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PULLUSTERRIER 《プルステリア》  作者: 杏仁みかん
Section2:赤の異端者
17/94

16:救いの手 - 3

 翌日、丸一日かけてタンスの制作に取りかかった。

 閑静な森を制するのは、絶え間なく歌う小鳥の声に木の葉の囁き、それと、私が引く鋸と金槌を叩く音だけだ。

 何人(なんぴと)たりとも邪魔されない空間で自分の作業に没頭し、平和に一日を過ごす――少なくとも今日は、そうなるはずだった。


 ――パキリ。

 調和を乱す足音に自然と耳が上を向いた。


「……どなたですか?」


 振り返る。気配もそうだが、呼び声も無しに近寄るのは、何か悪い予感がしていた。


 近くの集落の者だろうか。私と同じような初期仕様(デフォルト)の服に斧やら農具を持った連中が集まっている。この場には明らかにふさわしくない。両手で構えている辺り、道を聞きに来たというわけでもなさそうだ。


「ジョニーの言う通りだ……森に言葉を話す狼のようなバケモノがいるって」

「同じ服を着ているぞ。我々と同じプルステリアじゃないのか?」

「まさか。……見ろよ。犬みたいな面してやがる。どうせ、ハッカーの贈り物だろうぜ」


 私は眉をひそめた。工具をその場に置き、おもむろに連中に近寄っていく。

 彼らはジリジリと後ろに下がりながらも、構えた手を緩めない。


「や、やる気か!?」


 連中の一人が声を震わせた。


「そんな気はありません!」


 私はなるべく穏やかに言った。


「ここに住んでいるだけです。いったい、私が何をしたって言うんですか?」

「何……!? 住んでいるだと!?」


 別の一人が斧を片手に、他の連中を押し退けて前へ出た。


「ふざけるな! ここの住人を殺したのは貴様だろう!?」

「……何の話ですか……?」

「ここには俺の友人が住むことになってたんだ! それを貴様が喰い殺し、奪ったんだろう!!」

「そんなことしてません!」


 オーランドめ……ちゃんと説明してなかったのか。

 これでは、私がまるっきり悪者じゃないか。


「彼は元々死んでいました! コミュニケーションツールで確かめれば未入居に……いや、そもそもその人は私と入れ換えになったんで登録が――」

「黙れ、魔女め!! 貴様か! 貴様がハッカーの手先なんだな! きっとハッカーと結託して無理矢理アイツと入れ替わったんだ。誰にも邪魔出来ないようにチートまでしやがって!」

「違います!!」

「うるせえ! 敵討ちだ! コイツの首を持ち帰らねぇと気が済まねぇ!!」


 男たちは声を張り上げて一斉に道具を振り上げた。

 迫り来る「動きの遅い」攻撃を次々と(かわ)し、或いはいなしながら後ろに下がる。


「くそ! ちょこまかと!」

「やめて下さい! 私の話を聞いてください!!」


 道具では太刀打ちできないと思ったのか、今度は枝やら小石やらを投げつけてきた。

 ご丁寧にも、インベントリにストックを用意してきたらしい。中にはナイフも混じっている。


 ……殺すつもりなんだ――。


「うっ!」


 頬に鋭い痛みが走る。ナイフが掠ったらしい。

 その瞬間、私とは別のところから激しい怒りの炎が燃えたぎった。


 ――もう、ゆるさない。


 ゾーイが私を押し退けて身体の主導権を奪った。


 ――だめ! ゾーイ!!


「ウウウゥ……ッ!!」


 牙を剥き出しにして低く唸り出すと、連中は一瞬ひるんだが、道具をしっかりと握って一層殺意を高めた。


「ほ、本性を現したな! 化物め!!」


 ――やめて! やめてゾーイ! 傷つけちゃだめよ!


 このままでは、本当に引き返せなくなる。

 必死に止めようとするが、抑えが利かないところまで表に出てしまっていた。半分ずつだった私達は今、八割方ゾーイの意識に乗っ取られている。


 何という事だ。私の方が主人だと思っていたのに、雌であるゾーイは女である私を軽く抑えつけられる強さを持っていた。

 このままではあらゆるものを支配される――そんな恐怖が意識の脳裏を過った。


 連中が一斉に動き出したのを合図に、ゾーイは四本脚で駆けた。

 斧を振り上げた男の胸ぐらを牙で掴み、放り投げる。その衝動で服が千切れ、木の幹に叩きつけられ、失神する。

 振り下ろしてきた鍬は横に避け、身体を反転させて飛び掛かり、体重を利用して地面に叩き伏せる。

 後方から飛んできたナイフは身を逸らして避ける。あっと言う間もなく投げてきた男に詰め寄り、その太股に噛み付く。

 残った連中は攻撃する前に飛び掛かり、押し倒し、やはり腕や太股に噛み付いた。


 これは、狩りだ。

 ゾーイは猟犬の本分である狩りをしようとしている。


 ――やめなさい、ゾーイ!!


 有らん限りの声で呼びかけると、私の想いが通じたのか、ゾーイはすっと立ち止まり、両膝を曲げてその場に座り込んだ。

 それでも鋭い目つきだけは男たちの方を睨み付け、いつでも動き出せるようにしている。


 連中はすっかり怯え、失神した男を抱えると、噛み付かれた脚を引きずりながら慌てて逃げ出した。

 殺気が感じられなくなると、ゾーイは頭を伏せ、目を閉じた。肉体からゾーイの意識が遠のき、代わりに私が身体を取り戻す。


 静寂が、戻った。


 ――エリカ、ごめん。


 ゾーイは最後にそう謝ると、それっきり、何も言わなくなった。

 眠るわけでもなく、私の顔色を伺うように、意識だけがそこにあった。


 一応、ゾーイは手加減をしていた。首筋に噛み付いたりしなかっただけ、マシと言える。

 皮一枚だけ理性を保っていたことに安堵したものの、人を襲ったという事実そのものは不変である。


「もう、引き返せないわね。ここにも居づらくなった……」


 と言っても、昨日の地点でこうなることはあらかた決定付けられていた。

 全てはオーランド・ビセットの責任だ。軍の司令官だか知らないが、あらかじめそのくらいの手回しをしとけばいいというのに。


 ――いや、待てよ。

 それとも、あの友人と名乗る男は私――このパスの持ち主が来る以前にプルステラに来ていて、何らかの理由で連絡が取れなかった、ということなのか。


 だとしたら……。


「プルステラと現世は……直接連絡が出来ない……?」


 言葉にして、さあっと青ざめる。

 今更現世に未練はないが、現世とこっちで連絡が取れないというのなら、これは大変なことである。先日のハッカーの件も外と連絡が取れないってことになるのだ。


 いや、そんなはずはない。

 現世から手紙を送ったりすることぐらい造作もないことだろう。三カ月も猶予はあったし、そもそも、工具とか送りつけることが出来たんだから。


 ――まぁ、考えていても仕方がない。

 とにかく、今からどうするかを考えよう。


 私は魔女か、或いは人を襲う狼だと認定されてしまった。……超現実的(シュール)、且つ、残酷なおとぎ話(メルヘン)である。

 どちらにしろ、ここにいると、いずれ寝ている間に火あぶりにされるか、腹に石を詰め込まれて井戸に落とされるに違いない。


 そうなる前に対策を考えよう。何か――何かあるはずなのだ。


2018/04/05 改訂

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