08:制作者と加工者 - 3
その晩は自宅でいつもの夕飯を食べるつもりだった。……ほんの数分前までは。
ところが、突然広場に集落のほとんどの人が呼び集められ、大々的なバーベキューパーティーをするという事態になってしまった。その中には人間国宝のゲンロクさんをはじめ、何故か一部の警察官までもが加わっている。
こうなってしまったのは、僕がダイチに折り紙の一件を話したからなのだが、まさかこんな大規模な事件に発展してしまうとは思いも寄らなかった。
ダイチは喉元を縦になぞるようにしてチャットの設定を叫びに切り換えてから広場の中心に立ち、輪になっている皆に向けて話しかけた。
「えー、お集まりの皆さん。この度は突然の決定にも関わらずお集まりいただき、誠にありがとうございます。ここは私、ミカゲダイチが進行を勤めさせて頂きます」
一斉に拍手が鳴ると、改めて集落の人の人数に驚かされる。
……それでも、入居時に比べればだいぶ減ってはいるのだ。
「ワインはまだありませんので、後の乾杯はひとまずぶどうジュースということでご勘弁を」
ちらほらと笑いが聞こえる。
大人たちに混じって乾杯に参加できるのは光栄なのだが、何故それをダイチパパごときが仕切っているのか。
『父さん、何でも仕切りたがるクセがあるんだよ』
タイキが個人チャットで囁いてきた。
『周りはたまたまめんどいからって押しつけてるんだけどさ。本人は推薦されたとか思ってる』
『あはは……』
それでも石を投げられない辺りは彼の持つ人柄というべきなのか。或いはプルステラの初代ドラゴンバスターの一人だったからか。普通なら白けるどころじゃ済まされない。
それだけの冷たい事件が、この僅か一週間の間に起こったということだ。
二度目の人生を失った魂も少なくはない。どうしても立ち直れない人は……やはりこのパーティーには出席せず、今頃は自宅で黙々と食事をしているはずだ。
ダイチはそんな彼らにも気遣ってか、一変して真面目な顔で告げた。
「まずは怪物の被害に遭われたご遺族の方に、心よりお悔やみを申し上げます。……この一週間、我々は何者かが送り込んできた怪物の脅威に立ち向かうべく武器の製造を試みましたが、いずれも結果は失敗に終わりました。……でも、それはつい先程までの話です」
そこで、ダイチが手招きしたので、僕は傍まで歩いて行った。
ダイチは背後から僕の両肩に太い手を乗せた。
「今日、ここにいる私の娘と、その友人のミカルちゃんが、偶然にも画期的な解決策を見つけ出してくれました。……ヒマリ、説明してくれるか?」
もちろん、と僕は応える。不安ではあるが、思いがけない大役に胸が躍った。
喉元をなぞってシャウトに切り換えた瞬間、僕の緊張は最大に高まった。
「えと、ミカゲ ヒマリです。父がいつもお世話になっております」
深くお辞儀をする。
失礼のないようにと考えた挨拶だったが、皆には大人びていると見られたようで、ざわざわと不思議な目で見られている。
僕は構わずこの調子で続けた。
「今まで武器に近いものが作れなかったのは、問題……言い換えると、いくつかの『ルール』があったからです。それは――」
――要約するとこういうことだ。
ひとつめは、一から作れるものに限界があるということ。「制作」出来る種類にはデータベースに登録されているアイテムしか作れないわけだが、登録されていない場合は出来上がる前に消失してしまう。
ふたつめは、「加工」でしか作れないものがあるということ。どうやら加工専用レシピというものがあるらしく、ベースにする制作物を経てようやく作り出せるものもあるらしい。
例えば、「トースト」を作り出すために、パンを焼く段階から焦げ目を付けられないのと同じことだ。そんなことをすれば、プルステラではただの「焦げたパン」として見なされる。トーストを作るためには、まずはトーストの材料となる「パン」を完成させなければ始まらない。
それは恐らく、あの革を剥ぐためのスキニングナイフにも言えることなのだろう。元になる材料、或いは材料となる製作物が無ければ作れないというわけだ。
だが、ここまでは少し考えれば誰でも直ぐに到達する、謂わば基本的なルールと言える。
ヒマリとミカルという二人の子供が発見したのは、この次からである。
「皆さんが武器を作ろうとしていた時、鍛冶屋のゲンロクさんに一から作ってもらっていたと、父から聞きました。刃を尖らせたり、少しばかりのアレンジで何とか武器のようにはならないか――そう考えていたそうですね?」
顔を向けると、ゲンロクさんは腕を組みながら、その通りだ、と頷いた。
「それは、プルステラのルールだと、『データベースにない規格外のアイテム』と見なされたからだと思います。だからエラーを起こし、消えてしまったんです」
