13:赤の異端者 - 5
もし、神というものが本当に存在するのだとしたら。
「あれ」はやはり、罰すべき行為だったのだろう。今起きている事態は当然の報いなのだと言える。
水面に映る私の顔は、ヒトと認めるには少々複雑で、滑稽なものだった。
ツインテールのように左右に垂れ下がった大きな扇状の二つの耳。クセのある細かい赤毛のショートヘアー。黒くて丸い鼻。髪と同じ色の毛を生やした前腕と脛。弾力のある肉球のついた掌、太い指先に鋭い爪を携えた大きな手。お尻の上から生え、無意識に動くふさふさとした尻尾――。
事態を把握するのに時間はかからなかった。ボタンを押す直前、こうなってしまう可能性も心のどこかで一瞬考えたりもしたからだ。
最愛の魂はもう、ここにはいない。ここがチュートリアルマップだからというわけでもなく、いないということが確実に「判る」。
彼女は私になってしまったのだろうか。それとも、私が彼女になってしまったのだろうか――その答えも直ぐに「解る」。
何かを思い出そうとすると、それだけで二つの記憶が同時に流れ込んでくる。まるで、三面鏡を見ているように、頭の左右それぞれに違う記憶が浮かび上がり、中央で客観的な結果が導き出されるのだ。
つまり、私という存在はエリカ・ハミルトンでもあり、同時に、アイリッシュ・セッターのゾーイでもあった。
原因は不明だ。共に同じカプセルに入り、ボタンを押したことで二つの魂が一つに合わさったのか。或いは、転送中に一時だけ見えたサーバーダウンによって引き起こされた事故とも考えられる。
いずれにせよ、それは災難……いや、奇跡と呼んで等しい現象だった。
初めは幾分か驚き、戸惑いもした。が、気持ちを整理していくうちに、むしろ悪いことではない、と思うようになった。何故なら、エリカはゾーイを愛し、ゾーイはエリカを愛していたからだ。それは、記憶が共有化された今だからこそ、理解出来る。
だから、孤独になって良かった。
私達の魂は、ここに在る。それは何とも形容しがたい、不思議な気分だった。
我が身を抱けば互いの温もりを感じ、歩き出せば互いの呼吸を同時に感じられるのだ。
心の中でゾーイが尋ねる。
――あれはなに?
エリカは答える。
――あれは私達。水面に映った私達。
ゾーイは笑う。
――おかしいね。
エリカも笑う。
――変だよね。
まるで生まれた時からずっとそうしていたように、姉妹のようにして身を寄せ合う、二人にして一つの存在。
動きたい。とにかく、この身体で大地を蹴り、思いっきり大自然の中を走り回りたい、と思った。
チュートリアルを軽く聞き流して、外へと繋がる門へ向かう。
人はこの姿を見てどう思うだろう。怖いと感じるだろうか。可笑しいと思うだろうか。
いや、どちらでも構わない。私は、アニマポートで声を上げたその時から異端者なのだ。世間からはみ出すことには慣れてしまっている。怖いものなんてない。
それに、独りでもないし、孤独に耐える心配もない。私達は常に心にいる。
「さあ、行こう!」
私という存在は、私達に言い聞かせる。
――私は、エリカ・ゾーイ・ハミルトン。
この「生まれたての大地」に生まれた、「生まれたての獣人」だ。
私は、私達の意志だけで生きていく。
それが、獣であり人でもある私の、新しい生き様となるのだ。
※「プルスセリアン」の「セリアン」について。
セリアンとは獣人を指す英語、therianthrope(セリアンスロープ)から作り出した、本作内の造語となります。
そのセリアンスロープの語源はギリシャ語のtherionとanthrōposから。(Wikipediaより)
2018/03/29 改稿




