1-21 それぞれの居場所へ
短いです
[21]
ルストゥルトゥの部屋のあった最上階から二つ下のフロア、銅のプレートの掛かったドアの前で、二藍と乃至は向かい合っていた。
「ここで記憶と力を封印して、君を家に返す。あとは中にいる能力者が出す指示に従うだけだ。…俺はここまでだ」
「そっか…」
乃至の言葉に、二藍は力なく返事をした。
二藍は、元の生活に戻ることを選び、ジェメッラである糸を手放した。
糸束が手から離れた瞬間、何かひどく大切なものが自分の中から抜け落ちたのを感じた。心臓を鷲掴みにされたような痛みが襲い、小さな子どものように喚き立てて『やっぱりいやだ』と駄々をこねてしまいたいと、今思うと自分でもぞっとするようなことをしたいと本気で思った。
それでも糸を置いてくることができたのは、ここにいる愛染乃至のおかげだった。
乃至が少女とも見紛うその見かけからは想像もつかない万力のような力で二藍の手首を締め付け、有無を言わさず部屋から連れ出したのだ。手首には跡が残ったが、ありがたいことに変わりはない。
「今日は、助けてくれてありがとう」
深い青の瞳をまっすぐに見つめて、心の底からお礼を言う。すると、乃至は少し驚いたように目を見開き、柔らかく微笑んだ。絵に描いたような美しさだ。
「こちらこそ、怖い目に合わせてすまなかった……じゃあ、元気で。さようなら」
「…君も元気で。さよなら」
真夜中の青。薄闇の中で輝くこの青色を忘れてしまうのが、少し残念だと思う。
けれど、二藍は元の暮らしに戻ることを選んだのだ。
戦うことへの恐怖と、自分の中に欠片ほど残っていた意地が、自分をそうさせた。
自分が職人になることを妬み、厭う者たちの思う壺にはさせたくなかった。
確かに今の生活は単調で、決して面白いといえるものではないかもしれない。けれど、幼い頃から憧れていたことに変わりはなく、乃至への一時の羨望だけで捨ててよい夢ではない気がしたのだ。
現実離れした美しい少年に背を向け、ドアノブに手をかける。
――――戻ろう、自分の居場所へ。




