1杯目。鯛のお造り。
雨が滴るある晩のこと。
まったく、ひどい目にあったぜ―――。
明らかに体が痩せ細った元勇者は檜の一枚板で造られたカウンターにつくなり、そう零した。
髪は四方八方に伸び放題、唇はカサカサで顔の血色は悪く頬がこけている。
眼の下には明らかに不眠不休の様相を呈して深いクマが刻まれていた。
「どうしたんだよ、ヤス。俺のダンジョン制覇した時より、疲労が濃いぞ」
ほら、とりあえず飲めよ。
見慣れない、金髪碧眼の明らかに「イケメン」と称される部類のスーツ姿の男が、足下に置いていた黒い革の鞄から桃色の瓶を取り出した。
「こ、これは――!」
受け取りながら、ヤスは瞳を爛々と輝かせた。
「お前が前から欲しいって言ってた、ぷるんぷるんギンギンゼリー入りコラーゲンヒアルロン酸配合、一触即発・・・・じゃなくて、一瞬で元気回復ジュースだ」
「よくこんなものっ! 検閲で没収されなかったのか!?」
掴みがかる勢いで身を乗り出したヤスに、金髪碧眼のイケメンは首を左右に振った。
「俺、こっちに元同業の検閲官の部下いるから」
「ああ―――。それで」
腑に落ちた、とヤスはとりあえずぷるんぷるんギンギンゼリー入りコラーゲンとヒアルロン酸配合、一瞬で元気回復ジュースの蓋を開けて一気に飲み干した。
桃味だがなんだか喉につっかえる奇妙な味のゼリーがたまらなく美味しい不思議なジュースである。
「懐かしぃなぁ。ダンジョンじゃ、よくこれを99本持ち込んで仲間と飲んでたっけ」
しきりに空になった桃色の瓶のラベルを確認しながら、ヤスが感慨深げに言葉を零した。
「そうそう! お前たちが通った後、うちの清掃班が『また瓶落ちてました~!』って報告に来てたっけ」
笑いながら、イケメンは先に用意されていた鯛のお造りに箸を伸ばした。
ぷりっとつやの良い、いい具合に脂ののった白身の魚は、やはり春いちばん身が締まっており甘みもあり旨い。少し、こりっとした歯ごたえも何とも言えず美味である。
「ちょっとぉ。困るわよ。持ち込みなんて。うちにはないとはいっても、ここで飲む前に店先で飲んでほしかったわ」
ぶりぶりと不平を言いながら、紫の瞳の若い女が背後から現れた。
手には漆の盆を持っている。
盆の上には緑茶入りの湯呑とむらさきの入った陶器の小器、籐で編み込んだおしぼり置きとおしぼり、ひょっとこの箸置きと箸が載っていた。
「ご、ごめんよ。女将」
「みーちゃん、そうカッカしないで。いつもの美人が台無しだよ!」
慌てて頭を下げて謝る男とは正反対に、飲み干した瓶片手に悠々とにこやかに笑みを見せた薄汚い男、ヤスはそう述べた。
女将はキッと小汚い男のほうだけを睨みつけ、背後から盆に乗せたものをヤスの目の前に綺麗に配置した。
緑茶のあがりの、心休まる香りが店中に充満する。
「よっ。みーちゃん、今日もきれいだね~。着物がよく似合ってるよ!」
「もう! 調子いいんだから。持ち込み料、つけときますからね」
言うなり、藤色の着物姿の女性はちょっと気恥ずかしそうにきれいに結い上げた髪の下を整えるように撫でた。片手を動かすと、源氏絵のような美しい着物が緩やかな曲線のしわを作る。
山吹色の花が肩から胸にかけて散らされている、美しい衣だ。まるで本当に花びらが散っているような情景を見る者に与えてくれる。
「そういわないでさ~。あ、女将。お燗二つね」
手元にないのにお猪口を指で挟んで左右に振るジェシュチャーをしたヤスに、女将はちょっと唇をとがらせて肩をすくめて応じ、暖簾をくぐり、厨房の奥に引っ込んでいった。
「二つってお前、二つも飲むのか? 言っとくけど俺は」
「はいはい。わかってますって主任。禁煙に加え禁酒中なんだろ? ――――ってお前、どうしたのその顔! てかスーツ!? なにより俺より超イケメンじゃん!!」
驚愕に両眼を見開いて、ヤスはそこではじめて気づいたように慌てて椅子から立ち上がり、わなわなと指を上下させた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・気づくのおっそ」
主任はそう述べて、ずずっとあがりを啜った。
再びまして、こんにちわ!
木のままセブンっす。
ありがたく人気を頂戴し、
第2部スタートです!
ちょこちょこ≪登場人物紹介≫も変わっていますので
そちらも楽しみながらご覧いただけますと幸いです。
また、≪リタイア勇者たちの飲み会≫の更新情報や、裏話などは「活動報告」に載せております。そちらも合わせてどうぞ~~。
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それでは、第2部もよろしくお願い申し上げます!
木のままセブン




