7杯目。お水をください。(2)
そ、そうだ――――話題を変えよう。
ヤスはとっさに脳裏で彼女の気を散らせるような話題を取り出そうとするものの。
失敗した。
「無駄よ、ヤス。私には人の心が読めるのですもの。あらあらいいわねぇ、最近流行りのMMOの準ヒロインさんとこれからデートなの?? スマホに入っているキープの中には、ずいぶんたくさんの女性とのやり取りがあるみたいねぇ」
言いながら、女神は手入れのされた指先でスマホを自分の手元に寄せると、机の上でくるくると回し始めた。
「あ、あ、あ」
顔面蒼白になっているのは、この後の結末が見えているからか。
これほど分の悪い戦いはない。
「いいわよねぇ、ヤスは。クリアしたら勇者様様英雄様だもの。それに比べて私なんて」
わたしなんて、と自分勝手な感傷に浸りはじめたイーリスだったが、こともあろうにタイミング悪く、ヤスのスマホ画面が光り輝いた。
「あ」
イーリスはやや荒んだ瞳でその画面を一瞥すると――。
ドンッ。
パキョッ。
ぷぱっと音を立ててヤスの鼻から水っぽい風船が飛び出した。
「アンギャァアアアアア!! おでの! おでの携帯がぁああああ!!」
イーリスがヤスのスマホめがけて握り拳を叩き落としたのだ。
「おでの! おでのコンプリートたちがぁああああ!!」
終わった。
ゲームで言うならゲームオーバーだ。
裸一貫に身ぐるみはがれたような状況でヤスは呆然と白い煙を吐き始めたスマホを眺めた。
それでも往生際が悪い彼は、それをイーリスからひったくり返し回復魔法を唱える。
「甦れ、蘇れ、蘇れ、蘇れ、蘇れ、よみがえれよぉおおおおお、俺のデーターたちぃいいい」
しかし、やはり無駄なものは無駄だった。
ささやかなショート音とともに、電光と雷火が線香花火のように爆ぜたかと思うと、大きく白い煙を吐いてあとはもう静かなものだった。
「イイイイイイイイーリス!!」
ヤスオは「渾身の力」で女神の名を呼んだが、効果はないようだ。
「うるっさいのよ! このハレンチ男ぉおお!! 私というものがありながら次から次へと若くてかわいい子ばかりぃい! そんなに、そんなにヒロインがいいの!? ど子をどう見ても変わり映えのないジャガイモみたいな子ばっかりじゃないっ。私の方がずっと美人で麗しいわよぉおお」
わぁーんと子供よろしく泣き始めたイーリスに、さしものヤスも面喰う。
ヤスオは窮地に立たされた。
「私なんて、私なんて。人間に恋した挙句にフラれて、上司である神に怒られて、人間を異世界から呼んで勇者に仕立て上げて魔王と闘わせて世界を救った功績を丸無視されて、人界に落とされて神籍まで剥奪されて」
それはイーリスが少々神族としてはやりすぎ感満載の熱烈アプローチや、ハレンチな布きれ一枚でヤスを誘惑したのが原因ではなかろうか、とちょっぴり過去を追想したヤスだったが恐ろしくて口には出せない。
「私だって一生懸命世界と、ヤスのために尽くして尽くしてきたのに。なによ、ひどいわアレは。どうして最終的には王の娘のあんまり可愛くもない女とくっついちゃうのよ」
「え、ええと・・・あの。お、王女様はですね、キャラとしてあーなんというか。そーゆー設定だったもんで、俺も仕方がなく」
なだめにかかるが、それはむしろ逆効果だったようで。
「仕方がない!? 仕方がないですって!? 男っていつもそう! 自分の都合が悪くなると相手のせいにして。私をフッてあんな尻軽女とよろしくやってんだから、ふざけんじゃないわよってくらい思ってもバチあたらないでしょ!!」
「し、尻軽って」
「尻軽も尻軽よ!! この際だから言わせてもらうけれど、ヤス。あんたのあの尻軽女があんたをフッてあんたの親友だった神官といい仲になっちゃったの、仕向けたのは私よ」
「な、なんだと!?」
ヤスは目をカッと見開いて椅子から立ち上がった。