物なのですよ?もっと警戒心を持っていただきたいです。
私が黙々と置いてあったマカロンを口に放り込んでおりますと、殿下は私を見て微笑みます。人が食べているのを見て何が楽しいんだか、私には全くわかりません。
「ソフィアにとっての朗報がある」
「朗報?」
「あれが魅了の魔法は使えないという裏付けがとれた。どうも過度な妄想癖もあるようだしな、北の方で療養してもらう」
「……そうですの」
お可哀想に。療養とは名ばかり、極寒の地にただ閉じ込められるだけの日々。孤独な毎日をあのお花畑の少女は何日持ちますかね。いつかは今よりも発狂することだけは確かでしょう。
普通であれば、校則違反に素行不良ほどしかしておりませんから退学処分くらいの扱いのはずなのですけれど、あの子は一体この腹黒に何をしたのでしょうか?ゲーム通りであれば上手く行ったかもしれないのに、本当にお可哀想。
ゲームでは、殿下は世間知らずの王子らしく俺様系のはずでした。それなのにこの殿下は頭の切れる腹黒男で、気付いたときには遊ばれる毎日を送るはめになっていました。別に私が何をしたというわけではありません。私はレイを可愛がるのに忙しかったものですから。まあ、ヒロインが殿下を攻略しても私は修道院送りになるくらいでしたし、そもそもヒロインをいじめなければ特に何も起きないだろうと思っておりました。
と言うよりは、色々と手を回す余裕がなかったのです!私にとって王妃教育が忙し過ぎるのです!!特出して優秀というわけでもない私がどうして殿下の婚約者なのだろうかと何度考えたことか!
それにしてもどうしてこうも腹黒になってしまったのですかね。いえ、別に俺様系が良かったのかというわけではありません。むしろタイプじゃありません。
私が小さく息を吐きますと殿下が探るように目を細めました。な、何でしょうか。別に探られて困るような疚しいことは何もなかったはず。
「もう不安になることはないか?」
殿下の少しばかり骨張った指が私の髪を撫でる。この人はいつも行動が唐突過ぎだと思うのです。いくらか見慣れた顔であるとはいえ、日に日に格好良さが増していくのですから本当に心臓に悪い。
「特にありません」
「なら良い」
殿下は私の髪から手を離しますと、フォークを手に取り侍女が私用に出したケーキを一口サイズに切った。私のケーキです!と文句の一つでも言ってやろうと口を開けば、その中にケーキを突っ込まれる。
驚いて目を見開く私に殿下がいたずらっ子のように笑う。再びケーキを切り取って私の口もとに持って来られ、私は恥ずかしくて顔を反らす。
「ソフィア」
甘く名前を呼ばれて顔に熱が集まるのがわかる。前世も今世も殿下以外にこんな距離感の人なんて居ませんでしたから恥ずかしくて仕方がないのです。本当にやめていただきたい。
殿下は私に無理矢理顔を向けさせるとにっこりと微笑みます。
「レイが言うにはこれから魔王が復活して聖女とやらも現れるらしいけど」
「え」
「私たちで何とかするからソフィアは何も心配する必要はないからね」
ちょっと待ってください!どういうことですか!?というか私たちって言いました!?またレイを巻き込む気ですか!!いい加減にしてくださいな!