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PULLUSTERRIER 《プルステリア》  作者: 杏仁みかん
Section7:キリル
62/94

61:最後の伝言

 西暦二二〇三年十二月二十四日

 仮想世界〈プルステラ〉東ロシアサーバー 第一〇四五番地域 第二〇七番集落


 必要最小限の家具しか置かれていなかったキリルくんの家の中は、クリスマスの飾り付けで多彩な色を放っていた。

 窓のカーテンレールには、わたしが作った折り紙の鎖が下向きの弧を描いて飾られ、暖炉の傍には、お兄ちゃんとエリカが直ぐ近くの林で採ってきた杉の自作クリスマスツリーが天井すれすれまでそびえ立ち、そのままだと味気ない深緑の針状の葉には、キリルくんがどこからか適当に用意し、ジュリエットが適当な形に加工した金属片が、キラキラと輝く飾りとして取り付けられていた。

 テーブルの上には、わたしとお兄ちゃんが作ったばかりのクリスマスケーキとローストチキンが運ばれている。エリカはクリスマスの定番ソングをウキウキと鼻唄で歌いながら皿を並べ、ジュリエットはその横からナプキンとナイフ、フォークを綺麗に並べては満足そうに笑みを浮かべていた。

 とは言え、食べるのはイベントの後か明日の予定なので、出来たばかりの料理は片っ端から圧縮していった。これなら、食べたい時にいつでも出来立ての状態で取り出せる。身内で行うパーティーはその時でも構わないだろう。


 一方、近くの雑貨屋に買い物をしに出かけたキリルくんは、三十分経っても戻ってこない。台所から何度も窓の外を眺めたが、キリルくんの姿はなかった。

 いつの間にか日は暮れ、夜の帳が下り始めている。間もなくすれば、集落中に置かれた手作りの蝋燭に火が灯され、中央のクリスマスツリーもライトアップされるだろう。

 ツリーの前ではダンスパーティーが開催され、取り囲むように配置された露店では、様々な郷土料理が用意されるらしいのだが……正直言って、その辺りはメインイベントを楽しむためのオードブルに過ぎず、真の主役はクリスマスツリーだと言われている。

 今朝、食材の買い出しに出かけた時に集落の人から聞いたのだが、「十九時になったら絶対にクリスマスツリーから目を離すなよ」と、言っていた。詳細は教えてくれない。

 きっとイルミネーションか何かでもあるのかな、と予想は付くが、そこまで秘密にされると逆に気になってくる。


「ただいま」


 イベントまで残り十分、というところでキリルくんが帰ってきた。彼は、そのまま暖炉の傍を通って二階へ上がろうとする。


「キリルくん!」


 わたしは呼び止めた。彼は立ち止まり、何事かとわたしの方へ顔を向けた。


「イベント始まるから、観ようよ」


 キリルくんは、どういうわけか苦笑し、首を横に振った。


「……その……僕は遠慮するよ。まだ作業が残っているんだ」

「ええ!? 最初にクリスマスがあるからって誘ったの、キリルくんじゃない」


 キリルくんは何か困った事でもあるのか、しばらく目を泳がせ、やがて大きな溜め息と共に上りかけた階段を下りてきた。


「予定が狂ったけど……まぁ、仕方ないか」

「何のこと? 予定って」

「いや、こっちの話さ。……イベントを観るなら外へ行こう。そっちのが観やすいからね」


 ……と、キリルくんは誤魔化すようにそそくさと玄関へ引き返した。

 他の三人に目線で問いかけたものの、三人とも肩を竦めるだけだった。


 すっかり暗くなった外は、普段の閑散さからは考えられない程の人で溢れ返っていた。まぁ、集落とは言っても街一個分の広さなのだから、ここだけでも数万人はいるだろう。

 集落の中央に設置された、二階建ての家ほどある巨大なクリスマスツリーは、青と赤の電飾を交互にゆっくりと明滅させている。

 一方、ツリー周辺や、そこら中の家の前には、手動で火を灯したであろう大量の蝋燭がぼんやりとしたオレンジ色の光を放ち、僅かなそよ風でちらちらと美しく瞬いていた。


「綺麗ね……」


 ジュリエットは目を細め、うっとりとした表情で光の群れを眺めていた。


「どうしてかしら。仮想世界の産物なのに、こんなにも綺麗だなんて。VAHの街並みみたいね」


 VAHと聞いて、わたしは黙っていられなかった。


「あー、分かる! アーデントラウムでしょ!」

「ええ。赤だったら帝国の色ね。……って、ヒマリもあのゲームやってたんだっけ?」

「うん。……聞いたよー? ジュリエットって、たった一人で、あのキリルくんの家に向かったんだって?」

「一ヶ月も時間があったからよ。ヒマリが言うように、短時間で突破出来る裏技は知らなかったわ。良かったら今度、教えてくれる?」

「もちろん!」


 ジュリエットがどこかの国の諜報員とかで、どういう経緯でここに来たのかは聞いていたけど、やはり自分の事を多く語ろうとはしなかった。今更だけど、ちゃんとした形でお互いに自己紹介もしていなかった気がする。

