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春は無慈悲な時の女王  作者: メイア
第一章 春は無慈悲な時の女王
28/64

1-26 再び

[26]



顔を何かの毛が擽る感触に二藍は目を開ける。

目の前には決して大きくはない誰かの背中。黒い服は李月仁やバイス=モンローと同じ物だろうか。背中にかかる長く白い髪はポニーテールに結い上げられている。



エボシの顔から笑顔が消え、驚きへと変わる。


乃至ナイシ…」


呟いたエボシは先程より二藍から離れた場所に立っている。

顎の流血以外、二藍に怪我はない。


「たす、かった…?」



二藍がこぼした言葉に、背中を向けていた人物が振り返る。

思わず二藍は息を呑んだ。



白い透き通るような肌に、長い睫毛に囲まれた大きくクラい青の瞳。まるで作り物のように麗しい容貌だ。

少女か、少年か、判別がつかない。


その人物はそのまま何も言わずにエボシへと向き直る。

エボシはもう笑顔に戻っていたが、前と違うのは瞳の冷たさがなくなりどこからどう見ても本物の笑顔のように見えることだった。


「驚いたよ、まさか乃至が来てくれるなんて思わなかった。久しぶりだねぇ。元気にしていたかい?」


親しげに話しかけるエボシを見つめる乃至の目は冷ややかだ。



「…エボシ、一つ聞きたいことがある。…どうしてまだ鎌木二藍を狙っている。今の彼は、力を失ったただの一般人だ。サキの大戦で、こちらだけでなく闇も疲弊している筈…彼を襲って、お前たちに何のメリットがある?」


『力を失った…?』



どういうことか分からないが、二藍は口を挟まなかった。


クスクスとエボシは笑う。大して年は変わらないように見えるのに、酷く歪んだ笑い方だった。



「実はさぁ、僕もよく分かんないんだよねぇ。なんか、ウチのとこの巫女が、予知したらしいよ?――『鎌木二藍は、消すべきだ』って」



エボシの視線が乃至から二藍に向く。一気にそれは冷たさを帯び、二藍はびくりと体を揺らした。

怯える二藍を見て、満足そうにエボシは口角を上げるが、二藍を隠すかのおように乃至が体をずらしたのを見てふてくされた子どものように頬を膨らませた。


「それで、お前は鎌木二藍を手にかけるつもりか?」



静かに、乃至が問う。



「…そうだといったら、どうする?」


楽しげに目を細めるオウギに、乃至が纏う雰囲気が一変した。

どくん、どくんと、どこからか胎動に似た音が聞こえてくる。

乃至が何かを掬い上げるように掌を上にして胸の前に右手を構える。

その右手に、明るい水色の光が集まり始める。ゆらゆらと蠢きながら膨らんでいく光は、不思議な色の火の玉のように見えたが違った。水色の明るい光を放ちながら渦を巻く、水だった。


美しい光は無表情の乃至を下から照らす。整いすぎた容貌」と相まってまるでライトアップされた精緻な彫像のようだ。



乃至は一言だけ応える。


「討伐する」



そして殺気と言うべきなのか、ぞくりと身を刺すような張り詰めた空気が、空間を支配した。

二藍だけでなく、周りにいた闇も、戦っていたバイス=モンローでさえも動けなくなり、辺りは静寂に包まれる。



「……ふっ、あはは、ははははははははっ!!ははっ、本っ当にいいなぁ、乃至は」


沈黙を壊したのはエボシだ。緑の目を細めて盛大に笑う彼は目尻を指先で拭う。何が可笑しいのか、涙が出るほど笑ったらしい。


「何が可笑しい」


眉をひそめた乃至にオウギは、

「いやぁ、久しぶりに乃至の本気が見れて嬉しくってさ。面倒なのを我慢して来た甲斐があったよ」

と悪びれる様子はない。


「もう十分満足したし、乃至たっての頼みだから今回は見逃してあげたい所なんだけどなぁ……ウチのボス直々のご命令でさ、任務遂行しないと僕が怒られちゃいそうなんだよね…」


肩を竦めて大袈裟に溜め息つく。



「だから、ごめんね?」




緑の瞳が再び冷たい光を湛え、肉食獣の笑みが浮かぶ。




「手にかけさせて貰うよ、鎌木二藍君」





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