1-2 正座が上手ですね
[ 2 ]
不覚にも寝ていたらしい。
『いけない、まだ、たくさん仕事が残っているのに、』
縁側で仰向けになったまま、二藍は重い瞼を無理やり押し上げようとした。
しかし、なんともいえない倦怠感が、二藍を支配している。
『何でこんなに眠いんだろう…まだ慣れていないから、疲れが溜まっているのかな…』
これから先、こんな毎日が続いていくのに果たして自分は耐えられるのだろうか?
不安がじわりと二藍を侵食する。
けれど、姉さんの名に、泥を塗るわけにはいかない。
自分には、姉のような、天才的な才能はないけれど、それでも迷惑だけはかけたくない。
今度こそ二藍は覚醒した。
午後の春空はまだ夕焼けが始まる前だ。それほど長い時間寝ていたわけではないと安心しながら上体を起こしかけ、
――そして何故か、誰かと目が合った。
仰向けになっていたから、二藍の顔は天井を向いていた。当たり前だ。
――そして何故か、誰かと目が合った。
水色のスーツを着た見知らぬ外国人が、天井に正座していた。
その男の柔らかそうな金髪が、重力に従うことはなく、青い瞳は、二藍を興味深げに見つめていた。
『ホストみたいだ』
あり得ない事態が起こっているにもかかわらず、二藍の頭の中に真っ先に浮かんだ感想はそれだった。
『そして、正座が上手だ』
外国の人にしか見えないのに。
現実離れした光景に、ひどく所帯じみた考えしか浮かばない。
恐怖すらも感じることなく、ただ目の前の逆さまの男と見つめあっていた。
男は不意に懐から銀の円盤を取り出した。
手のひらにすっぽり入る程のそれを、真下にいる二藍の上に落とす。
回転せずに落ちてくる円盤を、二藍はぼうっと見つめていた。
そう遠くから落とされたわけでもないのに、落ちてくる円盤の接近がいやにゆっくりと感じられる。
ゆっくり、ゆっくり、大きくなりながら。――――え?
「う…うあぁ……」
ようやく、渇いた咽から呻きのようなものがもれる。
落下する円盤は、もはや手のひらサイズでも、スローモーションなどでもなかった。
二藍の体を押し潰すのには十分な大きさで、到底よけられない速さで、いつの間にか表面に幾本もの巨大な棘を造り出して二藍に迫る。
「うあああああぁああぁあああ――――――!!」
呻きを突き破って、ようやく迸った絶叫は、事態を変える役目を持ってはいなかった。
銀の円盤が、銀の棘が二藍に迫り、そして、
――――砕けた。
「え…?」
二藍に落ちるはずの物体は、二藍の周りにばらばらになって散らばっていた。
そして何故か、視界がまるで水中にいるように歪んでいる。
揺らぐ薄い膜が、半球形のドームのように二藍を覆っていた。
今起こっていることに全くついていけない頭で、二藍はその膜に手を伸ばした。
円盤を砕いた膜は、表面に触れただけで、あっけなく崩れた。
シャボン玉が割れるような、微かに聞こえた破裂音と共に、頬に何かが撥ねる。
「…?」
頬についた液体は、
「水…?」
がさり、と音を立てて、誰かが庭の茂みをかき分けてやってくる。
二藍は逆さまの男に目を遣るより先にそちらへ顔を向けた。
しかし、段々と夕日の赤みを帯びてきた外からの光が逆光となって、その人物の顔を隠していた。
一話がなぜこんなに短いのかというと、それはほかのサイトで掲載しているときのページの都合なのですすみません