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春は無慈悲な時の女王  作者: メイア
第二章 傷は優しい君の噛み痕
43/64

2-5 二つの出会い

大変お久しぶりです。

第二章書きあがりましたのでしばらく週一更新いたします。

さっさと完結させていきたいのですが、どうもうまくいきません。

これからもよろしくお願いいたします。

――空のむこうに、君の面影を求める。



[5]



「そろそろ、いい返事を聞きたいんだけどなぁ」


 頭上から降ってきた言葉とともに、腹部に重い衝撃が走る。もうすでに床に倒れていた俺は頬に擦過傷を作りながらリノウムの床の上を転がった。ちくしょう、今のはもう少し強かったら我慢の糸がぶちぎれていたかもしれない。


「ねえ、意識あるー?前回みたいに途中で寝ないでくれよ?」


 前髪を鷲掴みにされ、無理やり顔を上げさせられるとプチプチと何本か髪の毛が抜けたのを感じた。こいつ、禿になったら一生呪ってやるからな。鳥肌の立つうすら寒い笑顔を浮かべた目の前の男子生徒の見事な金の髪の毛がすべて抜ける想像をして、俺は少し笑ってしまった。それに苛ついたのか、髪の毛を強く引っ張られ、またもや床に投げ出される。


「あー。本当にめんどくさいな。サポートしかできない役立たずのくせに……」


 こいつを――ロベルト・サンチェスをかっこいいだのなんだの騒いでいるうちのクラスの女子どもに聞かせてやりたい言葉だった。戦闘系の能力者の中には非戦闘系の能力者を下に見る馬鹿者がいるとは知っていたが、ここまで堂々というやつは俺もこいつしか知らない。しかも普段は博愛主義者かのような胡散臭い猫をかぶり、何故かばれていないからなおさらたちが悪い。


「……お前は頭が悪いようだから何度でも言ってやるが、俺は家督継承権を誰かに譲る気はさらさらない。俺の能力が家門にそぐわないなら、見合う女を連れてくる」



 代々戦闘系能力者ばかり輩出してきたあの家を継ぐには、確かに俺では不足かもしれないが、戦闘系の能力者と結婚すればいいだけの話だ。子どもが戦闘系なら何の問題もない。

 こいつに、あの家をやる気はないし、なによりあいつをあんなところに連れ戻せるわけがない。“H.A”にがんじがらめにされたあの閉鎖的な場所は、どんなに華々しく見えてもその裏では何が起こっているか考えるだけでも恐ろしい。偶然にもその檻から抜け出した彼女をまた捕まえて押し込むことなど、絶対に俺は許さない。


「……苛つくなぁ、ほんとに」


 地を這うような低い声だった。いつも同じ返事しかしない俺にとうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。気に食わないが整ったその顔がいびつに歪むと同時に、俺の背中に足を振り下ろす。そのままぐりぐりと靴底で抉るように踏みつぶされ、俺の口から呻きが漏れる。


「おい、靴脱がせろ」


 俺を床に標本の虫のように留めたまま、一切の感情が消えた声で周りの取り巻き二人に命じる。俺は次に何をされるのかわからなかったが、嫌な予感に足の下から抜け出そうと体をねじる。暴れる俺を押さえつけながら靴が抜き取られ、靴下も脱がされる。二人がかりで俺を押さえつけ、ロベルトが俺の足元にしゃがみ込む。懐から取り出したのは、金属製の薄いへらみたいなものだ。



「おい、まさかお前、爪を、」


「爪を、生え変わらせてやれば、少しはその生意気な口も大人しくなるだろう」


 足の親指の爪と肌の間にそっとあてられたヘラの冷たい感触に、背筋が凍る。


「やめっ……!」


 押し付けられたヘラがその重みを増しそして――


タン、タン、タンッ―――


「先生、こっちです!誰かが、喧嘩してます!」


 人気のない空き教室ばかりのこの一帯に、突然誰かの足音と、教師を呼ぶ声が響く。ロベルトたちは顔色を変えて、「次こそいい返事を期待してるからな」と吐き捨てると廊下へ飛び出して逃げていく。勿論顔を隠すのも忘れてはいない。



