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私が聞いた天城の話を総合するとこういうことになる。
まず、国家の中枢にいる人たち(天城が魔王と呼ぶ人たち)に日本を根本的な改革が必要との機運が高まっている。
この国の問題は不必要な人間が多すぎることであるとの結論を得た。
税金も払わない連中や国家にとって都合の悪い連中、別に何も生産しないお年寄りの一斉に整理する必要がある。
戦後日本のまとまらない市民、行き過ぎた人命至上主義、慢性的な平和ボケ、少子高齢化、決められない政治……。
そうだ細菌をまこう。細菌はワクチンさえあれば人の生死を操ることができる。人口を整理し、国家の体制を筋肉質なものにしよう。
これ程の事態になれば国家権力の強化も認められるだろう。死者多数で発生する膨大な遺産も国家の手に集約することもできる。
と考えたらしい。
というおよい信じがたい話である。天城はこう語った。
「この国の場合、国家というのは、国民を守るためじゃない。国家が生き延び、成長するためだけにあるんだ。より正確に言うなら、国家を構成する有力者のためにある。そのために殺人すら認められている。戦争と死刑限定だけど。不必要な人間が多いから消してしまえという意見が出るのも当然といえば当然だね」
「そんな、馬鹿な。国家は一枚岩じゃないでしょうし、魔王とやらが国家を操縦することはできないでしょう」
この男に国家は正義のために動いていると説くのは馬鹿らしいし、ただの高校生の弱みを握ってスパイまがいなことをさせる警察庁の人間を見たことがあるだけに、私自身そんな話は信じていない。
「そう? そうでもないよ。この国の中枢は 政治、官僚、メディア、産業、学会だ。これは往々にして結びつく」
「?」
「原発を見てみなよ。原発っていう危ないものを生み出すのにいろいろな考えからそいつらは合同したじゃないか。
政治家・官僚は国家のエネルギーの調達のため、企業は安く電力を手に入れるため、メディアは電力会社から広告料がほしいから安全性のイメージ操作をした。経済産業省と電力会社は天下りで結びついていたし、メディアと官僚は記者クラブで結びついている。学会と産業は研究資金の援助とかでね。
福島原発に事故がなければそれらが注目されることもなかっただろうけど、政官報産学複合体によってこの国の原発産業は動かされている。
国家も同じだ。政治、官僚、報道、産業、学会の有力グループだけでこの国は動かされている。国家の意向というのは、それらの組織のエゴの最大公約数だね。そこに国民の意思は関係ない。情報を操作して操ればいいからね。魔王はそこを活用して必要な舞台を整えると思う」
天城が自信満々に語った。もっとも、彼はほとんどテロリストだし彼の「国家」に対する考察は、かなりひねくれた考え方、というかむちゃくちゃな考察だ。
「この細菌分布で、日本国家は最大の危機に陥る。そうなれば、国家は強力な権限を集中して、事に当たることも容認される。そのまま新しい国家体制を作ることになるだろうね」
「その話、どこまで本当ですか?」と私
「防衛省の知り合いと父の残したノートを複合した結果だよ」
「……」
「予定では近くこの辺に細菌がまかれる」
「え?」
「予定変更になったけどね」
「……籠城事件の影響ですか?」
「察しがいいね」
「なんで、豊旗市が?」
「豊旗市は都会らしきものから田舎まであるし、出入り口が少ないから管理しやすいんだよ。まかれる細菌は人に感染することで効力を発揮する。感染した人間を隔離すれば大規模感染は防げるからね。手に入れた情報だと今夜、それはここに届くみたい。あんな事件があったわけだし、警察車両に紛れ混むみたいだね」
「その情報知ってるのは?」
「僕だけさ。今、ここにいる人間、僕、君、フリッツ君しかこの陰謀は止められないってわけさ。どうする?」
どうするもこうするもない。
「悪いですが私はあなたを信用してないので」私は言った。
「あ、そう」というが早いか天城はスタンガンを手に取った。
僕が見ている間に習志野さんは気絶させられ、倒れた。その彼を天城さんは窓枠にどこから取り出したのか、手錠でつないだ。
そして、そのまま彼のポケットから携帯電話を抜き取って自分のポケットに入れた。
「フリードリヒ君はどうする?」
「それ、ほんとなんですよね?」
「うん。証拠を見せてもいいよ」天城さんの口調は先ほどから自信満々だ。
「漢字は読めないのでいいです」と僕が言うと
天城さんは「そう」といった。そして、
「そうだな、君のききたいこと、それを教えてあげる見返り協力してもらうという形にしてもいい。君が聞きたいことは僕が君を誘拐した 人物とどういうつながりがあり、君は何のために誘拐されたのか。でしょ?」
「……なんでわかるんです?」
「だいたい想像つくでしょ。誘拐犯のオリジナルソングを僕が歌っているんだもの」
「教えてくださいよ」
「協力してくれるってことかな?」
「そうです」
天城さんは満足げに笑うと、ふすまを開けた。そこにはライフルや拳銃など十数丁、手榴弾らしきもの、大型狙撃銃まであった。
「武器のデパートですかここは……」
アメリカにいた際、父の知り合いのガンマニアの家に行ったことがあるが、アレといい勝負だ。どこで手に入れたんだろう。この国に銃器は打ってないはずだが。
「この武器を使って、輸送車両を襲う。考えただけでもぞくぞくする」
そういった彼は実に楽しげだった。




