4杯目。鮪の握り。
ガラガラガラ。
店の入り口の扉が開き、暖簾をくぐりながら客が入ってきた。
「いらっしゃーい」
「イラッシャイ」
ミーティアののんびりとした声に続いて、大将が応じると新たに入って来た客は片手を上げて返答した。
「やー。久しぶり大将」
黒髪に赤い瞳。
ボリュームのある胸に魔女のような黒のロングドレスを身にまとった女が赤い唇を妖艶に吊り上げて笑う。
「おう。お前も来てたのか」
続いて女の背後からひょっこりと顔を出したのは、熊のように―――図体のでかい。
「クマさん。久しぶりね~」
―――熊である。
濃緑色のフードをすっぽりと頭にかぶった文字通り、毛むくじゃらの熊はニヤッと牙を出してもふもふの右手を上げた。
まるでテディベアのようなかわいらしさである。
「よぉ。久しぶりだな」
「なぁに、今日はおそろいで」
お猪口に新たに酒を注ぎながらミーティアがシオルネーラに話しかけた。
「そこの入り口のとこでさ、クマとばったり会っちゃって。久しぶりだから、ここに来ようかなーって思ってね。あ、主任。ばんわ~」
長くスリットの入った長い脚を惜しげもなくさらしながら、どこぞのスナックのキャバ嬢かというような姿のシオルネーラは、大将に差し出されたコハダの握りずしをうまそうに平らげた男に声をかけた。
「あ。シオルネーラ。先日はどうも」
「なぁに、今日は男前じゃない。どうしたのよ、それ。―――てか、どうもじゃないのよ。どうもじゃ。あんた、あの後わが身大切がよろしく、さっさと一人で帰ったらしいじゃない。ママが大変だったんだからね!」
「あ、俺も聞いたぞ。それ。ブチ切れた元女神によってヤスが無限回牢に落とされて、そこから這い上がってきて洗脳を解くまでに人間の時間で120日かかったって話。ってことは、さっき店の外に急に飛び出てきやがったこぎたねぇ野郎は、ヤスか」
ケラケラと腹を抱えて熊が笑う。
巨体を揺らしながら笑うと、フード付きパーカーの裾から出ている腹部の毛が艶やかに光り輝いた。
主任は熊の言葉に無言でうなずき、シオルネーラと熊に席をすすめた。
「まあ、とにかく座れよ。積もる話は特にないだろうけど」
「そう固いこと言うなって、主任。元勇者もあれじゃ形無しだよな~。でもよかったじゃんか。不測の事態とはいえ、引退した元勇者がダンジョンを再体験できて」
「よかったのか、悪かったのか」
元勇者が元女神を怒らせてダンジョン再体験。
しかも原因が「やきもち」と言うのが笑えない。
いつか後ろから刺されるのではないか、とは実現しそうなことだけに誰も口に出さない。
「とにかく、祝杯だ、祝杯! 大将、生三つね」
「だから俺は禁酒中なんだって」
そう固いこと言うなって~、と主任の方を叩いてもふもふのテディベアは大将に「マグロの握り」を7皿注文した。
鮭じゃないんだ、とはミーティアの独り言である。