「……」


 床に倒れ込んだまま、俺は動けないでいた。体は幼い頃から鍛えているから、殴られたり蹴られたりしてボロボロの見た目よりは実際の怪我は酷くはない。だから今まで我慢してきたのだ。ただ、生爪をはがされるまでこの暴行がエスカレートするとは思ってなかった。あんなふざけた計画が上手くいくとロベルトは本気で思っているのかどうか疑問だったが、どうやら彼は本気のようだ。相当な馬鹿だったらしい。

 ガラガラと俺の居る空き教室のドアが引かれ、軽い足音に目線を上げれば、灰色の髪の小柄な少年が一人、近づいてくるのが見えた。足音はその一つだけで、教師が来る気配はない。はったりだったのか。よかった。安心した矢先に、ぐらりと視界が揺れる。気が抜けた俺は眠るように意識を失った。





******





 幼いころ、姉と慕った人が、俺のために怒り、それゆえに家を追い出されたことがある。

能力者だった両親は戦いによって命を落とし、今の両親に引き取られ養子となった俺は、ひたすらに戦いを恐れていた。戦いが痛みを伴うことや、いつ死んでもおかしくないということを恐れたのではなかった。幼い俺が恐怖したのは、存在そのものがなくなってしまうかのような、その死に方だった。


 能力者は死んでも一欠けの骨さえ残らない。

 全ては世界に溶けるように霧散するという。


 実際に見たわけではないが、俺のもとに両親の体の欠片は一つとして戻ることがなかった。

 もし両親が武器を使用する能力者だったなら、形見としてその武器に縋り泣くこともできたかもしれないが、あいにく二人とも術系の能力者だった。

 両親が死んで数か月もたてば、周りはもちろん俺も新しい生活に慣れだし、それが当たり前の日常になっていた。


――まるで、初めから彼らなんていなかったように。彼らの子どもであった俺なんて、いなかったように。


 それが、怖いと思った。


 俺も戦い命を落としたら、その死体は溶け消え、俺が居たことすら忘れ去られる。

 完全な消滅は、怖い。


 姉となった人に泣きながらそれを話した俺は、なんと愚かだっただろうか。


 彼女はそのために自らの父親に意見し、家を追い出されて遠い親戚のもとへ送られた。

 まるで後味の悪い笑い話だ。引き取った子どもが、実の子どもを追い出してしまった。


 ……本当に、ひどい話だ。




***


 目を開けると、薄汚れた灰色の天井。いつも自分の寮室で見るものと同じ素材だが、汚れの具合は違う。――どこだ、ここ。


「あ、起きた?」


 覗き込んできたのは、童顔の編入生――得体が知れないと学校中で有名なカマギフタアイだ。一度遠くから見たきりだが、アジア系の生徒はそう多くはないので、髪の毛や瞳の色からしても目の前の少年で間違いはないはずだ。


「どこだ、ここ」


 無愛想にそう言えばそいつは機嫌を悪くするでもなく、自分の寮室だと返す。


「…答えたくなかったらいいんだけどさ、あれっていじめ?」


 少し気まずそうに尋ねてきて、ようやく俺は自分が暴力を振るわれて倒れたのだと思い出した。…ちくしょう、あいつらふざけんなよ。

 体を動かせば節々に痛みが走る。特に踏みつけられた背中は恐らく大きな痣になっているだろう。足は捻挫しているようだ。顔を顰めながらあちこち調べると、カマギフタアイは焦ったように、


「そんなに勢いよく動かしちゃダメだって!だいぶひどい怪我だったんだから!」


「…これ、お前が手当てしたのか?」


 ボロボロに汚れていたはずのワイシャツは脱がされ、所々に貼られた湿布や絆創膏の類に、枕元に置かれた消毒剤とコットン。寝ている間にほとんど手当が終わっていた。だが、これは……


「下手だな。まるで素人だ」


 バッサリと切り捨てると、カマギフタアイは顔を少し赤らめて、ムッとしたように唇を引き結ぶ。


「まるでも何も俺素人なんだけど!まだ手当の授業受けてないし!救護室に連れて行かなかっただけでも感謝したらどうなの」


「…なんで、連れて行かなかったんだ?普通は自分の部屋に連れてきたりしないだろ。」


「だって、あいつら君に『次こそはいい返事を期待する』って言ってたろ?今まで何度かこういうことがあって、先生に言わないのも何か事情があるからだって思うじゃないか」


「……手当は下手でも頭はそれなりに回るんだな」


「なにそれ褒めてんの貶してんの…」


 カマギフタアイは呆れたように肩を落として溜息をついた。俺はそれを横目に見ながら、包帯の巻かれた左手首に右の掌を沿わせて、力を込める。僅かな体温の上昇とともに、俺にしか聞こえない俺のジェメッラの魂動アルマを聴き、自分の魄動コルポとより深く共鳴するように精神を穏やかにしていく。人によってそれぞれだが、俺がこの時にイメージするのは雪と静寂が支配する故郷の林の風景だ。懐かしくて愛おしくて、でももうずいぶんとおぼろげになってしまったイメージを、俺は無心に念じ続ける。

