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春は無慈悲な時の女王  作者: メイア
第二章 傷は優しい君の噛み痕
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2-4 空き教室

リアルの方で予想外の事件が起こってしまい更新が遅れてしまいました。予告しておいて申し訳ありません。

――その小さな触れ合いは、氷解を願った誰かの祈りの結実だったのだろうか。




[4]


少女と編入生が言葉を交わしたのは、生徒たちと教官と誰よりも編入生自身に衝撃を与えた実技演習の数時間前、昼食の時間だった。



正午の穏やかな日差しに照らされた室内、驚いたように丸く見開かれた薄茶の瞳と、視線が交わった。


この学園は全寮制で、朝食と夕食は食堂で指定の時間内に食べ、昼食は毎日配給される弁当を受け取りそれぞれ思い思いの場所で食べる。ほとんどの生徒たちは移動の手間が煩わしいと教室内で食べているが、私はいつも空き教室で昼食を摂る。リリアはいつも一緒に食べないかとクラスの女子たちのグループに誘ってくるが、一度試したらリリア以外の女子たちがとても気まずそうにしていたので、申し訳なく思ったため、それ以来誘いはいつも断っている。

そんな事情があるにせよ、高等部に入学してから使っているこの空き教室で眠たくなるような柔らかな光を浴びながら静かにゆっくりと食べることが、私は嫌いではなかった。


さて、そんなお気に入りの場所に先客がいたのだ。同年代の男子と比べてやや小柄な体型、癖のついた灰色の髪、淡い薄茶の瞳――例の編入生である。日差しが程良く当たる私の特等席に腰掛け、机には支給されたランチボックスが広げられている。


「ご、ごめん。ここって何かに使う場所だった?空いているみたいだったから勝手に入って使っちゃって……」


先に声を上げたのは編入生だった。椅子から立ち上がり、あわてて弁当を片付けようとする彼を片手で制する。


「大丈夫よ。ここは空き教室だから、何にも使われていないわ」


「え、じゃあ君は……」


「私も貴方と同じ。昼食をいつもここで摂っているの」


それを聞くと、彼は眉尻を下げた。


「あー……じゃあやっぱり俺出て行った方が……」


「別にいてもいなくても気にしないので、お好きにどうぞ」


彼から少し離れた二番目に居心地の良さそうな席へ向かう。

相変わらずの無表情で、内容も愛想のかけらもない私の返事をどう解釈したのか知らないが、編入生は「ありがとう」と小さく笑った。


 私もランチボックスを広げて食事を始めた。今日のメニューには小さなグラタンが入っていた。グラタンはあの子の好物だったとふと思い出し、自然と頬が緩んだ。きっとこの学園のどこかで、あの子は嬉しがっているに違いない。


 そんなことを考えていたせいだろう。昼食後の読書の最中、舟をこぎ出した私が見た夢は幼い日の食事の風景だった。



 私のおとうとは、とても内気で大人しい子だった。お転婆と呼ばれるほどではなかったが活発な子どもだった私とはまるで正反対で、私と一つ違いにしても小柄で、そのころから背の高かった私の後ろにいつも隠れていた。それは、まだ実の両親の死を乗り越えられずにいたせいだったのか、生来の気質だったのか今では分からない。もしかしたらまだ新しい家族に馴染めていなかっただけかもしれない。

 我儘を言うことはなかったけれど、表情が豊かで感情がすぐ表に現れるので分かりやすかった。


 グラタンが好きなことはすぐにわかって、特にエビグラタンのエビが好きだった。あの子の嬉しそうな顔が見たくて、私はいつもエビを嫌いなふりをして食べてくれるように頼んだ。うん、と頷き俯いた、その睫毛の長さを私は羨んでいて、なによりほんのり赤く染まった耳元を見ると私の胸は喜びやら感動やらでいっぱいになったのだ。

 私の実の両親は忙しい人たちだったから、私たちきょうだいはほとんど二人きりで食事をし、家政婦にはおとうとの世話をどうしても任せたくなかった私は汚れた口元を拭ったりテーブルマナーを教えたりとやたらと手を出していた。おとうとは食事の時間は大体機嫌が良かったから、私のお節介を嫌がっていたわけではないのだろう。本人に直接聞いたことはなかったが、きっとそうだろうと思えるほどのいい表情だったことが今となっていは救いだ。



 私は君にとって、“良い姉”で在れただろうか――



「――あのう……すみません、えっと……」



 遠慮がちに体を揺すられ、私は重い目蓋を押し上げた。またも居眠りをしてしまったのだと気づき、微かな頭痛を振り払うように小さく頭を振った。この前の呼び出しの時から神経が過敏になっているようで、毎晩昔の夢を見る。目覚めは悪く、浅い睡眠に心身ともに疲れがたまって完全な睡眠不足だ。授業中は何とか起きているが休みの時間は気が抜けて眠ってしまう。


