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春は無慈悲な時の女王  作者: メイア
第二章 傷は優しい君の噛み痕
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3-2 愛の重さ

君が生きていてくれますようにと、

私は今日も君に重荷を背負わせる。


あの子の分まで生きてほしいと、

私は今日も君を地獄に縛り付ける。



[2]


「二藍、残りの敵の居場所、わかるか?」


 深い森の奥での闇の討伐任務の最中、乃至はいつも通り二藍に声をかける。先ほど倒した闇は二体。どれもD、Eクラスの敵で、この数なら能力者のランクがBの乃至の敵ではない。晴れて養成学園を卒業し、乃至のパートナーとして経験を積もうとしている二藍にはちょうど良い練習の機会だった。結局二藍が乃至の援護を受けながら倒したのは一体だけだが、デビューから三か月の能力者の姿としては上出来だと乃至は笑う。


「えっと…二、三体……二時の方向、かな?」


 目を閉じて、周囲の気配に感覚を研ぎ澄ませば、微かな熱量を感じる。学園では本物の闇との戦闘は行われないため、卒業後に実地で養っていく能力者の力の一つが、闇の探知能力だという。上級者であればたいして集中もせずに、戦闘の片手間に闇の居場所を知ることができるが、二藍はまだそうはいかない。乃至に安全を確保された状態で立ち止まり、全神経を集中させて、それでもようやく六割程度の確率で当たるようになった。


「正解。二時の方向に二体いる。最近よく当たるようになってきたんじゃないか」


「そうかなぁ、この前は間違えたけど……」


 謙遜でもなく本当のことを言えば、乃至はくすくすと笑った。


「共鳴してから半年でこれなら上等だって。普通はもっとかかるものだよ」


「…ありがと」


 惜しみない讃辞に少し照れながら二藍は謝辞を返す。

 乃至は人をほめて伸ばすタイプだというのは、パートナーになってから知ったことの一つだ。勿論厳しいことも時には言われるが、基本的には他人に対して乃至はとても甘い。

 二藍のパートナーとなることが決まったのち、乃至は就任したばかりの日本支部二番隊隊長の位を降り、ルストゥルトゥ大佐の直接の指揮下にある一番隊の所属になった。各支部の花形である一番隊への転属は他の隊長格と同等の栄誉らしいので、全く気にする必要はないと二藍は以前念押しされたことがある。最初は二藍を気遣って言っていることかとも思ったが、それは違うと今は理解している。実際、“H.A”の中での一番隊の隊員に対する人気はすごいものだった。乃至のおまけとして一応一番隊の所属になっている二藍は別として、少数精鋭の一番隊にいるのは誰もがA、Bクラスの上級能力者のみ。

 そんなエリート部隊に加えて、乃至はこの容姿だ。パートナーになってから自分につきっきりにさせてしまっていることが周りの嫉妬を買っているのではないかと、若干二藍は居心地が悪い……。


「向こうにいるのはカレン大尉だろうな。俺たちも加勢しよう。行こう」



 走り出した乃至の後を慌てて二藍は追いかけた。林立する木々の間を縫うように進んだ先、少し開けた広場のような場所で、二体の闇を相手に一人の白人の女性が日本刀を振るっている。


「来てくれたか、愛染中尉!鎌木兵曹!」


 相手の棒状の武器を弾き飛ばしながら彼女が叫ぶのと同時に、いつの間にか腰に付けたボックスを開けていた乃至が指先で無数の水球を弾く。水球は空色の光を纏いながら少し離れたところでボウガンを構えていた闇の身体を穿った。

 闇が落としたボウガンに二藍は二本のナイフのうちの一本を打ち込んだ。ナイフの柄尻から伸びる紫色の糸がボウガンに複雑に絡みつき、闇が再び拾い上げても発射することを阻んだ。武器を失い無防備になった闇の首元に、二藍はもう一本のナイフを投げつける。空を切る音とともに闇に食い込む鈍い音。続いて闇の断末魔が森にこだまする。二藍は知らず顔をゆがめた。闇をせっかく倒すことができたのに、この人間じみた悲鳴のせいで気分が晴れることがない。人間を擬態する闇の習性が、こういう時には本当に嫌になる。


 白人の剣士――カレン大尉が戦っていた闇もほぼ同時に倒された。呻き声をあげて痙攣しながら、地面に横たわり血を吐き出し続ける姿は、やはり気持ちのいいものではない。


 数秒後には二体とも完全に息絶えたのだろう。血まみれの体が光の粒子へと指先から崩れるように変わっていく。三人の能力者を照らすように周囲に蛍のような光が揺れ、そして消えていく。