時間にして僅か数十秒。俺は患部から掌を離し、歪ながらも懸命さの伝わる包帯の結び目を解いてほどいていく。カマギフタアイは何も言うことなく、黙ってそれを眺めていたが、包帯の下から現れた痣も腫れもないまっさらな手首を見て感嘆の声を上げた。


「治癒能力かぁ。初めて生で見たけどこんなに短時間でできるんだね」


「このくらいの傷ならな。出血があると倍はかかる」


 そう答えて体のあちこちの傷を治し始める。少し体を動かすだけであちこちが軋むように痛む。あいつら、人が治せるからって好き放題やりやがって。眉を顰めながら手近なところに手を当てる。


 二、三か所終わったあたりで、すっかり放置していたカマギフタアイが声をかけてきた。


「それ時間かかりそうだし、俺シャワー浴びてきていい?」


「おー。別にいいぞ」


 気のない俺の返答にも全く感じることなくカマギフタアイは個室のシャワールームに向かう。それを見送りもせずに、俺は再び治癒に専念する。

 しかし五分もたたないうちに俺の額には汗が浮かび始めた。思っていたより出血していた場所が多い。能力は万能ではないのだ。能力を使えば使うほど体と精神は疲労し集中力も低下するから効率も悪くなる。

 舌打ちをして一旦治療の手を止める。傷は明日までには治さなければならない。いくら服を着れば見えない位置にあるからといっても、この学園の教師どもの中には血の臭いに敏感なやつらも多く、また観察眼にも優れているため動きに違和感があればすぐに気付かれてしまうだろう。教師たちにこのことが知れれば彼女や家にも話が伝わり、一方的にやられたということが嘆かわしいと親戚たちが口をはさむ絶好の機会になってしまう。


「……札使うか」


 呟いて、ベッドの下に置かれている俺の鞄に手を伸ばす。

痛む脇腹に顔を顰めつつ隠しポケットにしまいこまれた五枚の札を取り出す。


 能力者が扱う道具には札というものがある。

 主に術系の能力者が札に自らの力の一部をため込むことができ、その能力者自身はもちろん、ものによっては他の能力者や非能力者でさえもその力を使うことができる。疲弊して能力の通常行使に支障があるとき、替えのバッテリーのような役割を果たしてくれるのだ。基本的にため込まれた力が高度なものであればあるほど札は本人や力のある能力者にしか扱えないが、作り手の技術が優れていれば、使い手の汎用性が非常に高い札ができる。

 札は月に一度学園内で販売会が行われ、上限の五枚までなら金さえあれば買うことができる。“H.A”創始者の双子の一族であるルヒトリト家が札の基盤ベースを作り、あとは能力者が購入後に力を込めれば完成だ。力をため込むのには中々疲れるがこういう時には本当に役立つ。しかも今回の札はいつもの倍は時間をかけて力をためたのだ。おそらく五枚を使い切れば何とか傷も治るだろう。


 俺は深呼吸をして覚悟を決めると姿見を使って一枚の札を背中の痛む部分に押し当てた。札が熱を孕み、空気がかすかに揺らぐ。鈍く痛んでいた背中の大きな青痣がゆっくりと薄くなる。発動は成功したようだと、俺が安心したのもつかの間――


 バン!と乱暴な音を立ててシャワールームの扉が開き、中からびしょ濡れのカマギフタアイが転がり出てきた。かろうじて泡はついていないが髪の毛からは水が滴り当然のごとく全裸である。


「何!?どうしたの、だいじょうぶ!?」



 どうしたのとはこっちの台詞だ。

 その茶色の瞳を大きく見開いて、先程までののほほんとした様子が夢であったかのように必死な表情で問うカマギフタアイにあっけにとられていると、全身濡れたまま俺の目の前までやってきて、その童顔に似合わない険しい表情で俺の持つ札を指差した。


