4話
ここからしばらく主人公不在です。
☆☆☆カリメルト村side☆☆☆
「おいみんな、こっちに来てくれ」
「そっちもかキンシ?」
猿人族の少年キンシは、畑の見廻りをしている仲間達を呼び集めた。
彼の足元には、広範囲に渡って食い荒らされた夏野菜や芋の残骸が転がっている。
ここは猿人族が興した六つの集落の一つで、名をカリメルトという。
猿人族という種族は、人族の顔や手足を有している事から、獣人種と区別された亜人種の一種だ。
そして、その種族名の通り猿の亜人であり、獣らしい猿の耳と尾尻が彼らの最も分かりやすい特徴である。
「三日くれー前からこの有様だ」
「やっと収穫って時にこれだ。それももう数え切れねー数だぜ」
仲間の猟師である男達が頭を抱える中、キンシは毅然とした面持ちで彼らの背中を叩いた。
「ここで悲観していても仕方が無い。壊れた柵を直して見廻りを強化しよう」
「ああ、そうだな。他にもやられたところがあるかも知れねーし」
「だな」
猟師達は一様に頷き、壊れた柵の修復や鳴子の仕掛け直しに取り掛かかった。
キンシは柵の応急処置を手伝いながら、今回の畑荒らしについて思案を巡らせていた。
俺たちがここに住み着いたのは十年も前の事だ。それまでにこれだけ立て続けに食い荒らされた経験は一度もないはず。
食い荒らされ方から見て一頭や二頭の獣の仕業とは考えにくい。五頭、いや十頭以上の群れか、考えたくは無いが個体の大きな魔獣の可能性もある。
しかし殆どの現場では、畑の近くに獣らしい足跡は確認する事が出来なかった。
かといって刈り取られず、獣が食い荒らした様子から、この村の者や他の村人が持ち去ったとも考えられない。全部その場で食われているのだ。
一度は、シャパール王国の嫌がらせも考えたが、彼らがそんな小細工をする必要はない。単純に村に奇襲を掛ければ良いだけの話だ。いや、俺たちが困り果てた姿を見て楽しんでいるのだろうか。
とにかく、今回の食い荒らし事件は不可解なことだらけだ。どうしたものか、一度村のまとめ役達を集めて話し合う必要があるだろう。
キンシは直した柵が頑丈であるか確かめながら、一抹の不安が残る中、静まり返った森の奥を見やるのだった。
キンシ達が村の広場に帰る頃には、もう日が沈みかけていた。広場に着くと、彼の元に一人の少女が駆け寄ってきた。
「お帰りなさいお兄様!畑の様子はどうでしたかっ?」
「ただいまエナ。アルザの婆さんは元気か」
「うんっ。たまに腰が痛いって言うけど、私がほぐしてあげたから大丈夫です。それより畑の方は……?」
笑顔で迎えてくれたエナは、キンシより二歳若い十六歳の女の子だ。
身体は細く、顔も少しやつれているが、それが補われている程良く整った顔立ちをしている。
彼女はキンシのことを「お兄様」と呼ぶが実際の兄妹ではない。猿人族は古くから、少し歳が離れた年上の男には兄と、女には姉と呼ぶ風習がある為そう呼んでいるだけだ。
「まーあまり良い状態じゃないな」
「そうですか……」
「そう気にするな。畑は俺たちがなんとかする」
顔を曇らせるエナだったが、キンシが彼女の耳を軽く撫でると表情を明るくさせてその手を自身の胸に引き寄せた。
「分かりましたっ。解決したら今度こそ一緒に息抜きしましょう。約束ですよ?」
「悪いが約束は出来ないぞ」
「いいえ、休んで下さいっ。この所お兄様は色々と忙しくしてます。たまには休息を取って下さいっ。それとも……私の事嫌いになっちゃいましたか?」
憂えた様子で俯いてしまったエナ。キンシはバツの悪そうに頭を掻いた。
「それは卑怯だぞエナ。ああ……分かった覚えておくよ」
「ふふっ。困ったお顔もステキですっ。ちゃんとこの耳で聴きましたからねっじゃあ!」
「おま……っ!」
いたずらっぽい笑顔で走り去ったエナをキンシは呼び止めようとする。が、仲間に笑顔で「こりゃ一本取られたな」と拳をバキバキ鳴らされ、それどころではなくなったしまうのだった。