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私が目星をつけた部屋は、二階だ。そこに上ると中村という名前になっている。
私はインターフォンを鳴らすと、
「もしもし、朝目新聞の物なんですが、御宅、何新聞とってますか?」
と聞いた。
「新聞なら結構ですよ」
天城の声だ。間違いない。場所の特定はできた。そう思った矢先、
「あれ、習志野さん? いたんですか?」
私は黙った。ゆっくり首を横にふると留学生君がいた。手に缶ジュースをもっていた。
「あ、君か。入っていいよ」留学生の声で私が誰だか認識したらしい。
私は留学生君に向け、
「できれば、黙っていてほしかったな」とだけ言った。
私は留学生とともに部屋に入ると天城がにやにやしていた。
「僕の計画通り……とはいかないけど、いい感じだ」とのたまう。
「天城先輩。聞きたいことはいくつかあります」
と私が切り出すと
「大臣のこととか?」茶化すように天城が言った。
「ええ。鈴木元大臣が行方不明らしいですけど、何か知ってますか?」
「僕が拉致した」
何でもないことのように言った。
「一人でやった事とは思えませんが」
「一人でやったよ。ま、手伝ってもらったけどね。君が仕事場の助力がなければ僕を見つけられなかったようにね。公安警察のパシリ君?」
何かが崩れるような音が聞こえた気がした。むろん私の中で。
「公安警察のパシリとは何のことです?」
「君は公安警察の命令で僕を監視していた。違う?」
僕は二人の会話についていけなかった。
「なんで、私があなたの監視をせねばならないんですか」と習志野さん。
「僕が国家にとってあまりよくない情報と物品を持っているからだよ」と天城さん。
「何の話です」
「僕の父親が盗んだ書類を僕は持ってるからね。これが公開されると、困る人は多いんじゃない? 君は公安警察に言われて僕の監視を行っていた。ちがう?」
習志野さんはしばし黙った。そして、
「正解です」
「クイズ番組の司会者が正解いうときよりテンション低いなあ」と天城がぼやいた。
「いつから気がついてました?」
「強いて言うなら最初から」天城さんはどや顔で言った。
「えーと。何を話しているんです?」
言葉の応酬を続ける二人に対して僕は日本語で割り込んだ。
「あり、日本語しゃべれたの」
天城が僕の方に目線を移していった。
「ええ。まあ一応」
張りつめていた二人の間の空気が緩んだ。
「簡単に言うと、僕はテロリストで彼は警察ってこと」
こちらに注意を向けていた習志野さんに天城さんがスタンガンを押し当てていた。
倒れた習志野さんを寝かしつける天城さんを眺めながら、
「あなたは何をたくらんでいるんです?」
天城さんは僕の言を聞いて、我が意を得たとばかりに笑った。
「よく聞いてくれました。その前に一つ聞いていい?」
「どうぞ」
「この男の顔覚えられるの?」習志野さんを指して言った。
「は?」
「この男の顔、意識してないとどうも覚えられないんだ。彼の特殊能力だね。外人だから覚えられたのかな? ついでに言うと、彼は驚くほど存在感を消せるという特技がある。その特技はもう魔法の領域に達してるね」
僕が缶ジュースの蓋を開けると天城は語りだした。
「僕の父親は相当えらい軍人だった。この国では違う言い方するけどね。で、軍内部の不祥事に気が付いた」
「軍内部の不祥事?」
「この国の軍隊は他国の軍隊と比べて制約が厳しい。軍の不穏分子がその制約外の事をやっているという疑いを持った」
「その制約外の行動って」
「それはおいおい話すよ。で、僕の父親は不穏分子のさらなる、行動を知った。軍の技術系職員が暗殺されていたことさ」
「暗殺?」
「どうも、この暗殺、軍以外の公的機関が絡んでいることも父は突き止めた」
「すごい人ですね。探偵みたいだ」僕は本心から言った。
「話は変わるけど、心臓のない人間を君は人間だと思うかい?」
「は?」
「脳のない人間でもいいけど」
「そんなもん人間じゃないというか、そもそも存在できないと思いますけど」
「この軍の不穏分子の母体……というのかな? 要するに組織は人間でいう心臓、脳に近い。国家を人間に例えたら。僕は勝手に『魔王』と呼んでいる」
「?」
「君の国の歌『魔王』からとった。ゲーテが作詞したやつ」
「それは知ってますけど」
「あの話で馬に乗っている子供は魔王が見えてる。だけど、父親は魔王が見えていない。そういう意味を込めてのネーミングさ」
天城は語った。僕にだけ見えている。
「彼らは国家とは不可分。それに敵対していた僕の父は、取り除かれた」
「……殺されたってことですか?」
「いや、まだ生きているよ。で、彼らの犯罪の証拠を僕の父親は盗んでいた。今は僕が持っている。もし、この証拠が公表されたら日本という国家の信用は失墜するだろうね。警察が僕を監視していたのはそういう理由によるよ」
「……あんまり信用できないですけど。じゃあ、なんであの人があなたを見張ってたんです?」
「そりゃ、学校の中に警察が入り込んでくるわけにいかないもの。いや、用務員として入ってきた人もいたみたいだけど。僕はほぼ一日中、学校にいる。しかし、今のご時世なら、学校にいながらにして世界中に通信できる。学校の中でも、僕を見張っていたいと思うんじゃない?」
「で、彼が警察に協力していたと?」
「うん。どういう経緯かは知らないけどね」
天城が犯人の告白っぽいことをしているので狸寝入りを継続することにした。
「魔王」が何たらと言っているのが聞こえた。ずいぶん中二病臭いネーミングセンスだ、と思った。
「今回の武装集団に関する質問ですが……」
「彼らは僕の父親の部下だ。彼らなりの都合であの事件を起こしている。ちょっとやりやすいように協力してあげたのさ」
「……」
留学生君がだまった。信用しかねているのだろう。それと、目の前にいる人間がテロリストだと思えないのだろうか。
「なんで、そう情報を教えてくれるんですか?」
「それはね」と天城が言った。
「僕は今ひとりだ。でも、少し厄介な仕事があってね。一人じゃ難しそうなんで、協力者がほしいのさ」
「……彼になんかを手伝えと?」
「察しがいいね。それと、君もね。まあ、死にたいなら別だけど」
天城は脅している時も声色は変えなかった。
「テロリストに協力する警察はいないと思うけど」
留学生君はとりあえず、自分の事は棚上げにしたらしい。
「彼は無駄に純粋だしね。手伝ってくれると思うよ。人の命がかかっているなら」
思ったよりも私は評価されているらしい。
「彼を信用してるんですか?」
「信用はしてないな。でもかれは優秀な人物ではあるよ。そろそろ起きたら? 公安パシリ君」
「ばれてましたか」
私はそう言って起き上がった。すると天城は、
「あ、ほんとに起きてた」と言った。
習志野さんが起き上がって少し間を置いた後、天城は再び語りだした。
「国家の存在を身近に感じたことはあるかい?」
は?
「国家とはどういう存在だと思うかい?」
は?
「一連の事件は国家が絡んでくるからさ」
「いよいよ話がでかくなりましたね……」と習志野さん。
「まあね」
「父の残したノートによれば国家=魔王はかなり大きなことを行っているみたい。いろんな組織の官僚達が連携してね」
「いろんな組織?」と僕。
「自衛隊、警察、厚生労働省とか。まさしく国家単位の組織ね」
「そりゃ、豪勢ですね」
「なんでも、『魔王』は細菌をまくんだってさ」
「はあ?」
「日本全国津々浦々にね」




