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PULLUSTERRIER 《プルステリア》  作者: 杏仁みかん
Section2:赤の異端者
18/94

17:救いの手 - 4

 プルステラでは、DIPというメニュー機能を指先のジェスチャーだけでいつでも呼び出すことが出来る。

 その中にはインベントリやコミュニケーションツール、チャットといった重要な機能が含まれていて、特に、人と交流するためのコミュニケーションツール……略して「コミュ」には「デリバリンク」という郵便・配達サービスと、「マーケット」という、文字通り自作製品を出展するための販売機能が備わっている。


 マーケットはブログ同様、つい三日前に機能が解放されたばかりだ。世界中からちらほらと出品されているものの、素材ばかりが大半で製造品は世界規模でもほんの少ししか見当たらない。

 せめて私の異形の身体を隠せるようなフード付きのコート、或いはローブのようなものがあれば人里に赴けるのに、と思ったのだが、今時、そんな古臭いものを取り扱うショップは一つもなかった。今、イギリスサーバーは夏場の設定だし、出品されているものは冬場である南半球の物ばかりだ。さすがにそれは暑いと感じるだろう。


 実はつい先日、自分で毛皮を剥いでみようと野生のイノシシを相手に試したことがあったのだが、包丁で皮を剥いだ瞬間、何故か肉だけが取り残され、毛皮は消滅してしまった。

 検索(サーチエンジン)で原因を調べてみると、今頃になってその理由が解った。製造するために必要なルールというものがあり、つい数日前、世界中でほぼ同時に解明されたばかりなのだという。

 第一発見者と名乗る者は何人かいるものの、その中でも飛び抜けて気になった少女がいた。


 「Himari(ヒマリ) Mikage(ミカゲ)」。日本人の小学生だ。プロフィールの紹介文を見ると、「今週末に革製品のマーケットを開く予定」とある。ブログによれば、少しずつではあるが、オーダーメイドも受け付けるのだという。また、裁縫が出来る友達もいるので、革製品に限らず、布を扱ったものも承るそうだ。

 ブログには他にも、とても小学生が書いたと思えない製造ルールに関してのレポートや、その注意点、革の剥ぎ方まで分かりやすく解説が載せられていた。


 彼女のブログは、ランキングではそこまで上位というわけではない。商品がないというのも理由の一つだと思うが、試作品であるブーツの写真のプレビューを見ると、その理由は直ぐに判明した。

 中世ファンタジーかゲームに登場しそうな、どことなく地味で渋く、シンプルなものなのだ。コスプレで履くのならまだしも、リアルにこれで歩くような人はなかなかいない。


 ところが、私にとっては好都合だった。

 どの道コスプレに近いこの姿、ローブを着て仮装パーティーだと言い張れば、正体がばれてもそれなりに誤魔化せそうな気がする。会うたびに化物と言われるよりか断然マシだ。革製品だし、持ちもいいだろう。


 早速、自動翻訳機能(バイリンガル)ツールを使用してメールを作成した。本来ならチャット系のSNSを使うべきだろうが、初対面の相手に対してはメールの方が返信のタイミングを選ばないことで好都合だ。

 学生だから、多分返事は早くて今夜、遅くて金曜の夜になるだろう。身体をすっぽり覆うフード付きのローブが欲しい、という旨を書いて送信する。


 すると、驚くほど早く返事が来た。仮想世界なのに時差まであるのだろうか。

 ――メールの内容はこういうものだった。



 >親愛なるエリカ様


 こんにちは! 日本のヒマリです。

 お問い合わせいただき、誠にありがとうございます。

 まだ未熟だというのに、わたしの作品に興味を抱いてくれたことに大変感謝しています。

 オーダーメイドの件ですが、このような腕でよろしければ、喜んで承ります!

 寸法に関しては、すみませんが、スクリーンショット(SS)を送って戴けますでしょうか。

 プルステラではSSでその人の細かい寸法が簡単に割り出せるんですよ!

 よろしくお願いします!


 ヒマリより



「……SS……」


 困った。姿を晒せ、と言っているようなものじゃないか。

 そもそも頼みたいのはローブだし、大体の寸法ではダメだろうか。



 >ヒマリ様


 ええと、恥ずかしいのでSSは避けたいのですが、こちらがサイズを書いて送信するのではダメでしょうか?


 エリカより



 二度目の送信。……なのだが、送ってみて少々後悔した。

 相手は小学生なのだ。貴重な休みを取ってまでオーダーを受けるのだから、時間がかかってしまう注文はかえって迷惑だろう。

 SSで寸法を測れるのなら、それだけで作業速度も格段に上がるだろうし、数値だけだと余計に時間を食ってしまうかもしれない。

 なら、いっそのこと注文を断ってしまい、別の店を探すべきか。


 ……などと考えていると、またしても直ぐに返事が返ってくる。



 >エリカ様


 わかりました! それでやってみます。

 身長、頭回り、袖丈、腕回り、スリーサイズ、桁丈、股下丈――多分これだけあれば充分です!

 よろしくお願いします!


