2杯目。角煮で。
「え? お前、禁煙中だったの? なーんて、知ってるよ」
ヤスはマルボロメンソールを器用に口の端に食みながら、安物のライターで火をつける。
もあん、とした煙を燻らせると主任がわずかに8つある鼻腔を拡張した気がした。
「俺は、お前に敗北してから躍起になってな。魔高酒は飲みまくるし、ブレーバー煙草を吸いまくって嫁にも逃げられた・・・」
両肩を落とし、のどの奥から深いため息をつく親友に、ヤスは今度はお返しだと優しく肩を叩いてやった。すると、ちょっとねちょっとしたネバつきが手のひらについて、すかさず彼に気づかれないように彼の紫色のマントの切れ端に拭いつける。
「体も壊してな。今じゃほら、酒も飲まないんだよ」
「そうだったのか~。なんて、知ってるよ! 6年前再会してからほぼ毎日ずっと飲んでるからな」
「お前は肝臓が強そうでいいよなぁ」
さらに深くため息をつく彼に、ヤスは主任が注文したウーロン茶を手渡した。
ありがとう、と小さく礼を述べ、主任はウーロン茶を触手で掴み飲み干した。
「それに仕事もうまくいってるみたいだし。俺なんて」
どんよりと主任の頭上に雲が立ち込みはじめた。
「お、おいおい主任! ここで魔法発動すんなって! 店の迷惑だろ。落ち着けよ」
「ハッ!」
ふと我に返った主任は、「ごめん」と小さく謝ると空になったグラスの底に映る自分の姿を見下ろした。
「まぁまぁ、仕事ってのはさ。いい部分、悪い部分あるよ。俺なんてさ、表向きはひよっこ勇者修練所(初めての館:チュートリアル)なんてもんを運営してっけど、あれだぜ。成長してレベル50とかでラスボス行っちゃうような奴らに、あとあと詐欺運営とか、詐欺会社とか、マッチング引き合わせ詐欺、とか言われてんだぜ~。せっかく引き合わせてやった神やら女神やら精霊屋ら妖精やらにさ、仲介料が高すぎる! もっと負けろ負けろって言われてな~」
やってられねぇよなぁ。
言いながら、ヤスは銀色の箸でママお手製の極上角煮に箸をつける。
照りよく、生姜がわずかに乗った小鉢からは見ているだけで舌から唾液があふれてくるのだ。
「あ、すみません。ノンアルコールビール、1つ追加で」
通り過ぎようとした背中に羽の付いたタキシードの男に、主任は7本の指がある右手を上げてオーダーを済ませる。
「お? 今日はノンアル行っちゃうんですか~?」
「ノンアルだから、帰りは送ってやれるよ。いつものホテルでいいんだな?」
「いや、今日は空港いこうって思ってたからさ」
「空港!?」