「ありがとう二人とも。近距離と中距離の敵の組み合わせは少々厄介だった」


 刀の血を払いながらカレンは赤い唇を釣り上げた。今日の任務はこれで終了だ。二藍には所々擦り傷や切り傷はあるが、こんなの怪我の内には入らないだろう。カレンと乃至は少しの傷すら負っていないのは当然ともいえる。マルクに迎えの連絡を入れながら、二藍は安堵の息をもらした。よかった、今日は誰も、死んでない。




****



「あっ!兄様、二藍さん、おかえりなさい!」


 報告に行くというカレンやマルクと別れた二藍達は、自分たちの部屋の前に立っていた烏有に笑顔で出迎えられた。


「ただいま」


「ただいま、烏有(ウユウ)。どうしたんだ、その紙袋」


 乃至は自分より頭一つ分ほど低い位置にある妹の頭を撫でながら、彼女が抱えていた大きな紙袋をちらりと見た。烏有は喉をゴロゴロと鳴らしながら――さすがジェメッラが“ネコ”なだけある――目を細めて気持ちよさそうにしている。この数か月で二藍はもう慣れたが、相変わらずこの兄妹はシスコンでブラコンだ。


「ミュウールさんからの預かりものです!」


 烏有は紙袋をずいと突き出しなんでもないことのように言い放つが、それを聞いた瞬間乃至の顔色が一変した。撫でるのを止め、烏有――いや、視線からして紙袋だろう――から数歩後ずさる。


「わ、悪いが烏有、今度会ったときでいいから本人にそのまま返しておいてくれないか……?まだ、大丈夫だから……」


 明らかに動揺した声で(というよりも震えた声で)乃至が告げると、烏有は怒ったような声を出した。


「兄様!せっかくミュウールさんが忙しい時間を割いて作って届けに来てくれたんですよ!」


「あ、いや、それは感謝しているんだが、その……」


 溺愛している妹になじられ、乃至はしどろもどろに弁明している。


「……というか、ミュウールさんって、誰なの?」


 どうにも乃至が可哀そうで二藍が少しでも話の流れを変えようと尋ねると、烏有はぱっと表情を明るくした。


「兄様の専属治癒士(セラピスト)です!」


「……俺は一度も了解した覚えはないがな」


「ええっと、治癒能力者ってこと?」


「はい。今は中国支部に出張中ですけど」


 “専属”なのに乃至から離れてていいのだろうかと疑問には思うが、まあ自称だからその辺はしょうがないのだろう。


「でも、離れている今だってこうして兄様のための栄養ドリンクや栄養剤を調合して届けてくれるんです!」


「え、それ栄養剤なの?良かったじゃん、乃至」


 烏有の抱える紙袋の中身は乃至のための栄養剤らしい。しかも治癒能力者によって調合されたものなら効果は抜群だろう。

 しかし乃至は青白い顔を歪めた。


「鎌木、言っておくがあいつの能力は傷の治癒であって《それ》の調合はただの趣味だ。そして、《それ》は生き物が飲むような代物じゃない」


「……うーんと、あんまりおいしくはないってことかな?」


 乃至のあんまりな言い様に二藍が苦笑すると、乃至はぐっと眼力を強めて二藍を見据えた。睨まれているわけではないが、人間離れした美貌なだけに迫力があって、正直怖い。

 しかし乃至の眼力も妹には通用しなかった。


「兄様、良薬口に苦しですよ。おいしくなくても、駄々捏ねないでください」


「美味しいとか、まずいとか、そう言う次元のものではないんだ!」


 呆れたような烏有の口調に乃至が悲鳴を上げる。


「でも効果はしっかりあるんですから。この前兄様がこぼした栄養剤を試しに姉様と一緒にラットにあげたら、筋肉質なむっきむっきの身体になったんですよ。すごいじゃないですか」


「烏有は、俺にむっきむきになってほしいの……?」


「むっきむきになるかはともかく、兄様は痩せすぎなんです。そんなんじゃ闇につかまったらぽっきり骨折られちゃいます!」


 途方に暮れた乃至に烏有は辛辣に言い放つ。

 そしてとどめとばかりに、


「しかも筋肉量は、もう二藍さんに負けてるんですよ!それでもいいんですか兄様!」


 

「……飲みます」


 可愛い妹にプライドをずた襤褸にされ、乃至は泣く泣く紙袋を受け取った。

 二藍は引き合いに出されたことを気まずく思うが、本当のことではあるのだ。成長期の少年らしく二藍は背丈も体格も日に日に逞しくなっている。平均より若干小柄であったが、今は平均、もしくは平均以上かもしれない。…二藍にしてみれば、背丈は平均ほどあるにせよ乃至が何故その細い体で格闘技をできるのかが不思議なほどだ。乃至がもっと肉付きをよくした方がいいのは誰の目にも明白だった。


「……重い」


「愛の重さです、兄様」


 ぼそりと呟いた乃至の文句を烏有はぴしゃりとはねつけて、そしてふと思い出したように声を上げた。




「そういえば兄様、近いうちに、ズィルがこちらに来るとのことです」





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