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 放課後、生徒会室に行くと、生徒会の仕事として、留学生の校内案内を命じられた。

豊旗市の教育方針として、交換留学生の受け入れがある。今の市長になってから推進されたものだ。

今回の留学生は日本で言うと中学二年生に相当するドイツ人。名前はフリードリヒ・ルーデル。アメリカ在住経験もあり、英語もそれなりに達者らしい。 

 で、一か月間の留学が明日から始まる。校内案内はクラスメイトがやることになっているが、中学二年生の英語力を考慮し、生徒会に仕事が回ってきたらしい。

「吉川君、たしか英語が得意だったよね」

 と会長に仕事を押しつけられた。人に頼まれると、なんだか、嫌と言えないので黙って引き受けることにした。


 留学生はドイツの母校の制服を着ていた。少しぼさぼさのブロンドの髪と整った顔を持つ少年は目を輝かせながら校内を回った。

 同伴する中学二年生徒会員に俺を通して質問するので、非常に疲れる。

「ここは旧校舎、帝国陸軍が使っていた建物を改修したものです。幽霊が出るなんていう噂もあります」

 という言葉など、きちんと伝わったかわからない。日本語を英語に訳し、フリードリヒ君の中で英語がドイツ語に訳されているからな。

 旧校舎を少し説明して次にいこうと思った時、あまり会いたくない人物にあった。

「やあ、風月君」向こうからあいさつしてきた。できればやり過ごしたかったが、話しかけられた以上そういうわけにもいかない。

「吉川です。こんにちは天城さん」

「下の名前は風月だろう?」

「そうですね。何の用ですか?」

「特にないよ。そちらの外人さんは?」

 自分が話題になっていると何となく気づいたのか、留学生が英語で自己紹介した。

 すると天城はフリードリヒに向け、なんか言った。多分英語ではなかった。

 留学生もまた何か言った。短いフレーズだった。

 しばらく二人の会話の応酬が続いた。

「あの~」俺は天城に話しかけた。

「なに?」面倒くさそうに天城が答えた。

「ドイツ語ですか?」

「うん」

「すごいっすね」

「英語にかけるべきエネルギーをほとんどこれに投入しているからね」あの英語教師、嫌いだからさ~と続ける。

「ところで、天城さん。俺らいま、この子の案内してんですけど」

「うん。聞いた」

「手伝ってくれませんか?」

 しばらく黙った後「まあいいよ」といった。

 留学生も何か喋った。

「『僕霊感強いから多分見えると思います』だってさ」

 留学生君の関心は幽霊らしい。



 私は天城とともに映研部室を訪れた。部員の反応を見るに私は歓迎されざる客のようだ。椅子の用意もない。

 映研の部室は、撮影機材らしきものが積まれており、ノートパソコン、パソコンが各一台おいてあった。壁にはアニメかなにかのポスターが貼ってある。私はアニメを見ないのでなんのポスターが貼ってあったのかはよくわからなかった。

「こちらが協力してくれる天城さんだ」と本田が言った。

「どうもどうも」と天城が調子よくいう。面倒くさいので私は黙ることにした。

「で、学校占拠とやらに勝算はあるのか?」本田が切り出した。

「なくはない。今の教員はゆとり教育でへにゃへにゃだから。特に荒れてない学校は」

「どういう意味?」と映研の部員の誰か。

「昔、学生運動が盛んだったころに比べれば今の高校の先生は楽だろ? バリケードストライキなんてやる人いないしね」

「なんだ? 学生運動って」

「後で調べといて」天城がさらりと受け流すと

「とにかく、今の教員は高校生が学校に籠城するとは全く想定外だ。考えてないどころか思いつきもしてない」

 そりゃそうだろう、と私は思った。

「そこに隙がある」天城の目が光った。あるいはそう見えた。

「僕の計画はこうだ。まず同時多発的に発煙筒をたいて、火事と誤認させ、教員学生を校舎から追い出す。実際、ボヤを起こしてもいい。 そのうちにバリケードで入口をふさいで占領を宣言する。そこで、占拠を解く代わりとして公開を迫ってもいいし、そのまま、自主文化祭を開くという手もある」

