1-28 “ ”とそして三人の
二藍サイド
[28]
金髪の男が突然現れた時、二藍を一瞬で支配した感情は歓喜だった。
何を理解したわけでもなく、封印された記憶が戻ったわけでもなかった。ただ、あるべきものが自分のもとに戻ってきたという高揚感が二藍を満たし、ほかのことはどうでもよかったのだ。
欲しくて欲しくてたまらない。早くそれをこちらへ。早く。
そう思った時、頭の中が真っ白になった。
――「待って、待てってば!」
『子どもの声?』
意識がはっきりしない中で聞こえてきたのは少し焦ったような子どもの声だった。聞こえてくるのはその声だけではなく、他にも人の会話らしきものがぼそぼそと聞こえてくる。いくつもの不明瞭な音が重なっていて、まるで混線したラジオを聴いているようだった。
「そんなにはしゃぐから、お前らはすぐ転ぶんだ!」
「―――が遅いんだよ!」
「早く、こっちー!」
他の音に邪魔されてところどころ聞こえないが、楽しそうな子どもの声が、最初の声にこたえる。はしゃいでいるのは二人いるようだ。
「あっ…!」
二人のうちどちらかは分からないが、小さな悲鳴が上がり、何かが倒れる音がする。
「いったぁ…」 「い、痛い…」
「おい、大丈夫か!二人ともけがは?」
狼狽した最初の声が早口で問いかける。
「へーき」 「だいじょうぶ」
少しだけしょぼくれた返事が返ってくると、最初の声の主と思われるため息が聞こえた。
「よかった…まったく、気をつけろよ」
「はーい…あっ!」
「蝶だ!」
「すごい!きれい!」
「追いかけよう!」
「うん!」
弾んだ会話の後、立ち上がり地面をける足音が聞こえた。
「こらー!だから走るなって言ってるだろー!」
怒鳴りつける最初の声をものともせずに、二つの子どもの声が応える。
「だって蝶行っちゃうよ!」
「――も早く!こっち!」
再び深いため息が聞こえた。そして遠ざかる二つの足音を追いかけるように駆け出したもう一つの足音が聞こえた後、ほかの複数の音にかき消されてもう何もわからなくなった。
『今のは…?』
いったい何の音だったのか?三人の子どもはいったい誰だったのか?
妙にノスタルジックで、ともすれば泣き出してしまいそうなほど甘く切なく、声は二藍の胸中に落ちた。
―――そう、それはとてつもなく幸せな時間で、優しい場所だった。
嗚呼、だから―――
「だから俺は、“ ”を壊そうとしたんだ…」
頭を抱えて、瞳を閉じた。