 それに、自分からわたし達の事情を伺うような真似もしてこない。あくまで同じ宿に住まう別の客人を貫いているためなのか、或いは、交換条件で自分の話を引き出されるのが怖いからだろう。

 だから、時々はわたし達が小突き、話をさせる必要があった。普段は色々と警戒しているようでも、プライベートでは割と気さくな人なのだ。


「ジュリエットの家って何処にあるの?」

「イギリスよ。わたしのは軍が用意した特別製だから、山奥に自宅の小屋があるの。……こんなに住み心地のいい集落だと知ってたら、こっちにしたのに……あの豚ったら……」


 ……なんだか、ジュリエットに迂闊な質問はしてはいけないような気がする。

 わたしは適当に笑い、誤魔化した。


「あ、始まった!」


 時間になると、わああ、と一斉に歓声が起こり、大きな拍手で満たされた。

 ツリーは呼吸のような一定のリズムから、ランダムな虹色に輝くパターンへと変化し、滑らかなグラデーションで青、紫、赤、白……と波打つような変化を見せた。

 そして、何と、てっぺんに飾られた星が空に向けて垂直に「発射」され、そこから全方位に弧を描いて散らばる無数の流れ星へと変貌を遂げた。


「すごおおおおおい!」


 わたしは興奮しきって声に出していた。エリカや隣のジュリエットまでもがキャーキャーと悲鳴を上げて子供のように飛び跳ねている。お兄ちゃんはさすがにはしゃいだりはしなかったが、感心の余り、口を開けていつも以上に顔を綻ばせている。

 更に、軌跡を描いたまま消えない流れ星のドームの中、集落中のあちこちから打ち上げ花火が上がり、それまでの厳かな雰囲気は何処へやら、まるで、おとぎの国にいるかのような錯覚を覚えた。


 唯一、キリルくんだけは空を見上げても、大して驚きはしないようだった。その姿を見て、もしや、と予想する。

 わたしは傍まで近付いて、その耳元に囁いた。


「ねえ、キリルくん。もしかして、この演出考えたのって――」

「……ああ、僕さ」


 彼はあっさりと認め、照れ臭そうに目を背けた。


「なあんだ。それで遠慮してたんだ?」

「まあ……こういうの、慣れなくて。人のために働いて喜ばれた事なんて……キミが来るまでは一度も無かったからさ」


 複雑な事情でもあるんだろう、と薄々感じてはいた。恐らく、カイとも少なからず関わりのあることなんだと。


「……今夜、キミに話したい事がある。パーティーが終わったら、僕の部屋に来てくれないか」

「え……?」


 ――キリルくんの部屋に? わたしが?

