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春は無慈悲な時の女王  作者: メイア
第一章 春は無慈悲な時の女王
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1-9 マルク・フライド

[ 9 ]


畳の上に散らばった糸を絡まないように慎重に集めて束ね直し、手のひらの中に納めた。


もう既に暗い庭の景色。花や木はいびつな影をぼんやりと地面に落とす。

縁側には、栗色のロングヘアの女性が、こちらに顔を向け膝を抱えている。

時折目が合うと、気不味そうに顔を背ける。先程のうろたえた姿を見せたことが恥ずかしいのだろうか。


庭では白髪の少年――愛染乃至(アイゼンナイシ)という名前らしい――が白い携帯端末で誰かと会話を交わしている。

手のひらサイズの携帯端末には銀色の紋章の様なものが描かれている。モチーフは、背を向けあった二つの狐か狼の頭のように見える。

今気付いたが、女性と少年の着ている黒服にも背中や肩の辺りに同じものが象られていた。彼らの組織“H.A”のシンボルマークだろうか。


彼らの話によると、二藍のように突然『能力』に目覚めた者は、“H.A”に連れていく決まりになっているらしい。


――『説明が終わったら必ず君を解放するから』


今は彼のその言葉を信じるしかない。




白い携帯端末をポケットに仕舞うと、乃至は二藍の方にやってきた。

「今から瞬間移動ができる能力者がここに来る。彼は自分と他の物体や生物を“H.A”に瞬間的に移動することができるから…」


乃至が言い終わらない内に、その直ぐ後ろで空気がブレたかと思うと、何もない空中から明るい金髪の青年が現れた。


彼の瞳は、今までに見たことがない程に光を放つ澄みきった金色だ。



「『俺達を“H.A”の施設まで連れて行ってくれる』だろ?乃至中尉」


少年の言葉を引き継いで、白人の青年は笑う。

濃い金色の髪と瞳、整った顔立ちのその容貌は派手で、同じような軍服みたいな服の、胸元の少しはだけた襟から覗く白い肌は妙な色気を漂わせていた。

体格は細身だが、背は高い。


青年は茶目っ気のある笑顔で二藍に手を差し出した。

「はじめまして。“運びコッリエーレ”のマルクだ。等級は准尉。二藍君、だよね」


先程白髪の少年に名前を教えたから、彼から聞いたのだろう。

『コッリエーレ…?』

よく分からない言葉が混ざっていたが、ひとまず二藍は白く大きな手に自分の手を合わせた。


「鎌木二藍です」


二藍の手をぶんぶんと振ってから手を放し、今度は肩をがっしりと掴み、顔を覗き込んできた。

長いまつげに縁どられたぱっちりとした濃い金の瞳に驚く二藍の顔が映る。


マルクはじいっと数十秒真剣な顔で見つめた後、はぁと大きな溜め息をついた。



「……」



よく意味の分からない行動ではあったが、どうやら二藍がマルクの期待に反しているようだ。地味に失礼だと思ったが、二藍は沈黙を守った。


「乃至ちゃん、ダメ。やっぱり俺、この子連れていけない」


困惑した表情の二藍を見て、彼は二藍の頭をポンポンと軽く叩いた。


「こぉんなに“魂動アルマ”が乱れちゃねぇ。しかも“魄動コルポ”もまだ不安定なようだし…光の塔に着く前にどっかに落っことしちゃうよ」


「…アルマ?コル…?」


今度は流したらうけないような気がして、おうむ返しに呟いた。


にこりと魅力的な微笑みを湛えマルクは説明した。

「能力者とジェメッラがもつものだよ。“共鳴リゾナンツァ”のときに鼓動みたいな音が聞こえただろ?それがアルマで、その時に出た光がコルポ。うーん、君たちの日常で使う言葉でいうと…オーラ、みたいなかんじかな?能力者とジェメッラがそれぞれもってるものでね…」


『あまりオーラって日常会話じゃ使わないような…』

論点はそこではないと思いつつも、こっそりと心の中で突っ込みを入れる。

ぽんぽんと二藍の頭でマルクの手が跳ねた。



「“共鳴”直後はアルマやコルポが乱れやすいんだよ。乱れていると、ほかの能力者の干渉を拒絶してしまうことがあるから、瞬間移動するのは危険なんだ」


なんとなくわかった気がして二藍は頷いた。


「それにね、アルマやコルポはそれだけじゃなくてね…」

「マルク、そこまでにしてくれ」


乃至に突然遮られたマルクは意外そうにぱちぱちとまばたきを繰り返した。長い金の睫毛か動く。

そして、マルクは溜め息をついて肩をすくめた。

「……分かった分かった。余計なことは話さないよ。確かに、今話しても混乱するだけだもんね…」


「いや、違う」


「…へ?」


「至急、帰還する」



乃至の言葉にマルクは顔を青くした。


「ちょ、ちょっと、ダメだよ乃至ちゃん。俺の話聞いてた!?この子まだ動かせるようなもんじゃな…」



マルクの言葉は尻切れトンボのようにすぼんでいった。


乃至は最初からマルクの方を向いていなかった。彼は今、日が沈みきった西の空を静かに睨み付けていた。

街灯の光は弱いうえに、二藍のいる作業場を含め近隣の住居は塀で囲まれ春でも肌寒いためか雨戸を閉めているらしく、空と家々の屋根の境が分からない程辺りは暗く、二藍は彼の視線の先に在るものを見出だせはしなかった。

二藍を助けている間、離れたところから能力者が結界を張って関係のない人が近づくことのできないようにしており、今は一般人が近寄れない程度の結界を残し、戦闘時に使うような強力な結界は解除してしまったと、先程乃至は言っていた。

つまり、この空間に現れるのは、“関係のある者”だけである。


ざわりと、二藍の胸が疼いた。

敵か、味方か、――――――――…


おもむろに、乃至の口から呟きの様な、しかしはっきりとした声が漏れる。







「敵が来る」


マルク・フライド:能力者。階級は准尉。

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