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春は無慈悲な時の女王  作者: メイア
第二章 傷は優しい君の噛み痕
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3-5 フロルティア・アイゼン

あのひとたちはどこかおかしくて、わたしのことはみていない。


あのひとたちはかがやくようなうつくしさで、わたしはよろこんでそのてをとった。


あのひとたちはとてもたのもしくて、わたしはなぜだかすごくかなしい。


ないているのはどっちなのかしら。



[5]


「というか、誰かもっと早くに教えてくれればいいのに。間抜けなこと言っちゃって、乃至に思いっきり笑われましたよ」


「乃至と烏有の後見人は私の伯父で、あくまで名目上の姉弟ですから、そんなに有名なことでもないんですよ。まあそれでも、日本支部や中国支部の方ならほとんどが知っているとは思いますが…」


 フロルが笑いながら紅茶を二藍達の前に置く。任務がオフの今日は朝から烏有とともにフロルの書類整理の手伝いをしていたのだ。ちなみにいつもは一緒に手伝いをするはずの乃至は、昼過ぎまで健康診断で別行動をとっている。


「じゃあ結局、フロルさんと乃至と烏有の三兄弟っていうことなんですか?」


「いいえ、私には別に血の繋がった弟がいます。…残念ながらそこまで仲は良くないのですが」


「フロルお姉さまがしょんぼりする必要はないですよ。チェスティルトさんは天邪鬼なだけだと思います。」


 烏有は困ったように眉尻を下げたフロルに憤慨しながら紅茶を啜った。しかしすぐに涙目になってカップから口を離す。自分が猫舌であることを忘れていたらしい。

 そんな義妹に微笑むと、今日もお手伝いありがとう、と言い残してフロルは退室する。ルストゥルトゥ大佐の専属秘書を務める彼女は、オフで暇を持て余している二藍達とは違い忙しいのだから引き留めることはしない。


「フロル姉様の弟――一応私の弟でもありますが――は、今は中国支部にいらっしゃいますから、二藍さんもそのうち会う機会があるんじゃないですか。正直、ずっと私たちと接していたのに気付かなかったのにはびっくりですけど、愛染家は後見人が同じなら血が繋がっていなくても兄弟として扱われますから、分からないのも無理はないのかもしれないですね」


 フォローのようなそうでないようなことを言いつつ烏有がサンドイッチを頬張る。いつもはお茶菓子だが、既に正午になった今は助かる。

 烏有が紅茶を冷まそうと一生懸命息を吹きかけているのを横目で見つつ、二藍は紅茶を含む。口の中にフルーティな香りが広がる。茶葉もいいのだろうが、フロルの腕もいいのだろう。


「烏有と乃至の後見人はフロルさんの伯父さんなんだよね?っていうことは、フロルさんの後見人も伯父さんなの?」


「姉様のお父様はもうお亡くなりになっていますから…お母様の方は能力者ではないので、後見人にはなれなかったようですね。詳しい成り行きは知りませんが、姉様は、実弟のチェスティルト様を除いて実家とはほぼ絶縁状態みたいです。愛染家自体とも、最低限の付き合いしかしていないらしいです。……非能力者の姉様があの能力至上主義の一族の中でどういう扱いを受けたのかは、知りたくもありません」


「そ、そうだったんだ…」


 どうやらまずいことを聞いてしまったと二藍は口ごもる。


「……。愛染家の一員の私が言うのもなんですが、あの家はドロドロしていて落ち着かないです。烏有も、二藍さんみたいにすればよかった。どうしても愛染の姓にしないといけないわけじゃなかったのに…」


「烏有…。でも、フロルさんや乃至と兄弟になれたのも愛染家に入ったからだろ?二人とも本当に烏有のこと大切にして―――」


「違います、あの二人は……!」


 初めて声を荒げた烏有に二藍は目を丸くした。薄紅の唇を引き結び、それ以上は言うまいと耐える少女の、異形の瞳は僅かに潤んでいる。

 更に地雷を踏んでしまったらしい。自分のうかつさを呪う。出会ってからそれほど長く過ごしたわけでもない二藍が、烏有たちの事情に通じているわけもなく、かといって踏み込んでいいわけではない。

 知らない人に家の一般論を振りかざされることの辛さを、家庭内どころか一族内でも不和に置かれていた二藍はよくわかっていたはずなのに。


「……」


 迷った末に、二藍はトレイに載ったサンドイッチを一つつまむと、それを真一文字に引き結ばれた烏有の唇に押し当てた。

 突然のことに烏有は大きい瞳をさらに見開いている。


「あ、あーん…」


 固まってしまった少女にやっぱり駄目だったかと思いながら、二藍は明らかに気まずさを滲ませた声で口を開くように促した。

 二藍がまだ幼い時、泣きそうになったり駄々をこねたりするのを我慢していると、幼馴染の初雪がいつもこうして食べ物を口に突っ込んできたのだ。それは今烏有に突き付けている様子よりはだいぶ乱暴…力強いものだったが、人が単純なのか二藍が単純なのか、咀嚼しているうちに不安定だった気持ちが落ち着いたものだ。


 烏有は二三度瞬きをした後、大きく口を開けて、具のソースが頬につくのも構わずがつがつと食べ始めた。勢いのよさに指を外すのが遅れて、指を噛まれる。「あでっ!」と二藍の間抜けな声に、ソースを両頬につけたまま、烏有が楽しげに肩を震わせた。

 サンドを口に入れたまま、声もなく笑っている烏有に安心しつつ、二藍は布巾で烏有の顔を拭いてやった。どうやら、上手くいったみたいだ。




**************




 サンドイッチを食べ終わり部屋を出る。ティーカップやトレイを洗って返すのは代わりばんこの当番制にしていて、今日は二藍の番だった。それじゃあと給湯室に行こうとした二藍の袖を、烏有が掴む。


「――――、」


 振り向く前に耳元に囁かれる言葉に、思わず固まる。


「うゆ、」


 呼び止める前に、振袖をたなびかせて烏有は廊下の向こうへと走って行ってしまった。

 トレイを抱える二藍は追いかけることもできずにその場に立ち尽くす。



『姉様も兄様も、冷たい人だと烏有は思います』

『二藍さんも、いつか分かるときが来ます――…』



 彼女の残した言葉が、頭に響いていた。



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