「ああ……」「なるほど」という声が上がる。
「ですが――」
と、そこで言葉を切り、インベントリから例の折り鶴を取り出した。――奇跡を起こした一羽である。
「例外があります。これが、その折り鶴です。データ上の名前は……『折り紙(unknown)』」
「正体不明……だと!?」
一斉にどよめきが起こる。そのようなアイテム名は今までに見たことがないからだった。
「実際にやってみましょう。今、二つの折り鶴を取り出します」
今の折り鶴をインベントリに戻し、代わりに別の二つの折り鶴をオブジェクト化させる。
どちらも正常な「折り紙(おりはづる)」だ。
「どちらも、わたしが同じ材料と同じ手順で作った同じものです。クリエイターにわたしの名前が載っています。……これを、ミカルちゃんがしたのと同じように尻尾を折り曲げると……」
途端に鶴が消滅する。おお、と周りから声が上がる。
「同じことを、今度は父に試してもらいます。……パパ、お願い」
「お、おう」
ダイチパパの掌に鶴を落とす。彼は同じようにして尻尾を折り曲げた。――鶴は消えなかった。
「本当だ! 『unknown』になっている!」
概要しか知らなかったダイチはその発見に大いに興奮した。無論、周囲の大人たちも驚いている。
「みっつめのルールとして、『制作者は加工者になれない』というものがあります。自分で作ったものは後でいくらでも手直し出来るんですが、例え本人が完成と認めていても、このプルステラではまだ『制作中』と見なされてしまいます。……料理で例えると、作った本人が塩を加えればレシピ中の『味付け』に、他人が行うと完成後の『改造』って見なされちゃうわけです」
それはトーストにおいても同じことが言える。例えば、ユウリが焼いたパンをそのまま本人がトーストすれば、名前は同じ「パン」でも、「ユウリが作った、トースト状に焼き上げたパン」という意味になるが、タイキが焼いた場合は「タイキが手に入れたパンをトースト加工したもの」という意味になる。出来上がるものは一緒でも、データ処理の上では意味が異なってしまうのだ。
「じゃあ、ヒマリ、この『unknown』はどう説明するんだ?」
ダイチは尻尾の曲がった折り鶴を指で挟んで掲げてみせる。
僕はダイチに答える代わりに、皆に向けて話した。
「それは、よっつめのルール、『改造による改変』です。改造だから、加工者……つまり、制作者と違う人じゃないとダメですが、その代わりにデータベース上に無いものに変えることが出来ます。……例えば、車のボンネットをバールで凹ませた場合、それも改造と見なされて消えずに残ります。その場合、犯人がカスタマイザーですね」
そんな例えを挙げたところで、警官を含め、皆が大笑いした。
そこへ、ゲンロクさんが手を挙げ「お嬢さん」と声をかけた。
「つまり、私が作った道具をみんなが改造すれば、武器になるかもしれない、ということですな?」
「はい。もちろん、倫理コードギリギリが条件だと思いますが」
それを聞いた瞬間、皆がこれまでにない歓声を上げた。
武器が作れる――これで百パーセント安全になるというわけでもないのに、一条の希望の光が見えたというだけでも相当に嬉しいのだろう。
「ヒマリ、良くやったな!」
ダイチパパは僕を太い腕で抱き締めた。少々苦しいが、まぁ、我慢しておこう。
「わたしより、ミカルちゃんに感謝、だよ」
「そうだったな、ははは」
ダイチに解放されたところで、駆け寄ってきたミカルちゃんとハイタッチを交わした。
「やったねヒマリー! 最高のスピーチだったよ!」
「ミカルちゃんのお陰だって。アレが無かったら気付かなかったもん」
「へっへー! あたしたち、トップアイドルになれたかな!」
「まだ早いってばー」
腹を抱えて笑い合う。そこへタイキがやって来た。
「驚いたな。さすが、って言うべきか」
僕は唇に人指し指を立ててしーっとナイショのサインをした。
タイキは頭をかりかり掻いて、思い出したように、
「……おっと、父さん、乾杯しなよ!」
とダイチの背を叩いた。
「忘れてた。……みなさーん! 乾杯しましょー!」
その夜。
広場には皆で『作った』巨大なキャンプファイヤーが掲げられ。
アルコールも無い、誰かが『絞った』新鮮なぶどうジュースで喉を潤し。
皆によって次々と『焼かれる』贅沢な焼き肉を文字通り口いっぱいに頬張った。
もはや現世では拝めない無数の星々の下、集落の生まれたての人々はこれからも起こり続けるであろう脅威の前に、力を合わせることを胸に誓ったのだった。
2018/04/15 サブタイトル変更。生産者→制作者
2018/04/05 改訂