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春は無慈悲な時の女王  作者: メイア
第一章 春は無慈悲な時の女王
3/64

1-3 愛染乃至

[ 3 ]


「遅くなってすまなかった」


二藍に、言葉が投げかけられた。


夕日が広い庭を照らしている。

赤みを帯び始めた庭を背景に誰かが立っていた。

小柄な体つきのようだが、夕日が逆光となっていて、顔は見えない。


その人物は、胸元を片手でいじり、

乃至ナイシだ。ターゲットを見つけた。この家の人間を襲っていたところを阻止、武器の破壊を済ませた。今から本体を倒す」


喋りながら、土足のまま上がってきたその人物の顔がようやくわかる。

しかし、見えた瞬間に二藍は息が止まるかと思った。


人間の形をしているが、あまりにも人間味がない。

その容貌は、人間にしては美しすぎた。


陶磁のような白い肌に、すっと通った鼻筋、微かに色づいたくちびる。まだ幼さの残る顔つき。

暗がりの中でもまるで光を放っているかのような鉛白の髪は、腰まで伸び、霞のように揺れている。


身に着けているのは、軍服のようなデザインの、袖口の広がった黒服。



背は高くなく、二藍と同じくらいだ。

華奢な体つきだが、なよなよとした印象はなく、少年のようだ。



そして何よりも、その瞳が二藍を捕らえた。



ミッドナイト・ブルー。

真夜中の青。

昏みを帯びた、冷たい青だ。


白い肌と髪に映えてより強烈な存在感を放つ瞳は大きい。


少年は二藍に目を向けた後、天井に座る男を見上げた。



愛染乃至(アイゼンナイシ)…!」


呻くような声を上げたのは、金髪の男だった。


「世界機構“H. A”日本支部討伐部隊、愛染乃至だ」


その呻き声に答えるように、少年が凛とした声で言い放つ。


その瞳は水中に沈む氷を思わせた。以前テレビで見た、遠く寒い地球の端で沈黙し続ける氷。

言葉にも表情にも、何の感情も読み取れない。



「ふん…“聖水(アクアサンタ)”か…一度会ってみたいと思っていたんだ」


少年は無言で、その男の言葉を受け流す。


「若干十五歳で中尉となった天才児。愛染宗竜アイゼンソウリュウの置き土産…。

その噂は我ら“黒櫻コクオウ”にも伝わっているよ」


「それはどうも」


少年はそう呟き、腰に下げたケースに触れた。

細やかな装飾が施されたケースは微かな音を立て、開く。

中から出てきたのは、


「み、ず…?」



見慣れた透明な液体に見える。

けれど、二藍が知るものとは、異なる点が、一つ。

重力を無視し、球体となって浮かぶそれは、宇宙空間での無重力状態の姿に似ている。


少年の周りを囲むように、水球が浮かび上がる。


そして、美貌の少年は水が流れるような優雅さで、右手をまっすぐ男に向ける。

男の顔色が蒼白になる。


黒い服の広がった袖口から、紅の生地と少年のほっそりとした指先がのぞく。

球となって浮かぶ水は、少年が男に突きつけた人差し指へと集まっていく。


だが、金髪の男も、ただそれを待ってはいなかった。



「なめるな、」

天井からくるりと転回して床に飛び降りると、


「武器を壊されても、俺は…!」


一瞬にして、男は少年の真横に移動していた。

そしてそのまま、縁側から、外に飛び出そうとした、その刹那。



「だめですよ、逃がしませんから」




庭にいつの間にか、一人の女性が立っていた。手のひらを男に向けている。

二藍やこの少年よりも年上だろう、少年と似たような黒服を纏っている。

栗色のロングヘアーに、深い湖を思わせる、緑柱石(ベリル)の――エメラルドグリーンの瞳をしていた。

口元には不敵な笑みを浮かべている。


男の動きが止まる。

歯をぎりりとかみ締め、見えない何かに抗うように男は必死に身体を動かそうとしていた。


白髪の少年は振り返って、男のうなじに人差し指を突きつけた。


「ほとんどの任務は、単独では行われないことぐらい、知ってただろうに」


宙に浮いていた水球が、指先に集まっている。


「よほど焦っていたんだな」



一瞬だけ、男の背中と少年の指の間で、フラッシュライトに似たような白い光が見えた気がした。

そして、銃声のような衝撃音が響き、夕暮れを背景に男の首の辺りから赤黒い液体が飛び散った。

男のうなじに当てていた少年の指が赤く染まり、白い肌と髪にも僅かに跳ねる。

男は膝から崩れ落ちて倒れた。畳が赤黒く染まっていく。

どん、と鈍い音をたて縁側にうつぶせになった男の身体は、ピクリとも動かない。



死んだようだ。



実感の無い中、二藍は水色のスーツを見つめていた。


白い髪の少年は挙げていた右腕を下ろし二藍を振り返った。


「君は…」


その青の瞳と目があって、二藍の止まっていた思考が少しずつ蘇る。


前髪と頬に男の血を付着させたまま、少年はゆっくりと二藍に近づいてくる。

少年は、はっきりという。


「世界機構“H. A”の者だ」


咽の渇きが増すとともに、段々と状況が脳に染み込んでいく。



自分は、殺されかけて、



この少年は、人を、




  殺した。




「な、に…?」



しわがれた声は、震えていた。

虚脱感から開放されるにつれ、込み上げてきたのは紛れもない恐怖だった。


殺されかけた恐怖と、人を殺した、この少年への恐怖。


果たして、どちらが大きいのかは分からない。


「君は、何?…死、んでる、よね…?この人…!?」


少年は、無表情なまま首を横に振った。


「それは勘違いだから、安心してほしい」


そして、はじめて彼は表情というものを見せた。

怯える二藍を安心させるように、天使の様な笑みを浮かべる。

さらりと、白い肌に、白い髪が流れ落ちる。


「これはニンゲンじゃない。

人に化け、人を苦しめる。

俺たち世界機構が討伐し続けている邪悪な化け物だ」


「ひとじゃ、ない…?」


少年は、二藍を安心させるようにゆっくりと大きく頷いた。


「俺たちは、簡単に、“闇”って呼んでる。」


「闇…」

人の形をした、人ではないもの。


「どうして、そんなものが俺を…」


「愛染中尉~!そろそろ帰りましょうよ~!」


追いつかない頭で二藍が呟いた時、黒服の裾をはためかせて栗色の髪の女性が家の中へと入ってきた。


愛染乃至:15歳。美少年。階級は中尉。

愛染宗竜:???

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