「それ、なんだい?」


 ずいぶん居丈高なその言い方に驚きつつも気おされて「札だけど…」と答えれば、口元に手を当てて考え込むようなそぶりを見せ、「いつの間にそんなもの…」とよく聞き取れないことをぼそぼそと呟いた。


「おい、カマギ…?」


 心配になって声をかけると、カマギフタアイは顔を上げてベットに座る俺を見下ろした。

 天井の明かりで逆光になっているからだろうか。その瞳も髪も、先ほどより昏く濃くなったように見える。


「君、名前は?」


「…カフカンド・トレフスキー」


 そういえばまだ名乗ってすらいなかったことを思い出す。カマギが自分の名を尋ねてくるのはおかしなことでもなんでもない。…けれど、何かおかしいと体がこわばる。


「トレフスキー?ヴェルグステスの血は引いていないのか?」


「――!?どうしてそれを!?」


 片眉を上げて首を傾げたカマギに噛みつくように俺は叫んだ。

 驚きのあまり頭が真っ白になる。

 怪我さえしていなければ胸倉に掴みかかっていたかもしれない。


「なんだ。やはりヴェルグステスの者か」


「どうして知ってる…!」


 唸るように言って睨み付ければ、カマギはひらひらと掌を振った。


「あー。いい、いいんだそういうのは。お前がヴェルグステスの血を引いていれば問題ない。そうじゃなかったらちょっと面倒だったんだよ。その札も五枚程度なら使って問題ないだろう」


 何を言っているんだこいつは。

 俺はベットの上でゆっくり後退した。さっき俺の手当てをしていたカマギフタアイとは明らかに別人だ。

 中身が別人なのか外側もそうなのかわからないが、こいつは危険だ。本能が恐怖を訴えているのがよくわかる。動悸は激しく指先はかすかに震えている。やばい奴だこいつ。やばい奴だこいつ。



「僕が怖いかい?カフカンド君?」


 くすり。そう笑って愉しげに目を細める。応えることもできずに固まっていると、突然そいつはくしゃみをした。漫画にでも出てきそうな「はっくしょん!」という大声にびくりと身を揺らせば、そいつは自分が全裸だということをようやく思い出したらしい。


「あーさむいさむい。湯冷めしちゃったよ全く」


 そういって俺に背を向けてシャワー室のほうへと歩き出す。が、その足が思い出したようにとまり、こちらを振り返った。


「あー。そうだ。ちょうどいいし、君、二藍の友達になってくんない?」


「…は?」


「大丈夫大丈夫!すぐにここからでていくつもりだし。長くても…うーん、半年かなぁ。僕の見立てだと三か月なんだけどね。その間だけでいいから、二藍の友達役しててよ」


「何を言って…」


「ほら、お礼もしてあげるからさ」


 混乱した俺を置いて行ったままどんどん話が進んでいく。

カマギの机の上にあったメモ帳を数枚破き、おもむろに自分の指に歯を押し当てて血を出すとさらさらと血でメモ用紙に文字を書いていく。


「…札……?」

 

 用紙に書かれていたのは札と似たような図形と文字を組み合わせた紋様。しかし、ずいぶんと簡略化されており、おおざっぱに走り書きをしたようにしか見えない。


「はい、これあげる」


 ほどなくして俺の手に押し付けられた六枚のメモ用紙にはどれも同じような血文字が書かれている。


「君の持ってる札とかいうやつと同じ効果があるはずだよ。ただし、一度に使うと能力暴走しちゃうかもしれないから気を付けてね」


「ぼっ…!?」


 さらりと恐ろしいことを言われて背筋がぞっとする。


「じゃ、よろしく」


「ちょ、お前、待っ、」


 舌が縺れてうまくしゃべれない俺を笑いながら無情にもシャワー室のドアが閉まる。


 数秒後には何事もなかったかのようにシャワーの音が聞こえてきて、さらにその数分後にタオルで体をふきながらカマギフタアイが出てきた。


「あれ?まだ治療終わってないの?」


 不思議そうに首を傾げるそいつの瞳は薄い茶色で、童顔に大変あった幼く無邪気な光をもっていた。

体から力が抜けて、大きなため息をつきながら俺はベットに倒れこんだ。まだ治していない怪我が痛んだが、当分起き上がる気にはならなかった。




「えー。なんだよその反応」


「……うるせえよ」



 一体、何がどうなってるんだ。



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