1-29 少年は唇を噛み締め
お気に入り登録が一件増えただけでも大喜びしている自分がいます。読者が少ないことはわかっていますし、もしも誰ひとり読む人がいらっしゃらないとしても、なにがあっても書き続けていく作品ではありますが、やはり一人でも多くの方に読んでいただけると嬉しいものですね。
どうもありがとうございます。
[29]
「これはこれは…暴走寸前の能力者って、すごいんだねえ」
最初に声を出したのはまたもやエボシだった。
二藍が糸を地面と平行に薙いだ結果、今、鎌木家の広い庭の一隅で立っているのは乃至とエボシと二藍だけだった。他の闇はすべて真っ二つにされて地面に転がっていた。しばらくしたら光の粒子となって亡骸も霧散していくことだろう。
ジェメッラである糸がワイヤーのように機能したようだ。大量の血が飛び散り、地面はどす黒く染まっている。凄惨な現場は一般人が見たら卒倒ものだろう。乃至自身は幼い頃から能力者として戦ってきたためたくさんの戦場で思い出したくもないモノを見てきたのでさすがに卒倒はしないが、それでも漂う生臭さには吐き気がする。バイス=モンローが李月仁と少女を庇って伏せていたのが功を奏し、三人が糸の餌食にならずに済んでいるのを見て安堵した。
ジェメッラと“共鳴”を起こし能力者となった後、気を付けなければならないことがある。
“共鳴”はジェメッラが持つ波長である“魂動”と能力者の発する波長である“魄動”が一致することで発生する。しかし“魂動”は常に一定であるが、“魄動”は能力者の気持ちの高ぶりによって大なり小なり波長に変化が生じてしまう。つまり、“共鳴”によって一致した二つの波長にズレが生じてしまうことがあるのだ。
ズレがない完全な一致状態のとき、能力者は自己の最大限の力を発揮することができる。能力者だって人間なのだから感情は上下するわけで、普通は常にわずかなズレが生じているのは当たり前なのだが、そのズレが大きすぎるとジェメッラを意のままに操ることができなくなり、能力者が死ぬまでひたすら力を放出して暴れ続ける状態になる。それは暴走と呼ばれていて、“H.A”の中で最も忌避されるものの一つだ。暴走状態になると、能力者が力尽きて放出が自然に止まるまでどうすることもできず、敵味方関係なく攻撃をする上に場合によってはその場にいる他の能力者の“魄動”の波長を狂わせ、能力者を非能力者にしてしまうこともある。
鎌木二藍はその暴走の一歩手前でどうにかとどまっていたため、咄嗟の防御に成功した乃至とエボシは無事だったのだ。本当に暴走していたら、この程度では済まないことを乃至はよく分かっている。暴走しなくて本当に良かった。
暴走寸前になることは決して褒められたものではないが、結果的にはエボシ以外の闇は全滅した。
「あーらら、全部倒されちゃったねぇ」
おびただしい血の跡はそのままに、二藍の糸によって倒された闇たちがその屍を光の粒子に変えていく。蛍の群れを思わせるその光景はいつみても残酷で美しい。
憂いの表情でそれを眺める乃至に、エボシはにっこりと微笑んだ。
「せっかく乃至に会えたけど、今日はもう潮時かなぁ」
微かな金属の触れ合う音とともにエボシは鉄扇を開く。扇に仕掛けられた転移装置が紺色の暗い光を放ち始めた。
「逃げる気か…」
攻撃の構えをした乃至に、エボシは深緑の目を細めた。
「あの様子だと、この場でこれ以上手を出さなければもう鎌木二藍もエネルギー切れで止まるし、乃至に危険はないからねぇ。逆に手を出したら、奮起して今度こそ本当に暴走しちゃうかもしれないし。…ごめんね、本当はもっと乃至と一緒に居たいけど、そろそろ戻らないと怒られちゃうからね」
残念、そういってエボシは肩をすくめた。
方向性の違うエボシの最後の数行に乃至は脱力して構えを解く。万全でない状態でエボシと勝負することにメリットもなく、またエボシの気持ちの悪い自分へのアプローチに真面目に取り合うのがばかばかしくなってきた。
「乃至がこっちに来るならいつでも歓迎するよ」
思わず睨み付けると、エボシはくすりと笑って、
「じゃあ、またね」
紺色の光に包まれて姿を消した。
エボシがいなくなり、闇がこの場に一体もいないことがわかり、乃至は体の力を抜いた。
