1-23 神威
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暖かい春風が鎌木本家の立派な庭園に咲く花を揺らす。穏やかな日差しが程よく縁側から室内へと差し込んでいる。
部屋の中には、和服姿の二人の男と一人の幼い少女が姿勢を正して座っている。
三人とも灰色の髪と薄茶の瞳で顔だちもよく似ており、血縁関係があることは明らかだった。
二人の男の片方――初老の男は、鎌木家の家紋である椿の紋が彫られた印籠を帯に着けている。それは、代々鎌木家当主にのみ受け継がれるものだった。
「入ってきたようだな…」
初老の男が、もう一人のまだ若い男に話しかける。
「はい」
若い男――鎌木朽葉は、父親であり現鎌木家当主の鎌木松葉にただそれだけ返す。
二人が見るのは、少女の抱える一枚の鏡だ。縁に細かな装飾がなされ、一目で高価とわかるやや大きめのその鏡は少女の小さな手と相まって余計に大きく感じられる。不思議なことに鏡に映るのは少女の正面で覗き込んでいる朽葉と松葉ではなく、本家の屋敷から少し離れたところにある作業場の様子だ。
崩れ落ちる初雪を抱きかかえ、顔を青くして二藍は何事かを叫んでいる。鏡では音声までは届いてこないが、恐らく初雪の名を呼んでいるのだろう。
「黄櫨はもう、あちらで待機しているのだな?」
松葉の言葉に朽葉は頷いた。
「もう、着いているはずです。…葵、黄櫨を映してくれ」
鏡を持つ少女に呼びかけると、葵と呼ばれた彼女は生気のない瞳で一つ頷き、鏡をゆっくり回転させた。
鏡に映る景色が、水面に小石が投げられたように歪み、その波紋が落ち着くとともに別の光景が映し出される。
二藍たちがいる庭の隅、大きな木の陰で一人の青年がそっと様子を伺っている。この場にいる三人と同様、灰色の髪に薄い茶色の瞳。朽葉よりやや目じりが下がっているものの、鼻筋の通った端正な顔立ちはとてもよく似ていた。額に当てられた鉢巻は昏い茶色――黄櫨色で、毛筆でたくさんの文字が殴り書きされている。
鏡で見られていることに気付いたのか、鏡のほうを見上げてにっと笑った。
向こうからはこちらの部屋は見えないはずなのに、『心配するな』と言われているようで朽葉は少し肩の力が抜けた。
「大丈夫なようだな」
松葉も同じように感じたらしく、少しだけ声が柔らかくなる。
やはりあの男に任せてよかったようだ。
「葵、おいで。神威を封印しよう。幼いお前には、少し毒だ」
そういって朽葉が葵を呼び寄せると、葵は松葉に一度目を遣る。そうして当主が頷くのを待ってから朽葉のもとへ向かい、口を開くことはないものの礼儀正しくその正面に正座した。
朽葉の指先が葵の小さな額に触れると、金色がかった白い光があふれだし葵の身体全体を瞬く間に包み込んだ。
すぐに光は消え、目を閉じた葵は意識を失った。髪の毛は灰色から艶のある漆黒へと戻り、その身体はそのまま力を失って前に倒れこむ。
片手でそれを受け止めて、朽葉は呟く。
「無理をさせてごめん、葵」
神威は使い方によってはその者をひどく疲れさせる。まだ神威のコントロールが完全には取れない葵にはできれば使わせたくはなかった。
『…だが、もうそうも言ってられない状況だ』
鎌木家の止まっていた時間が動き出す時が来た。
これからどんなことが起こり、鎌木家がいかなる役割を果たすのだとしても、自分は次期当主としてこの家を守らなければならない。
「頼んだよ、二藍君」
―――これは、鎌木家を守るための最初の一手だ。
※葵ちゃんは10歳の幼女です。
ちなみに黄櫨は朽葉の母方の従兄弟に当たります。




