⑦
「この建物に残っている、生徒さんたちに告げます。我々は日本のために立ち上がった義士、あるいはテロリストです。突然ですがこの建物は我々が占拠しました。残っている方は、我々の指示に従ってください」
との放送が流れた。その声は犯罪者の者というより、教師の声に近い。
学校教育で「武装した組織の対処の仕方」を習ったことはないと思う。高校は微積やら地理やらやる前にまずそういったことを教えてくれるべきだ。となんとなしに思った。
一階にはバリケードを作るために何人か、生徒が残っている。
少しすると、足音が聞こえてきた。私は、すぐに、掃除用ロッカーに入った。やせ形体質なのと、文化祭のためかほうきなどがなくなっているのが幸いした。足音は、教室の中に少し入ってきた。位置的に私から二メートルと離れていない。
彼はあたりを見回したが、私に気付くことなく、行ってしまった。
しばらくすると、発砲音が聞こえてきた。同時に男の悲鳴。そして、また足音が聞こえてきた。今度は多い。おおかたバリケードを作っていた映研部員が人質にでもなったのだろう。
今度こそ、完全に去って行ったと判断すると、私はロッカーから出た。そして少し考え、旧校舎に向かうべきと判断した。あそこは、私の家みたいなところで、隠れられる場所も知っている。
映画ならここで犯人を排除するため、動き出すのだろうが、あいにく私にそんな度胸はない。
僕が旧校舎の前にいるとき放送が聞こえた。外では聞きづらかったので、旧校舎の中に入ってみた。耳には自信があるが、旧校舎のスピーカーは古いのか、ひどく聞き取りづらい。
放送は映画でしか聞かないような内容だった。
僕は怖がったりする前に、ため息をついた。映画みたいなことに巻き込まれるのはこれで二度目だ。そして、どうして、ドイツからはなれている時にこういうことが起きるのか。そして、トラウマが恐怖感とともに押し寄せてきた。
旧校舎の下駄箱にもたれてどうしようか考えていると、入口の方から足音が聞こえた。
どこかで聞いたことがある足音だ。誰の足音か考えていると、
「やあ。留学生君」
緊迫感がないその声は僕の祖国の言葉で発せられた。声の主はおそらく先ほど生徒会員を運んでいた人。
振り返ると、微笑を浮かべた少年がいる。やはり先ほどに人物だ。
「あなたは」
「僕は天城っていう。君はなんでここにいるのかな? まあいいや。助かりたいなら手早く投降した方がいい。彼らは多分紳士だよ」
彼は僕の前を通り過ぎると鍵のかかったドアがある場所まできた。僕も反射的に彼についていく。
「なんで、ここにきたんですか?」
彼はその問いに答えずポケットから鍵を取り出し開錠した。
「もしここに誰かが来たら僕はここから出て行ったって伝えておいて」
そういうと彼はドアを閉めてしまった。あわてて開けようとしたが動かない。一人にしないでと言いたくなった。
旧校舎に入った私は、電話を確認した。このメールアドレスを知っているのは、天城と私の直属の上司だけである。
メールを確認すると、こっちの苦労もしらないでよくいう、とぼやきたくなった。
携帯電話をしまって、気配を忍ばせながら文芸部室に向かう途中思いもよらぬ人に会った。留学生である。ずいぶん怖がっている。その様子はどこか小動物を思わせる。
さすがにおいていくのは気が引けたため、声をかけた。
「おい」
「ひっ」と悲鳴を上げた。彼は私を認識して少し落ち着いたが、ほぼ同時に表情が凍りついた。そして
「あなたは…」
「あれ? 日本語しゃべれたのか」
「死体埋めてた人!」
「違うよ」
「紛らわしいことをしますね。天城さん」
私が説明を終えると留学生が言った。
「ところで、あの人はなんて言ってたんだ?」
「死体の処理中だよ、って言ってました。ところで、天城さん、そのドア開けていっちゃいましたよ。もう鍵閉められちゃいましたけど」
「そうか。この鍵合うかな」私は天城に渡された鍵を鍵穴に差し込んでみた。で、開いた。
「これは、追ってこいって意味かな?」私はつぶやくとドアを開けた。
「ここ、何の部屋なんですか?」
「地下を通じて外に出れる道がある部屋らしいよ」
旧軍の建物だった旧校舎は防空壕が掘ってあったらしい。それが戦後に作られた雨水管の下水道に一部転用されたと聞いたことがある。
とすると、天城はここを通じて脱出したのか。
「君はどうする。そういや名前聞いてなかったけど」
「フリードリヒ・ルーデルです。あなたは?」
私はそれに答えず、
「ついてくる? ここに残るのはあまり利口な選択とは思えない」
留学生は少し考えて、
「ついてきます」といった。なぜ、間が開いたかはよくわからなかった。
起きたらなぜか、保健室だった。おまけにやけに静かだ。俺は体を起こすと保健室から出た。誰もいない。まだ明るいのに。
そもそも、なんで俺は寝てたんだっけ。天城のところを訪ねて……それ以降覚えがない。
大方また天城に何かやられたんだろう。
俺は保健室を出た。頭が痛い。廊下に出ても誰もいない。おまけに変なにおいがした。
とりあえず、なんか飲んで落ち着こう。俺は自販機のある方向に歩いて行った。すると、銃を持った奴に出くわした。文化祭の火葬かなんかにしてはこの人物はえらく老けてるな。先生のうちの一人だろうか? あるいは夢でも見てるのかな。でも匂いとかリアルだな。
男が俺の方に銃を向けた。
「動くな。手を上げろ」やっぱり夢を見ているらしい。そんな矛盾した命令聞けるか。
作業服の男は物を言わず銃口を上にあげた。そして撃った。すごい音がする。
いっぺんに目が覚めた。もともと覚めてたけど。
とりあえず頭の中からこの事態の応用できそうな知識を引っ張り出そうとするがそんなもんあるわけない。それでも考え続けたのは考えるのをやめたら恐怖で何もできなくなることが何となく本能で分かったからだ。
「これは本物だ。早く手を上げろ」
「……」
俺は無言で手を挙げた。頭の中に氾濫する映像や文字列は映画で見た残虐なシーンにすり替わっていた。
先生がいく予定だった学校の文化祭は突如中止になった。もう引退した政治家である先生はそのまま、次の予定時刻の前に、親類が経営している会社の様子を見にいくことしたようだ。実は愛人が近くに住んでいるからなのだが。もっとも、先生の奥さんは亡くなられているので愛人というのは語弊があるかもしれない。
運転者である私は先生の高級車の運転席に乗って住宅街を走っていた。住宅地には街路樹が植えられ、なかなかいい眺めだ。もっとも後ろにいる先生は特に関心がないみたいだ。なんかそわそわしている。
しばらく走っていたが街路樹と街路樹の間にロープが縛ってあった。子供のいたずらだろう。これだから最近の子供は。
私は車を止めると、ロープが縛ってある街路樹に近寄った。
すると、街路樹の陰から少年が出てきた。
「こんにちは」
少年が丁寧にあいさつしたので、
「こんにちは」と私も返した。
「ひどくお急ぎのようですね。誰が乗ってるんです?」
「そう言うのは言えないんだ」と言って私は街路樹に絡まるロープをほどきにかかる。
「へえ。鈴木さんというのかと思ってましたよ」
私はロープをほどく手を止めた。そして少年の方をみる。
「その反応、やっぱり鈴木さんのようですね」
彼はにこやかな笑顔で私を見返してきた。手にスタンガンを持って。