2-3 ナイフ
――名誉の灯火、選択する者の罪深さ、無知とは怒りか哀しみか。
[3]
編入生、フタアイ・カマギはいたって普通の生徒だった。
彼は今、リリアの真後ろの席で授業の合間の休憩時間にもかかわらず熱心に教科書を眺めている。優等生に分類されるリリアでも、座学に対して毎回の休憩時間に時間を割いたりしない。それなら実技授業のために体と頭を休めていた方が卒業を考えれば利がある。きっと座学と実技への力の入れ方を聞いていないのだろう。
生徒たちは編入生に対して興味津々だが、まだ誰も声をかけていない。滅多に現れることのない編入生に皆戦々恐々としているようだ。朝の異様な盛り上がりも致仕方ないことで、大げさな噂が流れてしまったこともまた当然のことだったと言っていい。
確かにきれいな顔立ちをしているとは思ったけれど、「超絶かっこいい」と言えるほどではなく、「どこぞかの上流家門の隠し子」にしては細かい動作がそこまで洗練されたものではない。粗暴というよわけではなく寧ろ物腰は丁寧だがせいぜいリリアと同様中流階級のものだ。
『う~、ナタリアさんにあれほど喋っちゃったのに、なんでここまで普通の子なのよぅ……』
リリアは唇を尖らせた。先日の呼び出しからどことなくぼんやりとしている(ようになんとなく見える)ナタリアに少しでも気分を軽くしてもらいたくてぺちゃくちゃと話したのだが、適当なことを教えたようで後ろめたい。
『何かないのかしら、この子……』
そっと後ろを振り返り、フタアイ・カマギの様子をうかがう。
座学の授業中、教師たちも指名することもなかったため特に目立つこともなく、授業についていけてるのかいけていないのかはわからない。けれど、生まれてからこれまで十何年間も“外”の世界で暮らしていた少年が、どんな気持ちで戦闘員になろうとしているのだろうか。ニホンでは一般人が通う学校で勉強していたはずだと噂で聞いたが、ここでの勉強とはどれ程の差があるのだろうか。
ほとんどの能力者は生まれてから死ぬまで“H.A”の息のかかった世界で暮らすことになる。非能力者の中には“外”の人々とそう変わらない暮らしをしている者たちもいるが、 有事の際は“H.A”のためにその身を捧げることになっている。リリアは任務で支障が出ない程度に“外”のことを知っているが、フタアイ・カマギの心理状況を理解することはおろか想像すらつかない。
『共鳴して、嬉しい?』
能力者として共鳴することは大いなる誉れだ。“H.A”の中で能力を持つか持たないかは出世の道が開かれるか否かに直結する。また能力者が生まれる確率は遺伝に大きく左右されるため、非能力者と能力者の結婚は許されないことが多い。少なくとも正妻にはなれない。
ひどく差別的な習わしかも知れないが、能力者の数は“H.A”と闇との戦いにとって非常に重要だ。減少していけば、“H.A”の敗北は避けられず、そしてその先に待つのは闇の手によるこの世界の終末だ。世界と一人を天秤にかけ、後者を選ぶことは許されない。
とにかく、能力者になることは“H.A”では喜ばしいことなのだ。
でも彼は違う。共鳴ののち、能力を封印することもできたはずだ。体が極端に弱いものや、諸事情によりどうしても能力者になることができない場合はそのような措置が取られている。どうして、能力者になることを選んだのだろう。
*****
結局、午前中は誰も編入生に声をかけることなく時が過ぎて行き、午後の実技授業が始まった。
個別に与えられた鍛錬のプログラムを毎回ランダムに作られる少人数のグループで協力してこなしていくというもので、偶然にもリリアは編入生と一緒のグループだった。
リリアもほかの生徒たちも、編入生の力がどの程度のものか非常に気になっていて、確かめる良い機会だった。
「次、カマギ君。私たちはターゲット投げるから、当てていってね」
彼のジェメッラは紫色の糸だった。腰に平たい糸巻きのような部品をつけていて、そこから糸を引きだす仕組みになっている。
リリアたちが投げるターゲットの赤いボールを糸で落としていくのが彼の鍛錬プログラムだ。どこか自信なさげなフタアイ・カマギの返事を聞きながらボールを投げる。一球ずつ、程よい間隔で投げていく。ボールの数は全部で六だ。
一球目、――掠りもしない。糸は三十センチほど離れた虚空を貫いた。
二球目、三球目と同じような軌道を描く。
四球目、――ようやく糸とボールがわずかに触れる。が、威力が弱すぎた。ボールの軌道に大した変化はみられない。
五球目、――ボールに当たる。とうとうボールの軌道に変化がみられた。
そして、六球目、――ボールに、細長い何かが突き刺さった。
「……」
広い実技演習室が静まり返った。他のグループの生徒たちも、指導教官さえも編入生の力量を知るためにそっと彼のプログラム演習に注目していたのだ。
カランと金属特有の音を立てて細長い何かが床に落下し、いくつかの赤いゴムボールがポンポンと間抜けな音を立てて数回弾み転がった。
「なに、これ……」
