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春は無慈悲な時の女王  作者: メイア
第二章 傷は優しい君の噛み痕
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2-8 奔走

―――孤独の病は伝染するのか?



[8]




「…貴方、誰……?」


 呆然として呟いた私に、目の前の少年は優雅に微笑んだ。それはフタアイがいつも浮かべるはにかんだような少年らしい笑顔とは正反対の、どこか老獪さを思わせる余裕に満ちた笑みだった。一瞬で何が起こったのかは分からなかったけれど、彼はフタアイではない。それだけは明らかだった。



「初めまして、可愛いお嬢さん。訳あって名乗ることはできないけれど、いつもフタアイがお世話になっているね」



 そのセリフもフタアイが言う内容ではない。やはりフタアイとは別人か。


『……二重人格?それとも、誰か別の能力者がフタアイの精神に干渉してる?』


 警戒したほうがいいと、心の底からそう思う。

 黙っていると、彼は困ったように小さく笑った。


「そんなに警戒しないでくれ。取って食うわけでもないし、これでも君には感謝しているんだ。フタアイを一人にしないでくれてありがとう」


 いつも通りの無表情を装っていたはずだが、そんなものは通用しないらしい。感謝の言葉も、どうにも胡散臭くて信じる気にはなれない。


「まぁ、そんなわけで僕としてはこれからの君の災難は不本意なものではあるんだけど、どうしようもないんだ。頑張ってとしか言えないし、君達に謝る気もない」


 目の前の男は立ち上がった。フタアイよりも濃い茶色の瞳が光を反射して煌めく。何を言いたいのか、全く分からない。災難?私の?



 がらりと、ノックもなしに廊下とつながる扉が開く。教室の中へ入ってきたのは、いつかの背の高いブロンドの少年と、その取り巻き。私の旧姓を知っていた生徒だ。


「それじゃあ、僕はこれで」


 少ない荷物を手にとって、張り付けたような笑顔を浮かべてフタアイ――いや、正体不明の男は私に手を振る。少し驚いたような三人組の男子生徒たちにまで笑みを振りまき、爽やかに教室を出て行った。



『……おいて行かれた…』


 会いたくなかった三人組よりも、まるでフタアイに見捨てられたかのような錯覚を覚えたことでのショックの方が大きかった。


 ああ、おいて行かれるって、結構つらいんだ。




********



「ナタリアさん!?」


 

 廊下の角を曲がった銀色の髪に、私は咄嗟に声を上げた。彼女を探して校舎内をうろうろと歩き、人気のないC棟に立ち入った時だった。


 けれど、私の声に反応して曲がり角から戻ってきて姿を見せたのは、少し釣り目気味の少年だった。銀髪は銀髪でも、ナタリアの透き通るような白味の強い銀ではなく所々緑が混じる銀色で、能力者では珍しいことではないがグラデーションになったミックスだ。瞳の色も彼女のアイスブルーとは違い黒曜石を思わせる黒色だった。

 呼び間違えて顔に血が集まるのを感じる。彼女がなかなか見つからないのに焦っていたけれど、いくらなんでも男子と女子を間違えるなんてとんでもない。恥ずかしい。



「す、すみません、人違いで―――」


「ナタリアの、知り合いか?」


「え?」


 少年の思わぬ言葉に赤面していた顔を上げる。ナタリアをファーストネームでを呼び捨てにしている人など、この学園では今まで会ったことがなかった。


「知り合いか、そうじゃないのか?」


「し、知り合いです!」

 苛ついた声に思わず敬語で返してしまう。よく見れば彼の息は切れていて、表情も険しい。


「あいつが今どこにいるのか、知ってたら教えろ」



 所々怒りが滲むその声と偉そうな言葉遣いに、私は腹が立たなかった。


 『だってこの人、すごく余裕がない』


 あまりにも必死なその様子に同情さえ覚えてしまうほど、彼は痛々しかった。


「分からない、私も今探しているの。通信機も連絡取れない」



 その言葉を聞くと、ぎりりと唇が噛みしめられる。


「くっそ、どこに――――」



 彼が悪態をついたその瞬間、どん、と上の階で何か重いものが倒れたような音が響いた。

 私たちはそろって上を向き天井を数秒見つめて、


「五階……!」



 教室を飛び出して廊下を走る。階段を一段抜かしで駆け上がり、五階の廊下を疾走し、目当ての教室のドアに手をかけた。開かない。



「ナタリアさん!ナタリアさん!いる!?ここ開けて!」


 ドアをばしばしとたたき声をかけるが、返事はない。さっき、物音が確かにしていたはずなのに。


「おい!どけ!」


 私の後ろから少年が勢いをつけてドアに体当たりした。震動とともにドアがたわむが、押し破れない。ある程度の筋肉はついているし背も高いが、戦闘クラスの男子たちのようにがっしりとした体付きでないことから、彼が術系か、支援系のクラスの生徒であることは明らかだ。そもそも学園と言えど軍事施設の設備はそうそう壊せるものではない。


『ジェメッラがあれば……』



 悔しくて唇を噛みしめる。一定の水準に達しないと、武器系の能力者はジェメッラの常時保持を認められず、また術系の能力者は制御具を付けられ、自由に能力を行使することを許されない。


 武器系の能力者が達すべき基準は、共鳴を局地的に強く響かせる(・・・・)こと。協響一致(コンチェント)を自由に起こせることだ。

 魂動(アルマ)魄動(コルポ)を部分的に限りなく一致させることで、生身の人間では到底耐えることのできない負荷への対抗や、通常ならあり得ない身体能力の発揮などができる。特に武器系の能力者はこれができるか否かでこの学園を卒業できるといってもいい。


「くっそ、開かねえ。おい、お前ジェメッラは持ってないのかよ」


 こちらを振りかえる銀髪の男子生徒に、私は首を振った。


「ごめん、私まだ協響一致(コンチェント)はできないの。……そういえば、ナタリアさんもまだできないわ…」


 ナタリアがもし本当に危ない目にあっているのなら、対人格闘術でも優秀な彼女であろうとも相手が協響一致を使えばひとたまりもない。その事実に気付いて、さらに血の気が引いた。


「……わかった。少し離れてろ」


 彼も同じ気持ちなのだろう。私を少し下がらせると、ブレザーの内ポケットから何かを取り出した。罫線の入った数枚の紙切れ――メモ用紙、のようだ。

 眉をひそめて睨むように数秒だけそのメモを見つめ、一枚だけ残し他の物はまたしまいなおした。ちらりと見えたメモ書きに、私は今度は自然と数歩下がった。血文字に見えたのは、何かの間違いだろうか。


 屈んで靴にメモ用紙を挟み込む。何をしているのか、わけがわからない。そもそもこの少年の能力さえ私は知らないのだと思い出す。


 ぎゅっ、と小さな音を立てて彼の靴が廊下の床を滑る。後ろに片足を引き、重心を軽く前方へ。片腕を胸の前に小さく構えて体の軸を整え、息を吐く。


「はぁっ!!」



 気合とともに鞭のように右足が呻り声をあげてドアに叩き込まれる。ばきりと嫌な音を立ててドアがひしゃげ、もう一度軽く蹴れば周囲にわずかに埃を巻き上げてドアは完全に外れた。教室の床に大きな音とともに沈みこんだドアの残骸。彼は見事にドアを蹴破ったのだ。




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