 何だろう。何でもない事のはずなのに、胸がどきっとした。

 ……ま、まさか……ね。


「……どうかした?」

「う、ううん! 別に! 後で行くね」


 逃げるようにキリルくんから離れると、今度はエリカが半目でわたしを見ながらイヤラシイ笑みを浮かべていた。


「……な、なあに、エリカ? そんな顔して」

「べっつにぃー?」


 ……耳がいいエリカの事だ。会話を聞いて色々想像しちゃったんだろう。

 これはしばらく、おかしな方向に勘違いされるだろうなあ……。


「いやー、お姉さん妬けちゃうなぁ。日々、妹の成長が感じられるよー。うんうん」

「もうー! エリカってば!」


 キリルくんにお世話になっていなかったら、今頃いろんな体内物質でメモリがパンクし、卒倒していただろう。

 顔が熱くなっても平気なのは、やはりあの処置が成功していた、ということなのだ。

 ――おかしな確認だけど、本当に良かった。心からそう思う。

 でも、これはスタートラインだ。わたしにはもう一つ、キリルくんを通して解決しなければならない問題がある。

 後で二人きりで会話する時に、その事を話さなければならないだろう。



 ◆



 シャシリク、ビーフストロガノフ、ピロシキ、ザクースキ……えとせとら、えとせとら。

 わたし達は片っ端からそれらの料理を買い込み、回し食いをして楽しんだ。

 デジタルの胃袋はパンパンになり、メインのダンスパーティーに参加出来る程ではない。……と言っても、この中でダンスが出来そうなのはジュリエットぐらいだった。


「ダンスはレディの嗜みですわ」


 ……と、早速お嬢様口調のジュリエットが意気揚々とダンスに参加しようとしたのだが、直ぐに「コサックダンスは無理」と頭をふりふり、ぼやきながら帰って来た。

 クリスマスパーティーというか、宴のような催しものは二十三時を超えても続く。このままクリスマス本番に突入か、というところで、わたし達はとうとう身体を冷やしてしまったので帰ることにした。

 お兄ちゃん、エリカ、ジュリエットの三人は暖炉の前でくつろぎ、つまみ替わりに購入したチーズを食べながら談話している。結局最後まで手を付けなかったケーキとチキンはテーブルに並べられた食器と共に明日に持ち越される事になった。

 わたしは、キリルくんと二人で二階に上がった。――先程の話の件だった。

 キリルくんは部屋に明かりも付けず、窓の外のイルミネーションを代わりにして話し始めた。


「キミはきっと、僕やカイのことについて色々訊ねたかっただろうね。……今まで、気を遣わせてすまなかった」


 わたしは首を横に振る。


「話したい時でいいと思ったから。……気にならないと言えば嘘になるけど」

「そうか。……だったら、キミにはまず、僕の事を知って貰いたい。その上で、カイとの出会いについて話をしよう」


 わたしは生唾を飲み込んだ。

 開かずの扉が開かれる――そんな感覚。


 キリルくんはまず、現世のウラジオストクにいた時の話をした。

 お母さんと二人きりで暮らしていたキリルくんは、近所から悪い意味でのハッカーとして蔑まれ、PCを扱う学校でも何かと(いさか)いが絶えなかった。ちょっとした誤解と偶然、すれ違い――あらゆる不運な巡り合わせが次々と重なり、終には、両の脚とお母さんを失ってしまうような大事件まで呼び込んでしまった。

 お母さんの命を奪ったのはキリルくんの実の父親だった。あの時、退学処分にさえならなければ、と、キリルくんは今でもその事を、深く深く後悔しているらしい。

 心は荒み、人も拒み続け、もはや頼るものはプルステラしかない、と考え始めた時、キリルくんはVAHというものに出会った。

 ヴァーポルアルミス・ヒストリア――わたしもカイも現世の頃から遊んでいた、あのオンラインゲームである。ゲーム内でプルステラの解析を進めるウィザードやハッカー達の集いに参加していたキリルくんは、そこでカイと初めて知り合ったそうだ。


 わたしが知り得る限り、カイは特別、プログラマーと言うほどの腕は持ち合わせていなかったと思う。なのに、彼は何故そこにいたんだろうか。……そんなわたしの疑問に、キリルくんは遠い目をして答えた。


「カイは憧れていたんだよ。プルステラと……そこを攻略しようって言う、僕らウィザードに」

「ヒーロー……みたいな感覚なのかな?」

「かもしれない。カイはみんなと親しくて、本来は声をかける余地が無かったぐらいさ」

「……そんな性格じゃないんだけどね、あの子」


 と、現世でのカイを思い出す。

 確かにVAHではロールプレイで積極的且つ明るいキャラになりきってはいるが、本当のところはかなり孤独で……友達を連れてくるような性格でも無かった。


「きっと、僕と同じだ。現世で押し止めていた本当の彼が、仮想世界で解き放たれたんじゃないかな」

「じゃあ、カイは元々、演技(ロール)なんかしてなかったってこと?」

「恐らくはね。少なくとも、僕に声をかけてきたあいつは、キミが言うような内気な子ではなかったよ」


 ということは、カイはかつてのユヅキ(わたし)に対して、本心で接していなかったことになる。

 あのぎこちない関係の正体は、カイと本音で語り合えなかった事にあったのか。

 だとしたら、そうなった原因は何だろう。あの頃受験中だった、わたしのせい? それとも――。


「キミは自分を責めようとしているけど、少なくともカイは、キミのことを責めたりはしていなかったな」


 キリルくんはわたしが考えていることを、真っ向から否定した。


「むしろ彼は、自分を責めていたみたいだ。家のことをほったらかしにして、遊んでばかりいるんだって。だから、キミにも馬鹿にされている……そう思っていたらしい」

「…………カイ……」


 一時期はわたしもそう思っていた。母さんが亡くなる前後の事だった。

 大変な時に限って、カイはわたしに会わず、母さんと面会する時は必ず一人だった。

 もしかしたら面会なんてせずに、どっかで遊んで帰って来て、母さんがそれを庇っていたんじゃないか……などと疑う時もあった。家にいるカイは、母さんの事を忘れているようにしか見えなかったからだ。


