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朝目新聞二〇一七年七月一二日 朝刊
きょうのことば
日番谷事件 防衛省情報本部の日番谷政樹がおこしたクーデター未遂事件。事件の二週間前に警視庁公安部によって事件が発覚した。
先日、戦後初の内乱罪が適応され最高裁で死刑が確定した。
公安警察 テロなどの大規模犯罪や国家を脅かす犯罪組織の情報取集、捜査を行う警察の部門。オウム事件の警察長官狙撃事件、日番谷事件を捜査している。
学校占拠の日、すなわち文化祭当日。私たちは最後の確認をしていた。用意したのは発煙筒などである。一応の用意として、スタンガン、武道館から拝借してきた古い木刀、何に使ったのかしらないがスコップなどがあった。
「準備完了だね」天城が満足げに言った。
「そうですね」私に特に感慨はない。
「さて、みんなのところへ行こうか」
「先輩、今ならまだ引き返せますけど、生徒達を追い出したら、もう後へ引けませんよ?」
「僕の辞書に撤退の文字はない。トンズラはあるけどね」
とにこやかに言う天城。
「そうですか」
その時、文芸部室の前に人の気配がした。私がそっと様子をうかがうと、前に見た、生徒会の吉川がいた。おそらく、天城の様子を見に来たのだろう。
「生徒会の吉川ですね」
「まずいな」と天城がつぶやいた。
文化祭だけで忙しいというのに、会長の命令で天城の様子を見に行くことになった。
行く途中に前の電話について考えた。あるいは考えたことを整理した。
少なくとも、事情を知っているあたり、情報局の生徒だろう。天城も情報局全体を掌握しているわけではないらしい。
前に天城が部室のありかを書いたカードを置いて行ったので、その情報を頼りに向かった。
場所は旧校舎。
旧校舎に向かいながら、学校都市伝説を思い出した。旧校舎に誰もいないのに足音が聞こえる、いつも、不気味な少年が佇んでいるなどがあった。あるいはストレートに幽霊が出るなんていうのもあった。
もともと豊旗高校の旧校舎は帝国陸軍が使っていた建物らしいから噂が立つのも仕方ないだろうな。
文芸部室は色々噂の絶えない旧校舎の辺境にあるため、人が尋ねてくるのが極端に少ない。ゆえに発煙筒とか集めてあったのである。
今、部室に来られたら、スタンガン、木刀十数ふりを見られることになる。そいつがどんなに阿呆でも、天城がおとなしくしていないことは丸わかりである。
天城はスタンガンを手に取るとポケットに入れた。止めようと思ったがそれより前に天城は外に出た
「何のようかな?」
「天城さん、また何か企んでるんじゃないでしょうね」
「そんなことはないよ」と笑顔で接する天城。両者の距離は数メートルほど。
「部室の中、見せてもらっていいですか?」
「なんで?」
「へんなもの、おいてないかどうかです」
「それは困るなあ」
「なんでですか」ややとげのある吉川の声
「こういうものがあるからだよ」
というが早いか天城はポケットからスタンガンを取り出し、吉川の首筋に押し当てた。彼は音もなくそこに倒れた。
天城は彼を引きずって部室に入ると、
「役に立ったよ。君の改造スタンガン」とだけ言った。
「まったく。何をしているんですか」スタンガンは私は改造し相当威力が強めてある。
「どうする? コイツ」
埋めてしまおうか、とか平気で言いそうな人間であるからにして私は良識を働かせる。
「保健室に連れていきましょう」
「迷っちゃったなあ」
とりあえず、そうつぶやいた。
自分の方向音痴を忘れていた。方向音痴もよくそのことをよく忘れるのも僕の悪い癖である。
故郷のドイツでも、数年暮らしていたアメリカでもそうだったのだからから極東に来ても変わらないのは当たり前の事なのに。
そもそもなんでこうなったんだっけ。文化祭の準備のための部品運びについてきたのはいいが、どこかではぐれたんだろう。
その辺にいる人に聞こうかな。でもちゃんと英語を解してくれるだろうか。実はある程度日本語をしゃべれるが、今、日本語しゃべったら日本語を話せるのがばれて折角できた出来た友人から白い眼で見られないかな。
今、赤い煉瓦の建物の前にいる。前に生徒会員さんがトンチンカンな英語で紹介してたっけ。
そんなことを考えていると、旧校舎の入口から誰かが出てきた。前にドイツ語を解していた男と見たことのない男に、前、案内し
てくれた生徒会員が運ばれていた。
完全に人を運ぶ持ち方ではない。前の男が制服のワイシャツの襟首の部分を片手で持っていて、後ろの男が足を持っている。生徒会員さんは動かない。おまけになぜか二人ともスコップを持っている。
「何をしてるんですか」英語で言った。なるべく温和な顔を作ろうと思ったけどうまくいったかは自信がない。
二人組は特に驚くでもなく、前にいた方が
「死体の処理中だよ」とドイツ語で笑顔で言った。
「僕はこういう時どう答えればいいんでしょう?」
「笑えばいいと思うよ」
冗談として受け取れということなんだろう。
彼らが本当に死体遺棄をしているとは思えないが、気になるのが後ろの男だった。彼の眼は……トラウマを思い出しそうになったのであわててその考えを捨てる。
「このことは他言無用ね」と男達はどこかへ行っちゃった。