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人猫  作者: 陸奥
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Ep10 「前編 薬が切れてしまわぬうちに」

 春の夜の月も、また格別であった。月こそ変わりないものの、春の夜はそれを別次元にあるものかように映し出してくれる。夜風に靡いて木々は揺れる。流星がどこかの荒野に舞い落ちる。ベランダにいる竜彦の後ろで、ぐっすりと眠っているのは椿とあやだった、

 深夜のローカル番組を二人でソファーに座りながら見ているうち、眠ってしまったらしい。しかしながら、一人の夜というのは久しぶりだな、と彼は思った。思えば、あやに出会って空島に出会い、椿にも出会った。椿に関してはもう、彼は同棲を許可していた。許可とは言いつつも、実質家の仕事をすべて任せきってしまっているのだ。どちらの立場が上か、分かりはしない。ただ、あやに対する状の深さはどちらも同じか、はたまたそれ以上に計りえなくなってしまっている。

 そういった現状を嗜めるように深く思い返してみると、実に色々なことがあったのだな、と彼は他人事のように感じた。実際は他人事では済まされない立場にいる人間なのだ。今まであったことは、彼が軸となって動いているも同然なのだから。しかし、彼が今思っていることの大半は、すべからく夜の妖気に接収された心持の思いで、一時間後のベッドの中では何を考えているかは予想がつかないのだ。夜の怪しげな雰囲気というのは時に人をも変えてしまう。あやへの心情もまたしかり。

 竜彦は寝室へ行く前に迷っていた。夜風を浴びて空想上の清潔感を齎されたその体と心持では、考えていることも未だ清い。

 あやは椿の膝の上で首を垂れて寝ていて、椿も背もたれに首を支えられていて、非常に脆い体制を成している。ソファーに座ったまま、寝返りの真似事でもされれば二人とも厄介なことになるだろう。それ以前に、怪我をするリスクをこの二人は当然の如く負っているのだ。やはり起さねばと彼は意を決した。

 忍び足の真似事で、扁平な足をフローリングに下ろす際、出来るだけ足音を立てないよう努力した。しかし、猫の過敏な感覚を持ってか、あやはその重たそうな瞼を開けて、数歩先にいる竜彦を見つめた。獲物を見ているかのようなその光る目は、幾分か眠たさからか、ちょっとした優しさを帯びている。普通であれば獲物に掛ける慈悲など一つもないのだが。

「ソファーで寝たら風邪ひくから寝室のベッドで寝な?」と竜彦は言う。

 あやはその目をきっちりと開け、辺りを回す。彼女からすれば、寝ればそこはどこでも寝室のベッドの上なのだ。朝起きれば隣に椿の体があって、竜彦がカーテンを開ける音がしている。そういったことが重なりあって、彼女の日常は成り立っているのだ。だから、夜中に竜彦から起されることなど(椿の膝の上で寝ていることなど)、殆どありえないと云っていい程の体験であった。

 あやは椿が寝息を立てていることに気付くと、すぐさま膝の上から下りて、彼女の手を引いた。あやが思い切り引いたから、椿は起きた。しかし彼女も今は寝ぼけているのである。目を擦りつつも、慌ただしく居間から寝室に移動しようとするあやに手を引かれ、ふらついた足取りで二人とも廊下に出て行ってしまっていた。寝室のドアが開けられ、閉められる音がすぐさまする。数分経って、寝室の前に竜彦が立つと、入る間もなくして寝息が聞こえてきた。寝たのだと分かった。

 人の温もりがあるソファーに寝そべる。何かを考え着く暇もなく、睡魔の予兆が来る。

 あやも寝た、椿も寝た。空島も多分寝ているだろう。科学者の事情は知らないが、多分、大事がない限りは一般人と同じ生活をしているのだろう。そして俺も寝るのか? と竜彦は考える。皆が寝たからといって俺も寝てしまうのか。そうやって同義を見極めるのか。人と同和していればそれでいいと? 知らない、知らない。つくづく腹が立つ。

 そうしてまた、偏頭痛の予兆が見えてきた。寝転がったソファーから望める、ベランダの窓の外の月が、どんどん朧気になっていく。死の淵を歩く様な、そんな気分であった。

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