 でも本当は……考えてみれば、辛かったのは彼の方なんじゃないだろうか。

 誰よりも母さんの事を心配して、わたしや父さんの前では泣きたくないから一人で会いに行って……帰って来たら何事も無かったように振る舞って――。

 だから、あんな平気そうな顔をしていたんだ。わたしが気付けなかっただけで、きっと辛い想いを、ロールという形で隠し通して来たのかもしれない。


 キリルくんはわたしの新しい考えに上乗せするかのように、話を続けた。


「カイは、キミとVAHで出会える事を、本当に楽しみにしていたんだ」

「……どうして?」

「VAHではキャラクターのロールを利用して、現実世界で言えなかった本音を語ってくれるから、だそうだ。だから、カイも嬉しくなって、同じような手段でキミに付き合ったんだ」

「………………あ」


 だから、VAHでのカイはロールじゃなく、むしろ、現世の方がロールだったんだ。

 カイは、VAHで本音を語るわたしを見て、自分も仮面を脱ぎ去りたいと思ったんだろう。


「………………ああ、そっか……。そっかあ……」


 わたしは、噛みしめるように何度も呟いた。

 ようやく合点がいった。カイが何をし、何を想っていたのか。


 ――それから、キリルくんが説明してくれた補足で、推測はついに確信へと変わった。


 カイは、あの出発の日、アニマ・ポートの待ち時間中に、VAHで待ち合わせしていたキリルくんに会いに行き、わたし宛のメッセージを残すための準備を行った。その交渉が何週間か前から行われていた事を考えれば、かなり前から現世に残る事を決めていたに違いない。

 あの日、わたしは敢えて、携帯デバイスを含む余計なものを持っていこうとはしなかった。自分の思い出を余所の誰かに預けたくは無かったからだ。一年後に現世に帰ってくる可能性が少しでもあるのなら、持っていくより置いていった方がいい。例えずっとこの世界で暮らしていく事になっても、現世のあの場所(わがや)には、思い出の品が残っているのだから、と。


 ……それってつまり――……こういうこと、なんだ。

 きっと、わたしの心の奥底では、ある程度、カイが残るという可能性を予測――いや、期待していたのかもしれない。カイが、わたしの考え――母さんを残していくという懸念を察して、もしかしたら代わりに現世に残ってくれるんじゃないかって。

 同じようにカイも、口裏を合わせるようにわたしに期待していたのだ。母さんとの約束を知っていたから、兄ちゃん(わたし)が確実にプルステラへ行ってくれるだろう、ということを。

 だから、出発前に母さんの写真立てを手に取った時、わざわざあんなことを言ったんだ。「もう、置いていきなよ。どうせ持ち込めないんだからさ」――と。

 当人はまるで未練でもあるかのように敢えて携帯デバイスを持ち込んだって言うのに、それっておかしい話だと、何故、あのタイミングで気付けなかったのか。


「色々と判ってきたところで済まないんだけどさ」


 そこでキリルくんは、わたしの瞳を真っ直ぐに捉え、その美しいブルーの瞳で意外な言葉を口にした。


「……本題は、別にあるんだ」

「え?」


 キリルくんの背後――窓の外で、盛大な花火が打ち上げられた。宴の最後を締めくくる、スターマインだった。

 鮮やかな光の手前で、深い影となった顔は語る。


「――その前にキミは、そろそろ自分の生き方を選ばなくてはならない。人格を治したいのなら、手伝ってあげてもいい。本来の身体も提供出来ると思う。……今解析中の、この『伝書鳩』を用いればね」


