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春は無慈悲な時の女王  作者: メイア
第二章 傷は優しい君の噛み痕
50/64

2-12 顛末

―――そして想いの行く末は、



[12]



「いいのかい?彼女についていなくて。恋人なんでしょ?」


「誰が恋人だ。誰が」



 茶化すように隣に座ってきた濃い灰色の髪の少年を俺は軽く睨み付けた。


「やっぱり君って素直じゃないんだね。そういうのはやめた方がいいよ。相手からしたら相当面倒くさいらしいし」


「うるせぇな!こっちにも事情があるんだよ!」


「血のつながらない姉弟(きょうだい)だって?」


「……もう、なんで知ってるんだとかお前に言っても無駄なんだろうな」


 この得体のしれない存在はどこまで知っているんだろう。全部知ってるんじゃないだろうかと思うが、仮に知っていても別に問題がない気すらしてきた。多分だけど、誰かに言いふらすことはないだろうし。


「大丈夫、俺が知っていても、二藍は知らないよ。君たち二人が何となく似た者同士って思っているみたいだけど」


「……今、フタアイに戻ってくれないか」


「いいの?」


「ああ、頼む」


「まあ、今回は僕の事情にも少しは巻き込んじゃったみたいだし、貸しにはしないでおくよ」


 そう憎まれ口をたたいた後、彼は口と目を閉じて、少しの間動きを止めた。穏やかな風が頬を撫でると同時に、髪の毛の色が薄くなり、淡い灰色に戻る。目蓋が震え、開かれた瞳の色は淡い茶色だ。


「あれ、俺、なんで空き教室に…?」


 呆然と辺りを見回しているフタアイに、俺は口を開いた。


「フタアイ、俺の話を聞いてくれないか」


「……カフ?」


「大したことはない、とは言えないけど、お前に聞いてほしい」


 ずっと一人で抱え込んできた胸の内。幼い頃の短絡的な自分の過ち。

 誰かに話したくて、でも家同士の熾烈な争いが繰り広げられる“H.A”では、いつ誰の耳に入ってしまうかわからなくて、どんなに仲の良い友人ができても、打ち明けることはできなかった。


「…わかった。俺でよければ、聞くよ」


 真剣なその声に、何故か少しだけ泣きたくなって、俺はフタアイのほうを見ないままに掠れた声で「ありがとう」と呟いた。




*****





 カフカンド・トレフスキーの四歳までの名前は、カフカンド・ヴェルグステスだった。

 治癒能力者の家系として有名なヴェルグステス家は、“H.A”創設時代までその系譜を遡ることのできる伝統ある家門だ。カフカンドの本当の両親は数代前に家督争いに敗れた者の子々孫々で、恐らくカフカンドの子どもか孫かの世代で芳しい成果を出せなければヴェルグステスの家名も剥奪され、分家として切り離されてしまっていただろう。

 そんな状態でも、放置されるほど“H.A”は甘くはなかった。両親が激化した戦場に本家中枢の命令で出兵して、そのまま帰らぬ人となった。恐らく共鳴前のカフカンドを引き取ってくれた義父の温情がなければ、共鳴後に能力が頭角をみせた瞬間に事故か何かを装われ殺されていただろう。

 トレフスキー家の両親は、ヴェルグステスの両親と旧い友人であったと知ったのは、最近のことだ。


 トレフスキー家の家督である義理の父親の跡目を継ぐはずだったのは、たった三歳で共鳴し才能があると評価されていた、ナタリア・トレフスキーだ。攻撃系能力者であれば、トレフスキー家では女であろうと家督になれる。カフカンドが共鳴後に開花させる能力が治癒系であろうと攻撃系であろうと、ナタリアが家督になるのだから何の問題もない。そのはずだった。


 カフカンドが七歳のとき、事件は起こった。

 カフカンドがナタリアに泣きついてしまったことがきっかけだった。

 一片の骨も遺さず、死ぬのは怖いと、いってしまった。

 彼女は、父親に意見した。どうして世界のために自分たちが戦わなければいけないのか、と。どうして犠牲になるのが私たちなのか。誰にも感謝されずに、存在を表舞台から抹消してまで、どうして私たちが世界を守らなければならないのか、と。

 

 “H.A”ではその思想は異端どころではない、禁忌ともいえる物だった。彼女は一週間ほど折檻を受けたが、決して折れることはなかった。子煩悩だった両親が断腸の想いで彼女に下したのは、トレフスキー家からの離別だった。彼女はトレフスキー家の分家筋の最末端、ティレフス家の養女となり、残されたカフカンドがトレフスキー家の次期家督となる。

