表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春は無慈悲な時の女王  作者: メイア
第二章 傷は優しい君の噛み痕
58/64

3-6 ラピズィルジッド・ラジレオン

深呼吸、さぁもう一幕頑張ろう?


いとしいあの子に会うために。


いとしい皆に会うために。



[6]


『姉様も兄様も、冷たい人だと烏有は思います』

『二藍さんも、いつか分かるときが来ます――…』


 烏有の言葉が、頭の中から離れない。


 烏有と乃至とフロルはとても仲の良い義姉兄妹(きょうだい)だ。烏有は乃至とフロルを慕っているし、乃二人が彼女を大切にしているのは見ればわかる。


 なのにどうして、『冷たい人』なんて言葉が出てくるのだろう。

 仕事とはいえ、右も左もわからない二藍が“H.A”で快適に暮らせるよう手助けしてくれたのはフロルで、その後も何かと気にかけてくれている。彼女が、同年代で技量も人格もある乃至をパートナーに推してくれたとも聞いている。

 乃至の性格は温厚で、上司には礼儀正しいし、部下には優しい。身内と他人でその態度が大きく変わることだって見たことがない。

 二人は冷たい人だとは二藍には思えない。



――でも、本当にそう言い切れる?


 心の中にふと、滲み出るような思いが生まれる。

 

――まだ出会ってから半年の、乃至から名前で呼ばれることも無い自分に、何が分かるというの?

――烏有に『冷たい人』と言わしめるほどの何かが、乃至の過去にあったとしたら?


――そう、例えば、前のパートナーと何か……



 そんな考え事をしていたからか、フタアイは周囲のざわめきと、自らに近づいてくる軽快な靴音に全く気付いていなかった。


「もしもーし、ちょっとええ?」


 背後から突然かけられた声に我に返り、動揺を隠せずに振り返れば、目と鼻の先に二藍とそう変わらない年頃の少年が立っていた。思ったより距離が近くて思い切り仰け反る。造作の整った柔らかな顔立ちだ。明るい茶色の切れ長の瞳にかかる同色の髪の毛は前髪がやや長く本人も鬱陶しげに少し顔を振っていた。至近距離で合わせた視線がやや下がり、二藍は相手が自分より僅かに背が低いことに気付く。


「フタアイ君やよね?ナイシのパートナーの」


 にっこり、その形容がぴったりの満面の笑みはいかにも人懐こそうで、あまりの近さに何か言おうと思った二藍は毒気を抜かれてしまった。小首を傾げて尋ねられるままに頷き、そして違和感を覚える。


『この人、訛ってる……?』


 片言になっている部分や、イントネーションのおかしい部分があるのだ。今までの“外”の生活ならいざ知らず、“H.A”に来てからは訛りや片言の話し方をする人に、二藍は出会ったことがない。洗脳系の能力の一種を用いて、各支部内の言語は統一されているのだ。日本支部では日本語が、中国支部では中国語がというように。二藍は元から日本語話者なので今は術がかかっていないが、養成学園ではイタリア語が基本言語とされていたので数か月前は習ったことも無いイタリア語をネイティブ同様に使っていた。

 術によって発せられる日本語は教材にでも使われそうな正しい発音のものになるので、訛りなど聞いたことがなかった。……周りに訛りの強い言葉を話す人間はあまりいなかったが、なんとなく完璧な関西弁や名古屋弁とは違うような気がする。なんだか、いろいろなところのが混ざっているように聞こえる。


 戸惑う二藍に構うことなく、「当たってよかったわー」と少年は陽気に笑った。


「俺はラピズィルジッド・ラジレオンっていうんですけど、ナイシの友達なんよ。久しぶりに日本支部来たから会いたいと思ったんけど、先にパートナーに挨拶することになるとはなぁ」


「らぴ、らぴ、じ……?」


 発音がよくわからずに二藍が眉尻を下げると、少年は「言いにくいよな!」と笑って頷いた。


「仲いい人らはズィルって呼んどるよ。フタアイ君もズィルって呼んでよ」


「ええっと、ズィル、くん」


「君はいらんよ。同い年なんだからなぁ。こっちもフタアイって、呼び捨てにしてええ?」


 そういうことならと二藍は頷いた。乃至は自分はファーストネームで呼ばせるくせに二藍のことは名字で呼ぶのだ。こっちの方が気が楽だし、まだ“光の塔”にきて数か月で打ち解けた知り合いの少ない二藍にとっては親しげで嬉しい。


『乃至も名前で呼んでくれればいいのに』


 同姓の者が多い“H.A”では、階級を付けない場合は多くの者がファーストネームで呼ばれるし、乃至も他の者に対してはほぼファーストネームで呼んでいるのに。


『どうして、俺だけ……』


「……乃至は今定期検診中なんです。昼までには終わると思うんですけど」


「敬語もなしでいいからいいから。そっかぁ、俺相変わらず間ぁ悪いなぁ。フタアイは私服やけど、今日はオフなん?」


「うん、任務は乃至と一緒に行くから、俺も今日は休みなんだ」


「そっか、よかったわぁ。じゃ、ちょっと話せえへん?どっか入って」


 二藍は二つ返事で了解した。食堂にでも行こうかと思いふと辺りを見回して、二藍はしばし固まった。

 廊下の端で立ち話をしていただけなのに、二人の少年を遠巻きにして人だかりができていた。


「え、なに、なんで、」


 何かしでかしてしまったのかとパニックになる二藍に、ズィルは陽気に笑った。


「ごめんなぁ、俺、有名人なんよー」



 乃至と同い年で幼馴染、明るい茶髪の少年は朗らかに笑う。


「実は、ラジレオン家の当主なもんで」


「……はい?」


 ―――今、なんて言った?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