7杯目。お水をください。(3)
タバコが机から落ちて床の上に散乱した。
大声で言い争う気配、そして何とも言えないままの変貌ぶりに店に訪れていた客は戦々恐々としてそそくさと退散をはじめる。
「あ、ありがとうございました。またのお越しを―――」
「ほら!お前も逃げんと大変なことになるぞ!!」
別のテーブルについていた元勇者一行が危機を察知してウェイターの首根っこを摑まえて店の扉をくぐる。
そうして店には、二人しかいなくなった―――。
が、当人たちは全く気付いていない。
「あんたが何処の骨とも知らない田舎出のつまらない男だってこと、彼女はゲーム上の設定だからってしょうがなく受け入れてたらしいけれど、魔王を倒して一緒になった瞬間。夢が覚めたのね。だって設定ですもの。吊り橋効果ってやつじゃないかしら」
「おまっ、ちょっ! それってマジか!? フローレンスが俺に離婚届を書き残して去ったのは――――、いや、それより俺の親友のブルータスが俺の嫁寝取っただなんて聞いてない!」
「そりゃぁそうよねぇ。魔王を倒してしばらくして、急に流浪の旅で民を救いたいとか言って世界中を旅しているような親友ですもの。オホホ。そうすればあなたと顔を合わせなくてもいいわよ、って進言したのも。わ、た、し」
「ブルータス! お前もか!! じゃなくて―――イーリス、てんめぇえええええええ」
爛々と怒りに目を光らせ、尖らせ。
ヤスオはイーリスの喉に手をかけるがごとく指先に力を込めた。手の甲に、青筋が浮かんでいる。
「なによ! もともと彼女、ダッサイあんたのことなんて好きじゃなかったんだから、目を覚まさせてあげただけじゃない! 感謝されこそすれ、恨まれる筋合いなんてないのよ。第一、こーんなに目の前にイイ女がいるっていうのに、最終的には物質的な富と名声が欲しかっただけじゃないっ!」
こーんな、と言いながらたっぷりとした豊満な胸をきゅっと寄せあげてみると、一瞬だが元勇者の鼻の下が緩んだ。
「相変わらず、いいお胸・・・・じゃねぇえ! イーリス! すべての元凶はお前だったのか!」
「知らなかったの? 馬鹿な勇者ですこと。すべて私の手のひらの上で踊らされている事実にすら気づかなかったなんて」
嘲笑して、イーリスは妖艶な笑みを浮かべた。
「あなただって、さんざん・・・・楽しんだじゃない。と、く、に」
イーリスはカウンターから身を乗り出し蠱惑的な表情で元勇者ヤスの頬に触れた。
「ニオドールの町では、よかったでしょぉ? 決戦前夜の、い、ち、や」
その言葉を聞いて、ヤスの瞳が驚愕に見開かれる。