「おお」とどよめいた。

「できるのか?」

「無理じゃないと思う。校舎に出入口は三つ、この映研メンバーはだいたい二十人だから十分人員は足りるだろうし。それに学校側は、文化祭の日に学校占拠が起こったことを学校の外に知られるわけにいかないから、なるべく穏便に済ませたいはず。それに」

 いったん言葉を切った天城はごく自然に部員全員を見回して続けた。

「正義はこっちにある」

 すがすがしい笑みを見せる天城に映研部員は賞賛を送った。

 映研の部員たちは、傍から見ると、馬鹿馬鹿しいほど素直に声をきいている。こういう素直な人間がいるから、詐欺が後を絶たないのだな、となんとなく思った。

 私は話に参加する気が起きないため、勝手に持ってきた天城のスクラップブックを読むことにした。

 スクラップブックの中身は近衛氏に関する新聞や雑誌、インターネットから印刷したものだった。

 近衛氏は豊旗市長である。豊旗市ができたのも彼のおかげといってよい。特別行政市である豊旗市では市長の権限が強い。その手腕は全国的にも支持されている。いじめ問題で息子を亡くしているので、教育にも積極的に動いている。豊旗高校は彼の政策の試金石でもある。

 私も近衛市長に、興味があったので映研部員らの会議そっちのけでスクラップブックを読むことにした。こういう時、たまに天城から「空気」と言われるほどの他人から無関心な我が身を便利だと思う。


 映研の部室から帰るとき、

「あれ、本気でできると思ってるんですか?」と前を歩いている天城に聞いた。

「無理だろうね」前を歩く天城が短くいった。少し間を置き

「校内で人気の高い連中がやるならともかく、あのオタクどもでは無理だろう。あのオタクが占領しても、まず間違いなく、一般生徒は反発する。自主文化祭どころか、自主鎮圧が起きるね」と続けた。

「そういう言い方すると、学校の占領自体はできるかのように聞こえますが。だいたい、途中で情報が漏れませんか?」

「そこは大丈夫。もう手は打った」

 天城は自信たっぷりにそういった。

 とりあえず、天城が全力で学校を占拠したいわけではないらしいことは分かる。だいたい、映研に頼らなくても豊旗工兵隊ならその兵力の三分の一で学校占拠ができるだろうし。



 生徒会の文化祭の仕事の傍ら、会長から不穏な動きをとっている「豊旗工兵隊」と「情報局」の調査を命じられた。

「君、たしか天城さんと面識あったよね」

 という理由だそうだ。パワハラの一種じゃないだろうか。

「豊旗工兵隊」は、豊旗高校の土木のプロである。一夜にして校庭を塹壕だらけにするのも訳はない屈強な男たちである。

「情報局」はいまだ実態がつかめない組織だ。彼らは一般生徒の情報を収集・管理していると噂されている。その実力はたしかのようで、 俺が高校に入った際(俺は別の中学校から入学した)買ってもらった携帯の番号が数日たたないうちに「情報局総裁」を名乗る人物に漏れていたことがある。

 天城と知り合いの俺がこの二つの調査を命じられたわけは、天城がこの二つの組織の実質的なリーダーだからである。一説には情報局総裁は天城ともいわれる。

 天城森羅は高校三年生。文芸部という部室がどこにあるのかもわからん部活に所属しており、普段は表だった行動を起こさないが、堂々と両組織を指揮し、学校行事の妨害を行っている。

 さぼり魔で成績は恐ろしく低空飛行を続けているが頭が悪いわけではないらしい。ドイツ語をしゃべっていたし。

 それに生徒にはそれなりに人気がある。美形だし、やることが面白いからだろう。

 俺としてはこういう人物あまり好きじゃない。生徒会に所属しており彼のいたずらに対処しなくちゃならないというのがあるが、まじめな生徒を馬鹿にするかのような行動が気に入らないのだ。

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