「起こしてごめんね。そろそろ授業始まるから、声かけたほうがいいと思って……」



 眉尻をさげ、心底すまなそうにしている編入生は、やはりどこかでみた犬のように見えた。



「いえ、助かったわ。起こしてくれてありがとう」


 無愛想な礼などいらないだろうが、心のままに伝える。授業を無断で欠席するのは成績に関わるし、他人を放っておけない優しいリリアのことだから自分がいなければもしかしたら私を探し始めていたかもしれない。起こしてもらえて助かった。


「どういたしまして」



 返された声はとても柔らかい声で、ニコリと笑ったその顔は先日の呼び出しでの男子生徒のものとは違い、嫌悪感を呼び起こすものではなかった。じわりと、胸の奥から何かが沁み出していくように思えて、私は慌てて目線を逸らした。誰かの優しい笑顔など、長い間見ることのなかった私にとっては刺激が強すぎるようだった。






*******






「昨日は、どうもありがとう」


 昼食の時間、日当たりのよい空き教室に入ってきた編入生は私のもとへ来るなりそう言った。

 昨日の実技演習の時間、彼は突然どこからかナイフを出現させ演習場を騒然とさせた。編入生の能力がどのようなものかと戦々恐々と見守っていた教官と生徒たちは思わぬ事態にパニックになり編入生も何が起こったのかわからずに立ち尽くし、彼は教官によって暴力的に拘束されても文句は言えない状態だった。“外”からやってきた得体のしれない少年は未熟な生徒たちにとって十分な脅威になりうるのである。

 私が彼を庇うような言動をしたのは、他人への無関心ゆえか元から動じない性格が幸いしたからだ。“氷姫”と呼ばれるほどのその冷静さは戦闘員としては強い武器だが、人間性の欠如というふうに見れば陰口をたたかれても仕方ない。


「別に、本当のことを言っただけだから。貴方には起こしてもらった借りがあるし、気にしないで」


 私の照れ隠しであるのに照れ隠しとは到底思えない冷たい声音も、編入早々他の生徒たちが遠ざかってすっかり独りになった彼にとっては気にならないようだ。


「知ってるとは思うけど、俺、フタアイ・カマギ。――もしよかったら、君の名前聞いてもいい?」


「ナタリア、……ナタリア・ティレフス」


 思えば人に名前を聞かれたのは初めてかもしれない。幼い頃は自分からまず名乗っていたし、成長してからはこの容姿と雰囲気を皆敬遠していたうえに何故か私の名前を知っている人ばかりだった。


「そっか、教えてくれてありがと」



 フタアイは私の居る席から少し離れたところへ座り、昼食を食べ始める。教室の中は静かで、時折遠くで生徒たちの喧騒がぼんやりと聞こえてくる。私たちに会話はなかったが、不思議とお互いの存在を感じ続けているような気分になった。久しぶりに、静寂が心地よかった。



*******




 それからというものの、私たちは同じ空き教室で心地よい区間を共有し続けていた。とは言っても私たちが交わすのは挨拶ぐらいで、会話らしい会話はなく隣り合って昼食を食べているわけでもない。そして私は空き教室で昼休みの時間に居眠りするようになった。時間になるとフタアイに起こしてもらえるので、私は授業に支障がない程度の睡眠をなんとか確保できている。


「そういえば俺、実技演習完全に別にやることになったよ」


 いつものような挨拶の後にフタアイは思い出したように付け加えた。

 先週の実技演習での事件以来、フタアイは同じ演習場に居ながらも一人でひたすらに基礎体力作りをさせられ、能力を全く使わない初等部のような授業を受けさせられていた。先日教官から召集を受けていたのは見かけたが、どうやらその時に学園理事長直々に処分が決定されたらしい。



「この前教官から呼び出されてさ、理事長の前で三回生の人たちと模擬戦闘みたいなのさせられたんだけど、あれって勝っちゃってよかったのかなぁ……」



 少し離れた席で配給された今日の昼食のサンドイッチを頬張りながらポロリとフタアイがこぼした言葉に、私は持っていたサンドイッチを取り落した。「あ、」とフタアイが声を出したが幸運なことにもともとサンドイッチが入っていたバスケットの中に落下したので問題はない。それよりも、だ。



「勝ったの……?」


「え、うん。あ、やっぱりまずかったかな……学年はあってないようなものだって言われたけど、上級生みたいなものだよね。後輩いびりって、この学園にもあるのかな」


 珍しく反応を返した私に驚いたのか、焦ったようにフタアイが尋ねてくる。まずいことをしたと思ったらしい。いや、確かにその通りではあるが、少し違う。


「どうやって勝ったの?」


 彼は数か月前まで“外”の世界で平和な暮らしをしてきた人間で、しかも日本の治安は極めて良いものだと聞いている。この学園では四回生での卒業が最も多い。三回生と四回生の実力の違いはそれほどなく、一回生や二回生が成長期、三回生で完成期と言ってよい。つまり彼は学園の中でも実戦投入にほど近い生徒たちを負かしたということになる。