 しかしナタリアがいなくなってすぐに開花したカフカンドの能力は、攻撃系の家門であるトレフスキー家にふさわしくはない、治癒能力。当時六歳のカフカンドは良く覚えていないが、彼の次期家督を認めるか否かで揉めに揉めたらしい。結局は次期家督として今も育てられているが、未だに良い顔をしない者達も多い。もう数年たてば、今度は伴侶選びでまた揉めることだろう。


 現に、カフカンドの義父の兄の妻、ナタリアの伯母は不満を持っており今回のロベルト・サンチェスの件にもかかわっていたようだ。


「俺はナタリアを追い出した。俺を引き取ってくれた今の両親には、恩をあだで返すようなまねをした。ナタリアに、俺は恨まれていると思っていた」


 ナタリアの“氷姫”の噂は知っていた。中等部で広まり始めたそのあだ名は、成長するにつれ磨きがかかったナタリアの美しさに対する女子たちの多少の嫉妬も混じったものだったが、無表情で寡黙な様子を体現したものだった。ナタリアがまだトレフスキー家にいたころは、彼女ははつらつとして、リーダーとしての器のある堂々とした少女だったのだから、その責任はあんな事件を起こしたカフカンドにある。とはいえ、もう何年もたった今、カフカンドにできることはなかった。ただ彼女とかかわらないように、トレフスキーの名を失った彼女の目に留まり、古傷を抉らないようにすることが一番だと思っていたのだ。……なにより、彼女と再会した時、自分が何をしでかしてしまうかわからなかったというのが一番だ。


「ナタリアの未来をつぶしたくせに、温かい家庭から引き離したくせに、俺は、彼女を、」


 両親を一度に失くして、もうすべてがどうでもいいと思って、ただ早く死んだ両親のもとに行きたいと願っていた日々があった。自分の世界を失って、生きる屍のようになっていたカフカンドをこの世に引き留め続けたのは、養子先の一つ年上の少女。毎日飽きもせずに自分に構い、一言も喋らないカフカンドの傍らで延々と自分が描いた絵やお気に入りの絵本の少女チックな空想話を続けていた。

 初めて少女の前で口を開けば、なんだかんだで体当たりされて、『一緒に居たい、そばに居たい』と叫ばれて。ラグに打ち付けた額は痛いし耳はキンキンするし、迷惑だと幼いながらに思ったのだが。



「彼女の、そばに居たいと思っているんだ。もうずっとまえから、想い続けている」


 何故だか、自分も彼女と『一緒に居たい、そばに居たい』と思ってしまった。大好きな両親に会うよりも、今は彼女の手を握っていたかった。


「この前、数年ぶりに言葉を交わして、彼女が俺を恨んでいないことを知ってしまった。彼女はまだ、俺を大切な者として扱ってくれる。嬉しくてうれしくて、それ以上を望んでいる自分に気づいて、吐き気がした」


 また彼女とともにいられるのではないかという微かな、けれど自分がしでかしたことを思えば許されるはずもないその期待に、その浅ましさに嫌悪感が募った。


「もういっそ、憎んでくれたほうが良かったかもしれない。そうすれば諦めもついたし、贖罪もできたかもしれない」


「ナタリアは、なんでカフを恨んでいないんだろうね」


 それまで黙っていた二藍からの言葉に、俺は彼の方を振り返る。嫌味でも皮肉でもない、真剣な目と目が合った。


「血のつながりがあってもなくても、家族っていう存在はもちろん大事だし、俺にも姉さんいるから兄弟愛とかも理解できるけど、でも普通、無表情になるくらい人生歪められたら、少なからず恨んでると思う」


 フタアイはその淡い色合いの外見とは裏腹に、言うときははっきり言うし、頑固なところもある。今日も少し毒舌なところがあるが、変に気を使われるよりもありがたかった。


「なのに、全く恨んでいる様子はない。そういうの、隠すようなことナタリアはしないと思うし、たぶん本当に恨んでないと俺も思う。ってことは、ナタリアには、今までの自分の境遇の不幸を上回るぐらいに大事なものがあるってことなんじゃない?」


 なんて、ちょっと誘導じみてるけどさ。

 そう苦笑するフタアイの真意を分かろうと見つめれば、照れくさそうに頭をかいた。


「なんというか、二人とも顔合わせて話した方がいいよ。聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるんだけど」


「は?どういう意味だよ」


「そのまんまの意味だよ…家とか、跡取りとか、俺はまだ“H.A”のそういう事情には疎いから無責任なことは言っちゃいけないんだろうけどさ、……ナタリアが“おとうと”の話をするときの顔は、無表情じゃなかったよ」


 俺が言えるのはここまでだからね!そう投げやりに言い切り、フタアイはいつも通りの柔らかい笑みを浮かべた。




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