1-16 こんな可愛くて男の子なんて詐欺だよね
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愛染乃至と名乗った少年だ。
ひょこりと顔だけを見せていた彼だが、二藍と目が合うと安堵の表情を浮かべた。
「よかった。目が覚めたんだな」
二藍の居るベッドまで歩み寄り、唇の端に微笑を浮かべる。
白い髪に青い瞳。
一見冷たい印象を受ける美貌は、少年が微笑むだけで天使のような柔らかな愛らしさを放っている。
…いや、それはいいとして、
「その、怪我は…!」
軍服はいたるところが破けたり焦げたりしているし、黒い生地でも分かるほど血がにじんでいる。
顔にも切り傷やかすり傷がつき、痛々しいことこの上ない。
…その怪我すらもが少年の美貌を引き立てていることは気づかないことにしようと二藍は決めた。断じて自分にそんな趣味はない。
「ああ、気にしないでくれ。血はもう止まっているし、痛み止めも飲んでいるから大丈夫だ」
「いや、それ全然大丈夫じゃないんじゃ…。すぐにでも医者に見せないと…」
顔を青くする二藍をよそにマルクが乃至に話しかける。
「あれ?ミュウールに治してもらってこなかったの?」
「忘れたのか?ミュウールは今中国に行ってる」
「あー、そっか、確か愛染家のサポートに行っちゃってたね…」
「もうすぐ帰ってくることだし、その時に傷跡を消してもらえばいいさ」
「そうだねぇ」
二人しかわからない内容の会話に二藍は眉を下げた。
「えぇっと、それで、君は、ちゃんとした治療を受けなくていいの?」
乃至は頷いた。
「ああ。治癒能力を持つ人物がちょうど不在なんだ。だから今はこの程度の処置で済ませて、その人が帰ってきたらキレイに治してもらうよ」
ご心配どうもありがとう、と乃至は小さく笑う。
初めて会った時の険しい表情は消えうせ、鋭くつり上がっていた瞳は大きく、背中で長く揺れる髪の毛と相まって美少女のようにみえる。
思わず乃至を見つめていると、横のマルクが吹き出した。
「あははっ、乃至ちゃん、ほんとーに美人でしょ?十五歳にもなって、未だに女の子と間違われるんだよ、この子」
こんな可愛くて男の子なんて詐欺だよねー。とマルクは笑う。
「そ、そうなんですか…」
同じ男としてはさすがに可哀そうだと思いながら乃至に目をやると、彼は頬をひきつらせ、拳を震わせていた。かなり怒っているのは一目瞭然だ。本人もだいぶ気にしていたことだったらしい。
「マルク、どうやら始末書を書きたいようだな。俺とディフェリルとお前の三人分、すべて引き受けてくれるとは、頼りがいのある部下を持って俺は幸せ者だ」
少女のような容姿とは真逆のずいぶんと低い声が放たれた。マルクはさっと顔色を青くする。
「えぇ!?そんな、ひどいよ乃至ちゃん!!今回は俺、けっこー活躍したのに!」
「お前の活躍は運んでる人間の身体と精神をバラバラにすることなのか」
「うぅ、それは…」
痛いところを突かれたマルクが言いよどむ。すると、乃至はため息をついて言葉を重ねた。
「リスクがあるのを承知で頼んだのは俺だ。愛染乃至の指示だったってしっかり書いておくんだな」
「…え、何それ乃至ちゃん。いいの?オジサンたちがまたうるさいんじゃない?」
「気にするな。お前が責任を負って謹慎だの降格だのになったら、日本支部の移動手段がなくなるぞ」
「確かに。…わかった。じゃあ早いうちに書き上げてくるね」
二藍と乃至に手を振って、マルクは部屋を出て行った。
マルクが完全に部屋から出ていくと、乃至は二藍に向き直った。
「何はともあれ、本当に目を覚ましてくれてよかった。体、大丈夫?」
「ありがとう、マルクがくれたお札のおかげで、大分良くなったよ」
「それはよかった。…で、すぐにこんなこと言って申し訳ないのだけれど、ここのボスに会ってもらいたいんだ。構わないかい?」
「うん、わかったよ」
額に札を当てながら二藍がベッドから降りようとすると、乃至は少し考え込んだ仕草をして、腰につけている黒のケースのふたを開いた。
そして、失礼、と言って二藍の額にある札に手を伸ばした。
じわり、と札が濡れた。
「…え?」
思わず声を上げると乃至は二藍の手を札から離す。
程よく湿った札は二藍の額に貼り付いたまま。
長方形の札は横向きで額に張り付いているので視界が遮られることはない。キョンシーのような状態から、熱さましを張り付けているような格好になった。
「札の文字部分は濡らして無いから、効果は無くならないよ。」
「…あの、乾いたら落ちちゃうんじゃない?」
少年が何をしたのかはわからないが、札はあくまでも湿っている程度で、もう少ししたら明らかに落ちてしまうだろう。
心配そうに二藍が言うと少年は小さく微笑んだ。
そして相変わらず凛とした美しい声で、
「大丈夫。絶対、乾かないから」
「なんで…?」
「俺が“共鳴”したのは、水。俺の能力は、水操作だよ」
水…――万物の根源をこの少年は操るのだ。
「すごい…」
思わず呟くと、乃至は昏い青の瞳で、ただ二藍を見つめていた。
「…?」
首を傾げると、彼はその青い瞳をそっとそらした。
「別に、俺は運が良かっただけだよ…」
乃至の少年らしからぬ笑みに、二藍は口を閉じた。
言うべきことではなかったのかもしれない。
彼がどんな思いで能力者として戦っているのか、二藍はこれっぽっちもわかっていないのだから。
「さ、行こうか」
一瞬のちに乃至は表情を変え、先程の会話がなかったかのように人当たりの良い笑みを浮かべた。
「うん」
二藍は頷いて、その後ろを歩きだした。