一撃を放ってから、ピクリとも動かずに糸に吊り上げられたままの二藍に目を遣る。攻撃の前のあの爆発するような波動は感じられず、ただ沈黙している。
ゆっくりと警戒しながら近づき、そっと二藍に触れた途端、何処からともなく伸びてそれまで二藍を支えていた十数本の糸が一斉に切れ、二藍の身体が崩れ落ちた。
「うわっ…!」
あわてて乃至は二藍を抱きとめた。糸は二藍の四肢に絡んで垂れている。糸の量は瓶で封印していた量より明らかに多い。どういうことだ。増えたのか。
…訳の分からないことがこの少年には起きすぎている。
乃至は腕の中の、自分と同い年の少年を見つめた。背丈は乃至より少し低く、筋肉のあまりついてない体と跳ね癖のある黒い短髪。顔の造形は割と整っていて少しユニセックスを感じさせる。…どこからどう見てもただの子どもにしか見えない。
だが、この少年が気弱そうな見かけによらずたくましい精神力を持ち合わせていることは、二藍が能力の封印を選んだあの時に乃至は気づいた。“共鳴”した者にとっては自らの“魂の伴侶”はまさしく魂の片割れであり、離れることなどその身を切り裂かれるより辛いのだ。あの場で封印を選ぶなんてこと、並みの決意ではできはしない。二藍を大佐の部屋から連れ出したのは、そんな二藍の決意を無駄にしたくなかったから。彼がそこまでして守ろうとした平和な暮らしを、乃至が心の底から応援したかったからだ。
――――それなのに、
能力を封印したにもかかわらず二藍は襲撃に遭い、挙句暴走寸前の状態にまで至った。マルクに糸を持っていく指示を出したのはルストゥルトゥ大佐だが、恐らく何かの役に立てばよいとでも思っていたのだろう。間違っても、二藍に危険を及ぼすような、こんな形で闇を始末しようと考える人ではない。
結局、二藍の決意も、乃至の想いも嘲笑うかのようにすべてが無駄になった。
能力を封印しても闇に狙われることが分かった今、二藍をこのまま“H.A”の外の世界に居させ続けることはできない。能力者として戦う義務は二藍には無いし、今まで一般人だったこの少年を無理に戦闘に参加させることはしない。しかし、“H.A”の中から死ぬまで――または、乃至たち能力者が闇を滅ぼすまで――外に出て一般人と同じように暮らすことはできない。
そもそも、自分が初めて出会ったあの場でもっと違う動きをしていたら、二藍は錯乱して“共鳴”を起こすことはなかったかもしれない。乃至はその形の良い唇を噛みしめた。
*****
庭の木々の間に潜み、息を殺して事の成り行きをひたすらに見守っていた青年――鎌木黄櫨は、白い髪の少年が要請した救援に二藍と初雪が連れて行かれるのを見た後、小さく息をついてまだ残っている“H.A”の者たちに遭遇しないようにこっそりと鎌木家の工房を後にした。
これでひとまずは大丈夫。いざとなったら後のことは考えずに乱入して二藍と初雪を助け出せと言われていたが、幸いなことに自分の出番は来なかった。“H.A”に連れて行かれても初雪はしばらくしたら帰ってくるだろうし、二藍は枯野に似て芯の強い子だ…この家を離れても、大丈夫だ。
「寂しくなるなあ、朽葉」
短い帰り道を一人歩きながら、今はここにはいない年下の幼馴染の名を呼ぶ。
これしか方法がないとわかっていても、最後まで可愛がっていた義弟を行かせることを渋っていた、心優しい次期当主。
けれど、すべては鎌木家のために。
「…なぁんか、俺最近考え方が紅葉さんに似てきちゃってない?やだなー、あんな性悪になりたくない」
今はもう居ない、現当主鎌木松葉の実の兄、鎌木紅葉。
心優しいように見えて、全てを愛しているかのような慈愛に満ちた瞳をもっていながら、その実誰よりも世界に対して冷めているようだった。愛する対象とそうでないものへの態度は一貫しているように見えて、天と地ほどの差があった。素敵な魅力を持つ人で、甥っ子の朽葉にはもちろん黄櫨にも優しかったが、時折何かを求めるように鋭く光るその瞳を子ども心に恐ろしいと感じたものだ。
「お前は、ああはなってくれるなよ、朽葉」
俺も気を付けよ…。そう独り呟いて、黄櫨は帰り道を急いだ。
どのあたりで話を区切るか迷っていますが次回かその次でメインヒロイン?がようやく出てきます…やっとかよ!