 それは、わたし自身が訊きたかった事でもあった。


「……選べるってこと? ユヅキに戻るか、ヒマリのままでいるか」


 キリルくんは頷く。


「辛い選択だとは思うよ。だけど、決めなければ、いずれはキミの人格に異常を来してしまう。いくら僕の力をもってしても、それだけは避けられないんだ」

「…………」


 ――ずっと考えていた。

 あれは、いつからだったか……、多分、誕生日の後ぐらい、或いは運動会の時からだったと思う。

 上辺では(ユヅキ)に戻ると言っておきながら、わたしの中では既に結論が出てしまっていたのだ。


 ……何度も、何度も考え直した。それは間違ってるって自覚しながら。


 でも、変えたくなかった。

 わたしは、「ミカゲ ヒマリ」として生きる事に幸せを見出してしまっていたのだ。

 パパやママ、お兄ちゃん、ミカルちゃん、レン、コウタ、ムツミ……みんなと暮らしてきたこの半年近くの思い出が、この身体に詰まっている。

 それらをリセットして、新しくユヅキとして生まれ変わったら……きっとみんなは、わたしなど忘れてしまうだろう。そんな気がしたのだ。


「わたしは、やっぱりヒマリのままでいたい」

「……理由を訊いてもいいかな?」

「この世界でわたしは、ヒマリとして生きてきた。ここでは、それが全てなんだよ。わたしがユヅキに戻ったら、何の意味もないんだ。……だって、現世での思い出は(ここ)にあるもの。この身体でも、母さんとの約束は充分に果たせると思ってる。

 それに、わたしのせいで本当のヒマリの(アニマ)が消えてしまったんだとしたら、わたしはそのヒマリとして、家族に尽くす必要がある。……だから、このまま、ヒマリとして生きていきたい。生きなくちゃならないんだ」


 そう応えると、キリルくんは、ふっと微笑み、小さく頷いた。何だか照れ臭そうにしているようにも見える。


「……そういう献身的なところ、僕に似てるんだなって思ってさ。僕も現世では、ずっとお母さんの面倒を見てきたからさ。

 でもね、お母さんはいつも言ってた。どんなに辛い事があっても、現実を見ろって。……カイは逆の事を言ってたけど、それ()実は正しいんだ」


 キリルくんは窓の外を振り返った。今まさに、スターマインが終わるところだった。

 広場は、大きな歓声と、大きな拍手で包まれている。


「プルステラで一からやり直して、今度こそ人の役に立つ――それこそが僕の、現実で生きるということなんだ。だって、今生きているのは現世なんかじゃない。このプルステラという仮想世界なんだからさ。

 キミだって同じだろう? キミにとっての、この世界の現実とは『ミカゲ ヒマリ』で在り続けることだと見出した。それが新しいキミの人生なんだ。迷いはしたけど、それで正しいことなんだ」


 ……そっか。キリルくんは、わたしと同じだったんだ。わたしと、何ら変わりない人間だったんだ。

 ――そう、わたしが安心しきっていると。


「――と、判ったところで、伝えなければならないことがある」


 イルミネーションが終わり、暗闇に隠れたキリルくんの顔は、きっと真顔に戻っていたことだろう。

 辺りには、先程と打って変わり、不気味な程の静けさだけが残されていた。

 いつの間にか緊迫した空気の中、わたしの胸の鼓動は自分で聞こえる程に高鳴っていた。


「カイからの、最後の伝言だ。これは、僕がキミに出会った時に伝えてくれ、と言ってたよ」

「……え? そ、その伝言を聴いたのは……?」

「七月七日。……キミがアニマリーヴをする、まさにその直前さ」

「…………」


 ――まぁいいって。充分楽しめた。これで心置きなくアニマリーヴ出来るぜ。


 デバイスを外し、最後に言っていたカイの言葉を思い出した。

 彼が心置きなく、と言っていたのは本当だったんだろう。

 ……でもそれは、もしかしたら、わたしに向けられた言葉だったに違いない。


「いいかい。彼は、確かに、筆談で、こう言ったんだ。

 『兄ちゃんは命を狙われている。その事だけを伝えて欲しい』――と」

「…………ッ!?」


 暗闇の中、わたしの瞳孔は限界にまで開いた。

 意味が分からない。何かの間違いなんじゃないか?

 「カイ」が、「わたし」に、「命の危険」を訴える……?

 何度心で唱えても、繋がりそうにない言葉だった。


「……僕も驚いてどういうことか聞き返したんだけど、『頼んだよ』と一言だけ言って――恐らくキミから連絡を受けたんだろう、逃げるようにログアウトしたんだ。後で訊こうにも、その日以降は全く連絡が付かなかった」

「……そんな……」

「とにかく、『伝書鳩』の解析が済んだら、豚――ブレイデンのやつと連携して現世の様子を探ってみることにするよ。それまで、気になると思うけど、まだ誰にも話はしないで欲しい。例え階下にいる家族でもね。君の保全のためだから」

「う、うん……」


 家族にも話さない、ということに不安を感じたが、こんなこと、みんなに言えるはずがなかった。

 今は胸の奥に留めておこう。わたしに出来ることは、キリルくんの解析を待つことだけだ……。

2014/10/30 修正

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