5杯目。焼き鳥で。
いい照りが出ている香ばしい焼き鳥を串ごと口の中に放り込んで、主任は酒に弱いくせに芋焼酎で撃沈し、挙句の果てにべろんべろんに酔っ払ったシオルネーラが隣で管をまいているのを、かれこれ30分近く聞き続けていた。
「だってさぁ。なによあれぇ~。最近流行かなんか知んないんだけどさ、チートっての。何よあれ、ラスボス戦初戦、最初の一瞬からあたしフルボッコじゃん」
「フルボッコ・・・」
わが身に起きた忌まわしい過去だけに主任はぞっとしない。
レベルカンストした勇者ヤスオが、4回目でダンジョンを制覇し、負けてはスタート地点からだった怒りを抱えて初戦から主任をボッコボコにした事件のことである。
主任は軽く身震いすると、体を温めるように残りの焼き鳥の串を放り込んだ。
「あたしが大魔術ターンを発動する前に、奴らときたら連携魔法で攻撃してくるし、召喚獣は使うし、私へのダメージを10倍にする謎の道具持ってるしさ。あれってクリア後に神からプレゼントされるものじゃなかったわけぇ? なのにどーしてクリア前に持ってんのよ!! クリア後だったら、あたしも無制限チート術持ってたのにぃイイいい」
ひどいわぁ、と泣き叫びながら大魔女シオルネーラは机の上に倒れ込んだ。
「シ、シオルネーラ!?」
慌てて主任が左手で揺さぶれば、シオルネーラはうるんだ瞳でしくしくと泣き始めた。
「あたしだって。あたしだってホントはヒロインキャラだったのよぉ。それなのに、付き合った男が悪くて、うっかりくびり殺しちゃったら魔女とか言われて。逃げて逃げるうちにどんどん殺しちゃうでしょぉ。だって、そうしないと殺されちゃうんだし」
「う、うん」
「そのうちに、かくまってくれた男から人間殺しの魔術教わって修練したってしょうがないってもんでしょう。結局あたしに毒盛ろうとしたのがばれて、食べられちゃうんだけど・・・でもっ」
ひくっ、と体を痙攣させてすっかり出来上がってしまった妖艶なる絶世の美女は何かにはっと気づき、唇を押えて震えだした。
「う」
「だ、大丈夫か? シオルネーラ」
「うう」
「何か嫌なことを思い出したのなら―――――」
慌てふためく主任に、次の瞬間、シオルネーラの体がのしかかる。
「うげぇええええええええええ」
「アンギャァアアアアアア――――――」
ぷぅーんとすえた匂いが猛烈な激臭となって主任に襲い掛かる。
しかも。
「イデェエエエエエ」
災難なことに彼女は人と竜の間に生まれた異端児で、吐瀉したものは全てを溶かす硫酸となる。なお、この技を「デスブレス」と言ったりしなかったり。
「あらあらぁ。まぁまぁ。ちょっと、お水とタオル持って来て頂戴」
ようやくカウンターに戻って来たママが慌てるそぶりも見せず、的確な指示を出す。
硫黄の腐った匂いをものともせず、心配そうな表情で主任にお手拭きタオルを手渡した。
「主任ちゃん、だいじょうぶ??」
「ギョォエエエエエ」
「そんな勇者にやられるときの台詞、ここで言わなくてもいいから。それくらいの傷だったら自力で回復できるでしょ?? って――――あらあら、嫌だ。どうしましょう」
さっと顔色を変えたママはすばやく主任の足元に目をやった。
「床に穴が開いちゃったじゃない! もう! 天界からせっかくぱちってきたのに! この奇跡の輝きの石材はなかなか手に入らないのよ!」
許さないわよぉ~、とすでに夢の中に逃避してしまった大魔女を睨みつけると、ママは軽やかに指を鳴らす。
「お仕置きルームへ」