グループの中で細長い物体に一番近かったリリアは、その正体に呆然とする。小ぶりなナイフだ。柄の部分には紫色の糸が何重にも巻かれ、柄の素材は見えないほどだ。巻かれた糸を目で追えば、編入生のもとへと繋がっているのがわかった。ナイフの細い刃は赤いボールの中心を正確に刺し貫いている。
生徒たちが集まってくる。ざわざわと今朝のように騒ぎ出す。編入生はよほど集中して力を使ったのか、膝をついて息切れを起こしていた。
「これは何だ、カマギ」
熱血派として知られる指導教官が滅多に見せない青い顔で床の上のナイフを指さし、詰問する。
「……え?なん、ですか……?」
息を切らせながらようやく顔を上げた編入生は首をかしげる。顔色はあまり良くはない。
「しらを切る気か!いいから答えろ!なんなんだこのナイフは!どこから持ち出してきた!」
大音量でそう怒鳴りつけた教官に、室内は一気に静まりかえった。
「ナ、ナイフって何ですか!?何の事を言ってるんですか!」
顔色をさらに悪くして慌てて返した編入生は、遅れてようやく自分のジェメッラと繋がっているナイフに気づいたらしい。口をぽかんとあけて固まり、「な、なんですかこれ?!」と叫び声をあげた。
「ふざけるな!それはこちらのセリフだ!貴様のジェメッラが握っているんだぞ!」
「そ、そうですけど……!でも、わからないです、なんで……っ!」
完全にパニックになっている教官と編入生を、生徒は遠巻きに見つめているしかなかった。口を出して自分に火の粉がかかるのを恐れるのと同時に、口を挟もうにも何と言えばいのか分からない。リリアも、展開についていけずに動けずにいた。
「教官、彼は知らないと言っています。そのナイフが彼のジェメッラと繋がっているのは確かですが、彼が故意にやったものかは分からないかと。無意識か、もしくは誰かのいたずらの可能性もあります」
感情を全く含まないその声はよく響いた。“氷姫”とあだ名される女子生徒――ナタリア・ティレフスだった。
その場にいるすべての目が彼女に向けられても、その無表情は揺るがなかった。
「そもそも、彼のジェメッラではそのナイフを隠しておくことは難しいです。しかしプログラムの途中で巻きつけてナイフを投げたにしては、柄の部分に巻かれた糸の量が多すぎます」
冷静な観察に、リリアはもう一度ナイフを見た。確かに、一瞬でこれだけの糸を巻くのは熟練の能力者でもできないだろう。ナイフの柄はもとから紫の布が巻かれたかのように見えるほどびっしりと隙間なく、何重にも糸が巻かれている。
それに彼が腰に付けた部品では糸の一端しか出てこない作りになっており、ナイフと繋がっているのは紛れもなく五球目までのターゲットを落とそうとしていた端と同じものだ。五球目と六球目のわずかな間に巻きつけるしかないが、ナタリアの言うとおりそれは不可能。
「そのナイフが何なのか、彼がたとえ答えられたとしてもそれが真実なのかどうかこの場で判断することはできないと思われますので、今ここで彼を問い詰めることに何の意味もありません」
教官は気圧されたようにただ頷き、それから我に返って威厳を何とか保とうとしたのか、大きな声を出す。
「この件は追って処分を下す!フタアイ・カマギは残りの授業時間は見学していろ!他は戻ってプログラムを続行しろ!」
生徒たちは編入生を振り返りつつも、それぞれの演習スペースに戻る。リリアも同じグループの生徒たちと顔を見合せながら次のプログラムの準備を始めた。編入生は青い顔をしてうつむき、その場から動こうとはしなかったが、教官が怒鳴りつけると演習室の隅に設置されたベンチに大人しく腰掛け、茫然とした表情で再開された授業の様子を眺める。
「なんだったんだろうね。あのナイフ」
同じグループのミーシャの囁きに、適当に相槌を打つ。滅多にない編入生が、世にも奇妙な事件を早速起こした。生徒たちには大きな関心ごとになっただろう。けれど、リリアは編入生よりもナタリアのことが気になっていた。
“氷姫”と呼ばれる彼女は、人との関わりを避けがちだ。声をかけられれば無視することもなく最低限の対応はするが、積極的に人と接することはなく、注目を集めるような行動はとらない。
ところが今日の彼女は違った。単に授業を進めたかっただけかもしれないが、編入生を庇ったように見えた。
『もしかして、二人は顔見知り?最近のナタリアさんの様子がおかしいのも、あの呼び出しだけじゃなくて、編入生が関わってる?』
いやいや、とリリアは首を振った。いくらなんでも飛躍しすぎだ。顔見知りだったら、ホームルームの時に何らかのアクションがあってもよいはずで、呼び出しの後ナタリアの様子は変わったが、編入生と顔を合わせてからの彼女の様子に変化はない。
『でも、ナタリアさんは、あの編入生を何か理由があったからこそ庇ったんじゃないだろうか』
根拠のない憶測だけれど。でも――……
後日多少修正するかもしれないです。
いつも読んでいただき本当にありがとうございます
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