「それが……最初は防戦一方でほとんど逃げ回ってるみたいな状態だったんだけど、一回床に叩き付けられたあとはもう必死で……良く覚えてないんだけど、気付いたら相手の人たちが全員床に倒れてたんだよね」


「……。貴方、本当に一般人だったの?」


「うん。特に武道も習ってなかったよ。勿論、共鳴してから学園に入るまでの間に一通りの格闘術は教えてもらったけど」


「誰に、教えてもらったの?」


「ええっと、日替わりでいろんな人が来たから名前は覚えきれてないんだけど、全員愛染家の人だよ。あ、俺の共鳴に立ち会ったのが愛染家の人だったから面倒見てもらえたんだ」


 もし私がまたサンドイッチを手にしていたら、もう一度取り落していたかも知れない。

 愛染家が、なんだって……?


「訓練の最後の日なんて、養子にならないかって言われてびっくりしたよ。何もそこまで気にしてくれなくてもいいのにさ」


 私は溜息をつく。彼は、能力者のほとんどが大喜びで飛びつくような愛染家の養子縁組の話を彼は蹴ったのだ。


「どうして断ったの?愛染家がどんな家柄か、いくらあなたでも知っているはずでしょう?」


「武器と結界の一族。双子の最初の協力者の末裔たち。戦闘系の能力者の核をなす存在……愛染家の人たちがたくさん教えてくれたから、いくら俺でもすごくいい話ってことは分かってたよ。“H.A”の中で伝手も何もない俺には後見人がいたほうがいいっていうのもその通りだと思ったし、何もわからなかった俺を世話してくれたのも感謝してる」


 彼は小さく笑って、続ける。


「だけど、もう会うことはなくっても、俺には俺の家族がいるんだ。正直両親とはそこまで仲が良くなかったけど、その代り姉さんはいつも良くしてくれててさ。多分、家出扱いになってる俺のことをまだ気にかけてくれてると思う」


 姉さん、と言った瞬間のフタアイの表情に、私は息が詰まった。とても優しいその薄茶の瞳が彼ら姉弟(きょうだい)の仲の良さを物語っていて、それは私の胸を打つ。羨ましさと、同情と、更に私自身への嘲りが私の中で渦巻いた。


「ここに来てから、姉さんとの繋がりがどんどん消えていくのがわかるんだ。髪や眼の色だってそうだし、目指すものも周りの人たちも全部変わって、そのうえ名前も変わったら、いつか姉さんにまた会うときに、俺が弟だって気付いてもらえないような気がするんだよね。……まあ、どこに居ようが大人になるにつれ変わるのは当然だし、その程度で気づかなくなるほど薄情な人じゃないんだけど」


 それに、俺と姉さんって顔がかなり似てるらしいし。そう付け加えて、フタアイは我に返ったように私を見た。


「あ、なんか今日喋りすぎてるな。うるさくしてごめんね」


「そんなことない」


 すかさず私の口から飛び出した否定の言葉に、フタアイだけでなく私も驚いていた。


「そんなこと、ない」


 だけど、勢いに任せてもう一度、私は口を開いていた。

 話さない方がいいと思った。私の話は私だけの話ではなくて、もし広がればたくさんの迷惑がかかってしまう。大事なあの子の、迷惑に。


「私にも、きょうだいいるから、気持ちはわかる」


 相手からすれば無表情で共感を示されてもどうしようもないはずだ。下手な相槌は会話の雰囲気を壊すのだ。

 しかし彼はいつもの柔らかさを崩すことなく、


「そうなんだ。上?下?」


「おとうとがいるの」


「ああ、なんか分かるかも。面倒見よさそうだから姉って感じする」


 その言葉はきっとただの社交辞令に過ぎないのだろうけど、初めて言われたせいかむず痒く感じる。どうせいつもと変わらない無表情だろうけど、照れくさくて少し顔をそむけた。

 


 “H.A”に染まりきらないせいなのかそもそもの性格なのかは分からないが、フタアイ・カマギは今まで出会ってきた誰とも違っている。不思議で、少し悪い言い方をすれば変で、そして彼と過ごす時間は心地よかった。

 この日を境に、昼食時に挨拶以外の会話が増えていった。他愛無い会話と私の薄い反応を彼がどう思っていたのかは分からないけれど、私はあの時間をきっと忘れないだろう。楽しくて、自分の表情が変化に乏しいことを悔しく思った、あの時間を。

ネクスト→前科何犯かわからくなってきたので未定にしておきます

ゆっくり更新になるやもしれません……

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