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春は無慈悲な時の女王  作者: メイア
第二章 傷は優しい君の噛み痕
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2-7 不在

―――もしそれも悲劇の一つだというのなら、僕はそれを止める理由を持たない。



[7]



「あら?ナタリア・ティレフスさんはいないかしら?放課後、約束していたのだけれど」



 数人の生徒ばかりが残る放課後の教室にやってきたのは、教官補佐をしている学園の職員だった。いかにも人当たりのよさそうな彼女は時々私も見かける親切で評判の良い職員だった。進路関係の資料をナタリアに渡す約束をしていたらしい。

 今日の昼休みが始まってから、ナタリアの姿は見ていない。教官たちの会議が開かれるから今日の午後の授業はすべて休みになっており、てっきり寮室に帰ったものだろうと思っていたのだが、あのナタリアが人との約束を忘れるとは考えにくい。何かほかに急用でもできたのだろうか。



「あの、ひとまずナタリアさんに連絡してみましょうか?」


 そう提案すれば、彼女は安心したように「ありがとう、アルティスさん。助かるわ」と笑った。


 学園では一人一つ、簡単な小型通信機器が配給される。電話、メールと軽いデータのやり取りができるものだ。なかなか勇気が出ないので雑談などはしたことがないが、以前に電話番号とアドレスだけは交換していたのが功を奏した。さっそく電話をかける。


「………」


 何度目かのコール音の後、お決まりのセリフが流れた。電波が届かないのか、電源が切れているのか。


 申し訳なく思いながらそのことを告げれば、変わらずに笑顔で出直すと言って職員は出て行った。嫌な顔一つしないところは、さすがである。


『………なんか、嫌な予感がするな……』



 失礼なことを言うようだが、ナタリアはこの学園でリリア以外の人と滅多に話さない。友人と呼べるのも、恐らくかろうじてリリアが含まれるか否かというところだ。この学園の生徒は、基本的に放課後の予定が限られたものになる。部活動か、図書館へ行って勉強か、友人とおしゃべりでもしながら過ごすか、自室へ戻るか、ぐらいである。全寮制かつ外の世界と遮断された“H.A”という環境的な要因でそうなるのだ。ナタリアはどの部活にも所属していないし、図書館にいることも少ない。友人関係は前述のとおりだ。いつも放課後はそのまま自室に帰る姿をよく見かける。だから、学園の職員と会う、などという特別な予定を、果たして忘れるだろうか。


『……何か、あったのかな』



 ここのところ、ナタリアの様子に特に変化はなかったと思う。寧ろ最近は顔色がいつもよりは良かったし、二か月ほど前の呼び出しからどことなく元気がないように見えていたから安心していたくらいだ。


『少し、校舎の中を探してみようかな』


 たくさん思い当たる訳ではないが、もしかしたら彼女がいるかもしれないと思う程度の場所はいくつかある。今日は友人たちとおしゃべりする以外の予定もないし、行くだけ行ってみようとリリアは教室を後にした。




**********




「どういうことだ!!」



 胸ぐらを掴み、小柄な体をドアに押し付ける。予想以上の軽さに驚きながらも、それどころではない。


「あいつに何があった!今、どこにいる!?」



 どうしてこいつがナタリアのことを知っているのか、どうして俺に伝えに来たのか、そんなことは後回しだ。ナタリアを連れて行った三人組はきっとロベルト・サンチェスとその取り巻きだ。あいつらがナタリアを狙っているとは知っていたが、学園内では有名人である彼女にそうそう手出しできないはずだと思っていた。しかしそれはどうやら間違いだったようだ。



「それが人にものを頼む態度かい?」



 そう言いながら胸元にある俺の手首をフタアイ――中身は誰だか知らないが――が掴む。対して力を入れていないように見えるのに、万力のような締め付けに咄嗟に俺は手を離してひっこめた。


「僕は乱暴なことは嫌いなんだよ。暴力は悲劇しか生まないからね」



 まるでチープな平和主義者のようなその言い種に苛立ちが募る。この不気味な奴に構っている時間はない。一刻も早くナタリアの無事を確認したい。ナタリアは攻撃系能力者だし、模擬戦闘も充分に強いが、まだ一介の生徒に過ぎないのだ。三人もの能力者に囲まれればどうなるか分からない。


「ナタリアは、どこにいる……!」


 睨み付けながらそう吐き出せば、そいつは小馬鹿にしたように肩を竦め、


「さあ?どこにいるんだろう?」


 ぷちりと頭の奥で何かが切れた音がして、俺は無言でその頬を殴りつけていた。フタアイはドアに勢い良くぶつかるとそのまま廊下の床に沈む。ぴくりとも動かなくなったので気絶したのだろう。ナタリアの居場所を知らないのなら用はないのだが、考えてみればこれはまともな方のフタアイの体でもあるわけで、元に戻ったときに覚えていないにせよやってしまったという後悔が頭をよぎる。……後でこっそり謝っておこう。



「くっそ……!」


 悪態をつきながらフタアイに背を向けて走り出そうとした瞬間、足元から微かに呻き声が上がる。


「ん……あれ、俺………?」


 寝ぼけた様子のフタアイは、俺が殴った頬とドアにぶつかった頭を押さえて痛がっている。その髪の色と瞳の色は、どちらも淡色だ。


「フタアイ!!」


「え!?あれ、カフ?え、ここどこ――」


「ナタリアを!ナタリアがどこにいるか教えろ!!」


 正気であることに安堵しながらも掴みかかる勢いで問い詰める。時間を取られすぎている。早く、ナタリアを見つけなければ。


 何が起こっているのか全く分かっていない顔で、フタアイは目を丸くしている。


「ナタリア?ナタリアを知ってるの?」


「どこにいるか知らないのか?」


「いや、さっきまで一緒にお昼食べてたんだけど、なんで俺ここにいるの?空き教室にいたんだけど」


「どこの空き教室だ?」


「え、 C棟の408教室だけど」


 それを聞きおわらないうちに俺は走り出した。特別教室棟のC棟は資料室が多く、普通の生徒はあまり立ち寄らない。408教室ではないが、呼び出しスポットとして知られる部屋もいくつかあるのは知っている。そのまま408教室にいるとは考えづらいが、人目に付かない場所の多いC棟を出る可能性は低い。ナタリアの容姿は目立つし、普段から単独行動しているから連れ立って歩いていれば他の生徒たちも注目するはずだ。


『おそらく、C棟のどこかにいるはず……!』



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