 ヒマリより



 驚く程シンプルで即答だった。

 私は最高の感謝の意を込めた返事と共に指定されたサイズを以前撮ったSSから調べて書き、祈るように送信した。


 早くも返ってきたメールには「ありがとうございます。今夜から直ぐに制作にかかります」と記載されていた。

 メールのやりとりだけなのに、ほっとして胸を撫で下ろす。


 制作には二日程度かかるらしい。どうやらこのローブに見合う大きな革を仕入れに行くようだ。

 それまでには、いつでもここを出て行けるよう準備を進めておこう。

 出来ればずっと住んでいたかったが、元々他人の家なのだ。ましてや、真っ正面から喰い殺したなどと言われてしまっては、ここにいるのも苦痛でしかない。



   §



 土曜日の昼頃。旅支度もだいぶ済んだ頃。

 ヒマリから明細書と共にメールが届いた。ローブが出来上がったのだ。直ぐにデリバリンクで金額を指定し、ヒマリに向けて送金する。


 五分後、リリーンと鈴のSE(サウンドエフェクト)が鳴り、DIPを開くと中央に小包のアイコンが鼓動のような拡縮を繰り返しながら浮かんでいた。それをタップすると、ヒマリからの贈り物だというメッセージに加え、アイテム名と品物のステータスが表示される。

 確認にOKを押して受け取り、それを目の前にオブジェクト化させると、薄めの茶色い包装紙に包まれた品が現れた。爪で軽く引っかいて包みを破り、綺麗に折り畳まれた、やや艶のある臙脂色(カーマイン)のローブをバサッと広げる。


「わあ……凄い……」


 思わず感嘆の声が漏れる。


 確かにプルステラの専用ツールを使用すれば子供でも楽に裁縫が出来るらしいが、ここまでとは思いも寄らなかった。もしかしたら、将来は人気ブランドを掲げるんじゃないだろうか。


 試しに袖を通し、ボタンを止め、フードを被る。

 ゆったりとしたローブは尻尾まで隠してくれるし、ほとんどが革製なのに重すぎることもない。

 それに……何の素材で出来ているんだろう。夏場なのに暑すぎず、薄いとも感じない。むしろ程良い涼しさを保ってくれている。


 こうなると贅沢にも靴まで欲しくなるのだが、さすがにこの姿に合う靴はSS抜きでは注文出来ないだろう。後はどうにかして自分で作るしかない。


 そこへ、ヒマリからメールが届いた。



 >エリカ様


 ご注文の品はお気に召しましたでしょうか。

 また欲しいものがあればどうぞ! ヒマリはいつでもオーダーを承ります!

 ありがとうございました!


 ヒマリより



 さて、返信はどうしたものか。このまま別れてしまうのも忍びない。


 私は、既にこのヒマリという人物の虜になっていた。

 文面から感じられる前向きな明るさからか。或いは、小学生なのにこれだけの技量を振るえるという才能からだろうか。


 考えてみれば、プルステラ(ここ)に来て以来、一人として友人を作っていなかった。この身体のせいもあり、住まいの位置もあり、私は必然的に一人にならざるを得なかった。今では人が恋しく、寂しさすら込み上げてきている。

 ゾーイがいるから大丈夫だろう、と自分に言い聞かせてきたものの、やはり家族と友人は別物だと思う。

 ここ最近、ずっと人に嫌われ続けてきたこともあり、本心を打ち明けられるような相談相手となる友人が、私には必要だった。


 せめてコミュだけの付き合いでもいい。ヒマリと友達になれたら、と思う。それに、自分の靴を作るためにも、彼女の協力が必要不可欠だ。


 何度も使用したメールの新規作成ボタンを押す。

 獣の指が急かすようにキーを叩き、少女へのメッセージを奏でる。



 >ヒマリ様


 最高の品を本当にありがとうございます! 大変満足しています!

 突然ですが、もし宜しければ私に革製品の作り方を伝授して頂けないでしょうか。

 私には動物の毛皮を手に入れる術があり、出来れば自分でも制作をしたいのです。

 もちろん、ヒマリ様にも授業料としてお分け致します。

 ご返答、お待ちしております。


 エリカより



 私はこの力で「狩り」が出来る。森を走ればいくらでも動物に会えるし、皮を剥ぐ道具さえ手に入れられれば、毛皮を手に入れることなんて造作もないことだ。

 相手は授業料代わりにそれを受け取れるし、これ以上にない交換条件だろう。


 震える指がそっと送信ボタンに触れる。

 傍から奪い取られるようにウインドウが閉じ、瞬時にヒマリの下へ送り届けられた。


 ――そして、祈る間もなく、返事が届いた。

 恐る恐る指を伸ばし、そっと開封ボタンに触れる。


 書かれている文字はごく少ないものだった。

 まるで試験の合格通知を読むような感覚でゆっくりと目を通す。



 >エリカ様


 はい! 喜んで!

 フレンド登録、よろしくお願いします!


 ヒマリより



「いぃぃやっほおおおおう! ……あははははっ!! 友達出来ちゃったぁああああ!」


 久々だった。嬉しいと思ったことをここまで身体で表現したのは。

 嬉しすぎて笑い、おまけに涙も出た。

 ついには子供のようにはしゃぎ、くるくると家の周りを踊りながら回ってしまった。


 そこまで感情が爆発したものだから、昼寝をしていたゾーイがびっくりして目を覚ました。

 友達が出来たと知るや、彼女もご機嫌になる。


 ――エリカ、よかったね! ゾーイもうれしい。


 ――うん!


 ああ、どんな子なんだろう。仲良くやっていけるだろうか。

 不安もあるが、期待の方はもっと大きい。


 コミュや革製品の制作は、移動しながらでも少しずつ出来る。

 ここを出て、旅をしながら狩りをして過ごし、彼女から革製品の作り方を学んでいくとしよう。


 そしていつか、彼女には――。


2018/04/05 改訂

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