4杯目。芋焼酎。
シオルネーラの男負けする豪快な笑い声がこだまする中、主任は意気消沈してしまったかつての宿敵のライバルのために、ウェイターに「ジンをダブル」で注文した。
それを待つ間、シオルネーラから質問攻めにされる。
「そういえばぁ、主任。あんたんとこのダンジョン、今改修工事どうなってんの?」
歯に衣着せず、遠慮のかけらも思いやりの心も皆無の大魔女シオルネーラは、指先の丁寧にぬられた赤いネイルを気にしながら芋焼酎をちびりとやる。
先付で出てきたきゅうりとタコの酢の物を食しながら。
「ああ―――。ヤスに破壊されたダンジョンね・・・」
「そうそう。昔は、ここいら界隈じゃ珍しい低階層が複雑怪奇な迷路みたいな、いいダンジョンだったじゃない」
「そ。そうかなぁ」
主任はたこ足のような触手で後頭部をポリポリとかいた。
うっすらと紫色のたこ大福がほんのりピンク色に染まった。
「そぉよぉ! いいダンジョンだったわよ。あれは! 仲間内でも評判だったんだから。職に困ったらティグレマ最終ダンジョンに行け! 雇用先はたんまりってのが謳い文句だったじゃない」
「そ、そ、そうだっけ」
「もー。ちょっと昔のことなのに、もう忘れちゃったわけ~? いいダンジョンだったわよ、あれは」
うっとりと目を細めてシオルネーラは語りだす。
「やってくる有象無象の勇者どもを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。あんたんとこのダンジョンはさ、今みたいなワープとか時空転移とかそんなものがまるきりなかった時代の建造物じゃない? 一度入ったら生き抜いて魔王城にたどり着くか、生き抜いてダンジョンを脱出するか。死んだら途中からじゃなくて、低階層からスタートの今では古き懐かしき最高のシステムよね」
「ア、アハハ」
気恥ずかしくなって、主任はノンアルコールビールに口を付けた。
そんな主任の心情はいざ知らず、シオルネーラはさらに続ける。
「そのくせ、最近のダンジョンときたら。復帰システムですって!? 一回死んだら最初からってのがセオリーでしょうが! なのに、なんでダンジョンの途中から再開できるのよ!?」
芋焼酎をグイッと煽って、酒豪魔女は不満をまき散らした。
いわゆるダンジョンセーブシステムや、クイックセーブシステムに魔女は腹を立てているというわけである。
「まぁまぁ」
「だってさ―――。この間うちのダンジョンにやって来た勇者ときたら―――」
「焼き鳥、お待たせしました」
「あ、はいはい。アリガトネー。あ、主任。ヤスにも一皿」
醤油だれの食欲をそそる香りが鼻孔をくすぐる。
バケツリレーのように回された焼き鳥が2串乗った鶯色の陶器を受け取って、主任はそれを未だ机の上に突っ伏しているヤスに回す。
「おい、ヤス。シオルネーラから焼き鳥だぞ」
軽く揺さぶると同時に、再びヤスのスマホに光が灯った。
机が2つ振動を繰り返しかけた時、それまで青菜に塩のようだった元勇者が、ラスボス戦のような機敏さを見せて立ち上がった。
「ヤ、ヤス!?」
驚いて瞠目した主任に、ヤスは背中を向けポケットにスマホと手を突っ込むと。
「ちょっと―――――トイレ」
言い捨てて、唖然とする主任を放っておいてさっさと店の奥に消えた。
「あっちにトイレあったっけ??」
「・・・・あっちは喫煙室です」
ウェイターは律儀に答えた。