1-15 「いえ…夢はみてないです」
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薄暗い広い広間には、巨大な円筒形の水槽がひとつ、淡い優しい光を放って、しかし圧倒的な存在感を持して鎮座していた。
薄い赤茶の髪をした少年は重い扉を開き広間に足を踏み入れた。
石の床に静かに靴音を響かせながらゆっくりと中央の、この広間の存在意義とも言えるものへと歩み寄る。
薄い水色の液体で満たされた水槽の中には、長い金髪を水底に沈ませた幼い少女が一人浮んでいる。
少女の瞳は固く閉じられ、ピクリとも動かない。
「気のせい、か…」
少年は安堵とも呆れともつかない溜め息をこぼした。
何か胸騒ぎがしたためにわざわざここに来た自分がバカらしく思える。
この少女が、目覚めるわけがない。
彼女は、五百年も前から、昏々と眠り続けているのだから。
―――――――…
頭の奥が、ずきずきと痛んだ。
目を開ければ、見知らぬ天井。
何回かゆっくりと瞬きをした後、二藍は慎重に体を起こした。
「あ、起きたね」
声のしたほうに顔を向けると、端正な顔をした金髪の外国人が同じ色の金の瞳を細めて微笑んでいた。
「あなた、は…」
瞬間移動が出来るといっていた青年だ。
名前は、
「まる、く…?」
自信のない二藍の言葉に頷いて、青年は口を開いた。
「気分はどう?痛いところとか、ないかい?」
頭痛が少し、と正直に答えると、うーん、と唸ってポケットからお札のような紙切れを取り出した。
毛筆体の漢字が書いてあり、中国語のように思える。
それを二藍の額に触れさせ、
何事かをぼそりと呟いた。
すると、先程までの頭痛が嘘の様に消えた。
顔色の良くなった二藍を見て、ほっとしたようにマルクは息をついた。
「ありがとう、マルクさん」
二藍が礼を言うと、困ったようにマルクは眉尻を下げた。
「礼を言われることじゃない。このお札は、僕のものではないし。…寧ろ、こっちは謝らなければならないよ」
申し訳なさそうに眉根を下げながら言うマルクに、二藍は目をしばたいた。
「いくら僕たちと同じように力を持っているといっても、君はまだ一般人だ。その君をこんな危険な目に合わせるなんて、俺は能力者失格だ」
情けない、そうつぶやき頭を下げたマルクに慌てて二藍は飛び起きた。
年上の人に頭を下げられてはたまらなかった。
「べっ、別に俺は、大丈夫ですっ…っ?!」
その途端、二藍は頭を抱え込んだ。ぐらぐらする。
少しの頭痛だが、油断してはならなかったらしい。
動くと本格的な痛みが襲ってくるようだ。
すぐ近くに先程マルクが翳していた札が落ちていた。起き上がった瞬間に痛みを消していた札を飛ばしてしまったらしい。
マルクはそれを拾い上げると二藍の額に再び翳し、まだ横になっているように促した。
痛みは嘘のように退いていく。
「君とディフェリル…あの髪の長い女の子ね、二人を連れて瞬間移動しようとしたとき、何かによって、僕の力が阻害されたのを確かに感じた。ディフェリルは波動が落ち着いていたからなんとか掴めたんだけど、君はまだ波動が不安定で、僕の手をすり抜けてしまった…」
「でも、俺、こうして今ここにいるし…」
「君ね、今まで精神と肉体がバラバラになってたんだよ」
「…?」
「僕は君の肉体しか運べなかった。君は三時間以上目を覚まさなかったんだ…やけにリアルな夢を見なかったかい?精神だけが“H.A”のどこかに飛んでいたはずなんだけれど…」
「いえ…夢はみてないです」
マルクはおかしいなあと首を傾げていたが、見ていないものは仕方がない。
マルクによると、どうやら本当に二藍は危険な状態で、二度と目が覚めない可能性もあったらしい。
知らぬ間に訪れていた生命の危機に二藍が鳥肌を立てていると、コンコン、と軽いノックの音が響いた。
「乃至だ。マルク、彼の様子はどうだ?」
凛とした声がドアの向こうから投げかけられる。
二藍とマルクのいる個室のドアがゆっくりと開き、白髪の少年が顔を覗かせた。




