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朝目新聞二〇一七年六月二一日 朝刊
きょうのことば
豊旗特別行政市 豊旗特別行政市法によって指定された地域。関東地方に属する。どこの県にも属さずに独自の行政を行っている。
市長は近衛秀介氏。地方行政の新たなモデルとして注目されている。
他に、廃校が決定した私立中学と県立高校を市が統合した豊旗市立中学校・高等学校などがある。
モニターばかりの一室で、警察官の茂木はモニターを見ていた。
豊旗市の整備されている監視カメラ、監視システムを使えば、写真を一枚入力するだけで写真に写った人物を監視し続けることができる。もっとも特定の人物が建物に入ってしまったりすると、その間は監視ができないが。
「それにしても誰なんだ? コイツは」茂木は彼の手元にある写真を見ながらつぶやいた。そこに写る要監視者はどう見ても高校生にしか見えない。
私は所属している部活の部室、文芸部室に向かっていた。
文芸部室は旧校舎にある。旧校舎はそれなりに歴史があるらしい赤レンガの建物だ。ただし、今は中身が改修されている。ちなみに部室などと言っているが、勝手に一室を占拠して使っているだけである。
部室の「文芸部室」「相談受付中」「よろず協力します」などと書いてあるドアを開けると、部唯一の先輩の天城森羅がいた。椅子に足を組んで座って古い新聞を読んでいた。彼の周りには本やら雑誌やらスクラップブックやらが散らかっている。
「やあ」
「こんにちは、先輩」といって、前に廃品倉庫から持ち出してきた椅子に座った。
「なんで、そんな古い新聞を読んでるんです?」
「少し忘れたことがあってね。それと、今日は客が来るから」
そういうと、再び新聞を読み始めた。そして、鼻歌も聞こえる。この鼻歌は日本語でないので何を歌っているかは知らない。
「なんか面白いことでもありましたか」
「あたり。なんでわかったの?」
「まるわかりです。で、何があったんです?」
「あったというかこれからある。大きな祭りがね」
「祭りというと?」
「今は話せないな。もしかしたら映画とかになるかもしれない」
「はいはいそうですか」
私が冷静に返した。
「やれやれ。相変わらずつまらない男だね、君は」
やれやれを言いたいのは私ですよ、と言いたくなった。
天城は私の一つ上の学年で高校三年生である。常に微笑を浮かべた自称「頭脳明晰」の美少年だそうである。
彼は普段、学校の勉強に関係ない様々な本を読んだり、小説を書いたり、自主製作映画の撮影に参加したり、学校の非公式な組織「豊旗工兵隊」と「情報局」を実質的に指揮して、大規模ないたずらをしたりしている。
ただし、このいたずらは時に、刑法に触発している気がするが、学校の生徒たちはそのことを知らない。どちらか言うと、噂や学校伝説を提供している天城を面白がってみている節がある。本人もそれを意識してか、事あるごとに武勇伝を語るが、ほとんど虚言でないかと私は推測している。一介の高校生に現金輸送車襲撃なんてできないだろう。
世の中で下の名前で苦労する人というのはどれくらいなのだろうか。少なくとも俺はその一人だと思う。風月という名前は小さいころこそ気に入っていたが、今は気に入っていない。
俺は豊旗市立豊旗高校に通っている。独立都市、豊旗市の南にあり、それなりに偏差値が高い高校だ。そして、俺はそこの生徒会員でもある。
今、生徒会は文化祭が近いため、かなり忙しい。何人か生徒会のメンバーを募集したいくらいである。
しかし気がかりなのは、風紀委員会の報告によると、「豊旗工兵隊」と「情報局」が不穏な動きを見せていることだ。
部室には三人がいた。私と天城と、客人の映研部長・本田だ。
「で? 何の用?」天城が聞いた。
「映研に事情は聴いているよな」と本田。
「上映中止になったんだっけ」
その話なら、私も知っている。近く開かれる文化祭で映研の映画の発表が教師によって中止を厳命されたらしい。題名は『ああ大臣』とかいいい、国防問題を取り扱ったブラックコメディらしいことは天城から聞いていた。
「そうだ」
「まあ、仕方ないんじゃない」
「そこでだ。上映のために協力願いたい」
「生徒会に行ったら? まあ、難しいだろうけど」
「生徒会にはもう行った。日和見で何もしてくれん。今度、生徒会不信任案を出そうと思っている」
そんな国会みたいな制度はこの高校にはないが。
「やめとけ、君の顔じゃ、ただのオタクの逆恨みとしか思われない」天城は失礼なことを何でもない口調で言った。
「だいたい、あの脚本書いたのは貴様だろう。協力しろ」
「ちがうよ、僕が書いた小説を君らが映画化したんでしょ」
「そもそも、なんであれが公開中止なのか、おれにはよくわからん。教師陣は大した説明もなしに、俺たちの半年の苦労とお金と汗と涙の結晶を否定しやがった。生徒会も」
本田は手を振るわせながら強い調子で言った。
「お蔵入り?」と天城が言った。
「そうならないように、協力しろと言っている」
「やだ」天城はそっけなかった。
「ドアに協力しますって書いてあったぞ」
「協力できることとできないことがある。今回はあんまり協力できないかな。知恵くらい貸してもいいけど」
「ぜひ貸せ」
「単刀直入に言うけど」と天城は前置きした。私は経験上天城がろくでもないこと言うと分かった。
「学校を占領して、先生たちと交渉して、公開を勝ち取ればいい」
「また、アホなことやらせますね」
本田が帰った後、私は天城に言った。彼らの議論に参加する気がなかった私は天城が読んでいた新聞を拝借して読んでいた。自衛隊の不祥事に関する記事に紙面が割かれていた。
「はて」天城がとぼけた。
「大方、学校占拠をして、楽しみたいのでしょう。そのためにわざとたきつけた」
「よくわかったね」
「まるわかりです」
「あ、そう。君はどうする」
「なんやかんやで、手伝わせるくせに何を言うのやら」
と私はつぶやいた。
このように、私の部活動は天城の悪行の片棒担ぐことに終始していた。中には立派に刑法に触発する行為も行っている。文芸部というわりにそれらしい活動をした記憶はない。読書はよくしたが。
こんなことを書くと私と天城は友人あるいは悪友だと思うだろうがそうではない。悪友というのは「悪魔の友人」と書くのである。